『恋文代筆屋~縁~』episode1来客
恋文代筆屋。
彼女の仕事。
紫紺の髪に翡翠の瞳。
何処か、人を寄り付かせない妖しい雰囲気。
一人、店の中で待つ。
そう、一人と思っていた。
だが、違った。
「主は何故、此処に居る?言霊師…。」
「あら、見つかっちゃった。息を潜める様にして柱のかげに隠れてたつもりなんだけど。」
舌をペロッと出しておどけてみせる彼女は、結のただ一人の話し相手。
言霊師、蓮上琴葉(れんじょう ことは)。
言霊師と名がついているのだが、仕事の内容を彼女は話さないので、よくわからないが、彼女いわく、『人助けをしている』らしい。
「それにしても、結。言霊師って酷くない?いい加減、名前で呼んでくれないかしら?」
「別に…良いではないか。名など呼ばずとも私とお前は意思の疎通はできている。」
琴葉は、大袈裟に溜め息を吐き項垂れて。
「あんたとは確かに意思の疎通はできてると思うけど、そうじゃなくて、親しみを込めて名前くらい呼んでくれてもいいんじゃない?」
結は、少し考えてから言う。
「やはり、名で呼ばなくても些かも不自由はない。それに、私がまともに口をきくのは、主と此処へ迷い込んだ者だけだ。名など呼ぶ必要性を感じない。」
琴葉は諦めきれずに結に何か言おうと口を開いた瞬間。゛チリリーン゛と来客を知らせる鈴の音が響いた。
「言霊師、来客だ。不毛な言い争いは中断だ。」
言いかけた口を不満げに閉ざし、琴葉は奥に消えた。
「あの、恋文代筆屋の看板を見て、どうしても、お願いしたい事が…」
久方ぶりの迷い者。結は口角を上げて笑顔を作る。
「いらっしゃいまし。主が結にございます。どのような文をご希望ですか?」
迷い者…客は男。何処か、頼り無さげな30前後のまぁ、イケメンといえばイケメンの男だ。
しかし、結は、この時、彼から感じる或匂いに依頼の難しさを感じていた。
(続く?)
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