秋の始まりくらいの話

日付はもう、とっくに変わっていた。
特に楽しい訳でもないのになまじ終電が遅いだけになかなか逃げられなかった飲み会が終わり、やっとの思いで最寄り駅まで来た。この時間になるとやや肌寒いくらいの空気が、アルコールで火照った肌に心地いい。

疲労はある。あるどころか溜まりすぎている。こんな日は早々に帰って寝るべきなのはわかっているが、明日休みだし、なんとなく、この空気の中を歩きたくなった。

帰宅ルートを外してしばらく宛もなく歩いていたら、見覚えのない公園を見つけた。スマホの画面に映る時計がそれなりの時間歩いていたことを知らせている。少し休んでいこう。ベンチくらいあるだろう。

電灯が1本ぽつりと立つ薄暗い公園のベンチに、あまり似つかわしくない先客がいた。

高校生だろうか。制服だけで肌寒いのかジャージを肩にかけているわりに傍らにあるカフェオレは近くのコンビニのアイスカフェオレだ。スマホを見ていた彼女の顔だけが明るく、大きな瞳が印象的だった。要するに可愛い。こんな深夜に何をしているんだろう。

あ、こっち見た。
こちらを見た彼女はにへっと笑い、声をかけてきた。
「やあお兄さん、こんな夜中にどうしたの?」
こちらの台詞である。いやそうじゃない。どこか聞き覚えのある声だった。彼女とは初対面の筈だった。

まあまあ座りなよ、と自分の隣をぽんぽんと叩く彼女に意識が引き戻され、休みたかったのは事実なのでそのまま座った。

「せっかくこんな所で会えたんだ。ちょーっと''''の話を聞いてってくれないか?」

そんな言葉を皮切りに始まった彼女の話は、なんてことのない、女子高生が日常を楽しんでいるだけの、青春そのものといった内容だった。しかしそのまま聞いていたらずっとそうだったわけではないらしい。留年したとか、存在感が薄くて消えてしまうとか、不登校がちだったとか。そんな彼女を変えたのが現在の友人で、きっかけになったのがこの深夜の公園らしい。それこそドラマじゃないか。彼女は今、青春の真っ只中にいる。楽しい盛りだ。

「羨ましいな……」

楽しげに話していた彼女がきょとんとした顔で小首を傾げてこちらを見た。どうやら思考が口に出ていたらしい。こんな子にする話ではないと頭では分かっていたが、ぽつぽつと最近上手くいっていないたくさんのことを話していた。どんどん出てきて、その分だけ自己嫌悪も募っていく。一区切り着いたところで頭も冷えた。

「ごめん、折角楽しい話を聞かせてくれたのに、こっちは愚痴ばっかりで」

苦笑いをするしかない。居た堪れなくなって帰ろうと思った時に、彼女が言葉を返してくれた。

「いや、話してくれてありがとう。そこまで頑張れるだなんて、お兄さんはやはり天才だ!」

雪見だいふくいっこ食べるか? とにっこり笑った彼女の笑顔が駄目だった。こんな、こんな単純な一言で泣きそうになっている自分に驚いた。柄にもない。なんだ天才って。

「いや、天才なんかじゃないよ。僕なんて、平凡も平凡。モブみたいなもんだ」

投げやりになってしまったのが伝わったのか、にこにこしていた彼女の表情がやや硬くなる。今度こそ帰ろう。後味は良くないけど充分休めただろう。そう思って立ち上がりかけた僕の手を取って彼女が歩き出した。

「そういう時はな? 数を数えるんだ。教えただろう? 一緒に1から数えよう。せっかくだからブランコにでも乗るか? ブランコに乗って1から50まで数えるんだ! きっと楽しい!」

そのままずるずる引っ張られて、流れのまま2台並んだブランコに乗った。いくぞ? と声をかけられ、同じタイミングでブランコを漕ぐ。彼女が一緒に数えると言うので、初めは小声で数えていた。数字が大きくなるにつれて、少しずつ気持ちが凪いでいった。小さかった声は彼女と同じくらいになり、ブランコは大きく揺れていった。彼女は笑っていた。

「よんじゅうはーち、よんじゅーきゅー、ごじゅう!」

カウントが終わって飛び降りるタイミングが全く同じで、彼女と顔を見合わせて笑った。

「50まで数えられてブランコまで漕げるお兄さんはやはり天才だ!」
「いやぁ、こんな楽しいことを思いつくなんて、''''こそ天才だよ」
「おっ、そうだろう?」

くすくす笑う彼女とベンチに戻り、なんだかんだで結局雪見だいふくまで貰ってしまった。こちらも久しぶりだ。大変美味しかった。

「さて、そろそろ''''は帰るが、お兄さんはどうする?」
「僕も帰るよ。本当はこんなに長居をするつもりじゃなかったんだ。君との時間が楽しくてね」
「それはお兄さんが楽しむ天才だからな! それじゃあ今日はここまでだ。縁があったらまた会おう!」
「だいぶ遅いし、女の子1人で危なくない? 送っていかなくて大丈夫?」
「''''は危機管理の天才だから大丈夫! お仕事帰りなんだろう? お疲れ様だ。ゆっくり休んでほしい」

そう言われてしまうとまた込み上げてくるものもあるしあまり強く言ってかえって警戒されるのも嫌だ。わかった。気をつけてね。おやすみ。と言って先に公園を出た。


「……見つけてくれてありがとう。キミは探し物の天才だ」


その後、何度か同じ公園を通ってみてはいるが、彼女との再会はまだ叶っていない。