彼女と初めての誕生日

彼女と知り合ってから半年ほど。昼休みに時々ランチに行く程度の仲から休日に連れ合わせてショッピングや映画鑑賞などに行くようになった頃のことだった。

いつも決まって声をかけるのは彼女の方。見目も中身もこざっぱりとしていて人あたりの良い彼女が何故私と仲良くしてくれるのかが初めは疑問だったが、話しているうちに何となしに細かいところの趣味が合うように感じていた。そんな彼女と過ごす時間はそれなりに楽しい。

「ねえ、土曜日ヒマ? 冬服買いにいこーよ」

そんな軽い雰囲気で週末の予定が決まった。手帳は空欄だったが、行き先と集合時間を書き入れている間に別のイベントに気が付いた。
……まあ、恋人もいない一人暮らしの社会人にとって、誕生日は大したイベントではないんだけど。元々特に派手なことはせず好きなお酒とちょっといいスイーツでも買おうと思っていたりいなかったりした程度だ。

きっと、いや間違いなく、彼女と過ごせるならその方が楽しい。
心なしか、いつもの外出よりうきうきしていた。

回るだけで充分1日潰せる規模のショッピングモールの最寄り駅に集合し、これが似合うとかあの色が流行りらしいとか何とか言いながら目的の冬服を調達。戦果に満足した私たちは近くのカフェで季節限定のケーキに舌鼓を打っていた。

「そうだ、これ。渡したかったんだ」

そう言って鞄を漁った彼女が取り出したのはあまり見覚えのない小さな袋。

「誕生日おめでとう! 少しだけど、私から」

満面の笑みでそれを差し出す彼女を見る私の顔は、きっとそれなりに間抜けていたと思う。今日だと話したことがあっただろうか?

「ちょっと前ご飯行った時にもうすぐって言ってたからさー。確か今日だったなと思って。……あれ、違った?」

違っていない。ドンピシャ過ぎて驚いていただけだ。ブンブンと首を左右に振ってどうにかお礼を言い、中身が気になったので開けてもいいか聞いてみる。もちろん! とにこにこ頷く彼女が眩しい。

開けてみると、まず目に入ったのはおしゃれな外装のハンドクリームだった。蓋を開けてみるとほのかに漂う花のような香りが優しく、彼女のセンスの良さが伺えた。
もうひとつは、マニキュアの小瓶。オフィスネイルにも使えそうなシンプルな色のそれに何となく見覚えがあり、コーヒーカップを傾ける彼女の手元をよく見ると左右の薬指にポイントであしらわれている色と同じようだった。

「……あ、バレちゃった? この色かわいかったし絶対似合うと思ってさー。お揃いにしてみたかったのもちょっとあるけどね」

ふふっと笑ってカップを置く彼女。改めてお礼を言おうとしたら、両手を組んでそのまま話を続けてきた。どことなく真剣な目線が珍しい。

「あたし、もう退けないくらい貴女に惚れちゃったみたいでさ。誕生日も一緒にいたかったし、こんなちょっと独占欲出しましたみたいなプレゼントチョイスしちゃった。急にこんなこと言ってごめんね。でも、抑えられなくて」

かけられた言葉の意味を飲み込めず硬直する私を他所に、彼女の言葉は続く。短めの髪から覗く耳が気持ち赤い気がする。

「それね、もしよかったら、同じ指に塗ってほしいなって。……そう。薬指。キザなことしてんじゃないよって話なんだけどさ、指輪の代わり、みたいな? 勿論普通に使ってもらってもすごく嬉しいから、あんまり気にしなくてもいいんだけど……」

あー! うまく言えない! と語気をやや荒げた彼女にその勢いのまま手を握られた。

「とにかく! これから猛アプローチかけてくつもりでいるから。予約ね。早めにオトされてくれると嬉しいな」

心臓に悪いからウインクなんてしないで欲しい。
それだけ言い切った彼女は、びっくりさせてごめんね。今日はありがとうとクールに捨て台詞を吐いて伝票を持ち席を立った。

歩き去った時にふわりと香った彼女の香水が、プレゼントのハンドクリームと同じ香りであることに気づく。握られた手が、顔が熱くなる。

……これらを使えるようになったら、私はきっと彼女を愛してしまっているんだろう。沸騰しそうな思考の中、それだけがはっきり理解できた。