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意見を言えない日本人

今回は自分がせっかく持っている意見を言わない日本人が多いことに焦点を当てて、なぜ日本人は意見を言えないのかについて書いていく。




そもそも日本人はなぜ意見を言うのを恥ずかしがるのか。





それは、自分の意見を言って他の人と違ったらどうしようとか意見を馬鹿にされたらどうしようという不安要素からくるものが多いのではないだろうか。確かに1人だけ違うと恥ずかしいと言う気持ちもわかる。



しかし日本人はそれを嫌って皆んなに便乗しとけばその場をしのげると言う人が多く見受けられる。



ただ自分の意見を言わないで結局願ってもいない方向に話が進んでいくことを不満に思わないのだろうか。



僕はそれが嫌だ。自分の思ってるままに事を進めたい訳ではない。しかし、人に流されて行動して結果を残すことができるだろうか。ましてその行動に意味があるのだろうか。



時には周りに合わせる必要もある。ただ全ての行動をそうする必要はない



むしろ自分で考えてることをはっきりということによって周りからも理解されて、より良い人間関係を築くことができるだろう。



さらに自分から意見を言える人は周りを引っ張ることができる。別に何の努力もいらない。ただ自分が考えてる事を言うだけ。




日本人によく見受けられる意見の出し方




日本人はよく質問されたことに対して、『はい』『いいえ』ではなくて『どっちでもいいよ』という曖昧な言葉を使う。現に僕自身も使ってしまう時がある。




ではなぜそのような答えが出てしまうのか。それには色々な理由があるのだろうがそのひとつとして、日本という国自体が曖昧な言葉を使わせる傾向にある。




皆さんは小学校や中学校などでQUテストというものをしたことがあるだろうか。その中の答えの選択肢に『はい』『いいえ』ではなく、『どちらとも言えない』や『わからない』といった回答欄が見受けられる。




よって我々は知らぬ間に曖昧に答える習慣が身につき、自分の意見を隠しててもどうにかなるという考えに陥ってるのが現状なのではないだろうか。



ではどのようにして意見を言えるようになるのか。








意見を言うことは至って簡単。話し合いやそれぞれが意見を出し合う場面で自分の考えている事をそのまま口に出す。たったこれだけのこと。見当違いなことを言わない限り周りの人も『こういう意見もあるのか』『確かに自分の考えより良い意見だな』と思ってくれるはずだ。




それでも言えないのであれば、紙に自分の考えてることをざっと書き出して音読すればよい。





恥ずかしがる必要は全くない。おそらく意見を言える自分を作り上げることができたら今までよりも楽しい人生が歩めるのではないだろうか。




結論

意見を言えない人は結局人に流されたまま人生の終着点につく。人の意見に全て賛成してる人は他人の人生を辿って生きているのと変わらない。自分を変えたければ意見をいうのなんて当たり前。最初は少しでもいい。慣れたら大したことじゃない。毎日を楽しくするために。



日々充実。





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