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ジャスティン・アイシスさんインタビュー

 まずは、日本にいながら英国の小出版社で活動を続けるジャスティン・アイシスさんのインタビューを掲載する。

 10年ほど日本にお住まいのジャスティン・アイシスさんは昼間はローカライズ関連の仕事を続ける一方、夜は作家・編集者として暗躍している。彼はChômu PressとSnuggly Booksという英国を本拠地とする小出版社に深く関わるメンバーだ。これまでにモデル、ラッパー、動画アーティスト、黒魔術のオカルティスト(!)などの多彩な活動も行ってきたが、アンソロジストとしてはDadaoism (edited by Justin Isis and Quentin S. Crisp, 2012, Chômu Press) とDrowning in Beauty: The Neo-Decadent Anthology (edited by Justin Isis and Daniel Corrick, 2018, Snuggly Books)を上梓している。前者はダダ主義、後者はデカダン主義を受け継ぐ実験的な小説集である。このインタビューは新宿区歌舞伎町において、英語で実施した。(インタビュー・翻訳:橋本輝幸)

Rikka Zine (RZ): ご出身はどちらでしょうか?
Justin Isis (JI): ちょっと複雑です。父親はイタリア人、母親はオーストラリア人なんですが、私はニューヨーク生まれで大体米国で育ちました。19歳のころにオーストラリアに引っ越して、日本へ来る前まで何年かはそこで暮らしていました。
RZ: ということは大体英語圏育ちというわけですね?
JI: そうですね。3年ほどイタリアに住んでいたこともありますが。
RZ: さて、ジャスティンさんはなぜ日本にいらっしゃったのでしょうか?
JI: 元々は日本のファッションに興味があったんです。もう10年くらい前かな。雑誌で『FRUiTS』ってあったじゃないですか。ストリートファッションに強いやつ。当時、だいたい高校生のころはあれに興味がありました。とはいっても、そのときは実際に日本に来るつもりはなかったんですけどね。でも大学時代、隣室に何人か日本人がいて、日本語の勉強を始めればいいってけしかけてくれたんです。で、日本語が話せれば翻訳かなんかそういう仕事ができるかなって考えました。勉強を開始して、日本で1年日本語を学んで、そして移住してきました。
 最初はファッション方面にだけ興味があったんですが、その後、私は昭和の作家を中心に日本の小説家にはまりました。三島由紀夫、川端、谷崎、芥川あたりですね。それからこの辺に近い他の作家では、倉橋由美子とか河野多恵子。彼女たちもとても面白いですね。
RZ: 倉橋由美子、いいですよね。
JI: いい作家ですよね。でも、そんなには……たぶん1~2冊程度しか翻訳されてはいないと思います。倉橋や河野は英語圏ではさほど知られていません。あの辺の時代の小説はそんなに翻訳が多くない気がします。もっと若い作家、新しい作家のほうが英語に翻訳されていっていると思いますが、古い作家はさほど翻訳されていません。
RZ: ところで私もファッションにも興味があります。
JI: そうなんですか。好きなスタイルとかあります? 例えばゴスロリとか。
RZ: あー、自分で着てみようとしたことはないですけど『ゴシック・ロリータ・バイブル』を読んでたりはしましたね。
JI: なんでしたっけ、メンバーがゴシック・ロリータのブランドをやっているバンドがありましたよね?
RZ: MALICE MIZERのMana様のことを言ってます?
JI: それだ。すごい芝居がかったバンドでしたよね、昔、聴いてました。今ではもうあまり見かけなくなったタイプのバンドで、全然聴くことはなくなりました。
 ファッションも今はつまらないです。ファストファッションばかりで。日本でもそうですよね。ユニクロは米国の都市さえでも席巻しつつありますし。つまんなくなりますね。私はユニクロをネタにした小説を書こうとしてたんですけど、その計画をFacebookに投稿したら、ユニクロのマーケティングディレクターかなにかの方からコメントをもらっちゃって。(携帯電話の画面を見せ、彼女からのいいねと「それは楽しみです」というコメントを見せながら) というわけで、たぶん書かないです(笑)
 ええと、ファッションでも今も面白いことは起こっているとは思います。でも本当に興味がわくものを見つけるのは難しくなってしまいました。私は、広島でホストとしてしばらく働いていたんですが、体調を崩してやめてしまいました。一晩中飲んだり、かなり不健康な生活でしたからね。私は一時期ああいうホスト系のファッションに入れこんでいて、『Men's Egg』とか『Men's Spider』とかその手の雑誌に載ったこともあります。『Egg』は懐古されたのか最近再始動しましたね。あのへんも(日本)文化の面白い一面ですが、英語に翻訳されている小説ではそれほど描写されてこなかったところだと思います。特に村上春樹を読んだときなんかに思うんですが。全部ジェネリックな感じがするんです。春樹の本ってどこの国の話かわからなくて、何も具体的なことが書かれていないように感じるんです。彼の作品では、例えば「デイリーヤマザキに行く」みたいなことが絶対ない。明確な、具体的なことを語っている感じが全然しない。春樹はまちがいなく最も人気のある日本作家でしょう。でも私にとって彼の文体は日本語で読んでもあまり面白いものとは思えないんです。彼の日本語は面白くない。難しい言葉が使われていない。とても明快で直接的です。しかし、彼が日本の日常生活を語ったためしがない気がします。自宅で座って、頭で考えたことだけで書いているのではないかと思います。

RZ: ジャスティンさんは日本語でもよく本を読みますか?
JI: そうですね、読もうとしてはいます。でも毎度、原書と英訳を両方用意して理解を試みないといけないレベルです。特に三島のような古めの作家たちであれば。昔の作家って大体、見慣れない漢字を使うでしょ。だから日本語で読もうとはするんですけど、最近は読解力が前より弱くなっています。日本語を勉強していたころはたくさん読んでいたんですけど、今はさぼってしまっていますね。
 私の友人のクエンティン・S・クリスプ(註1)のことはご存じかと思いますが、実は彼は、永井荷風の長編小説『おかめ笹』を翻訳しているところです。たぶん半分までは終わっているんじゃないかな。私は原文を読もうとして挫折しました(笑)
RZ: クリスプさんとはどのように知り合ったのですか?
JI: 実のところネットで知り合いました。私のほうから連絡したんだったと思います。Momusって知っていますか? ミュージシャンで、プロデューサーでもあってJポップのプロデュースをしているんですよ。(註2)

 クエンティンはブログにMomusについて記事を書いてたんですが、三島由紀夫の『豊穣の海』4部作についても投稿していて、ちょうどそのころ私はその本を読んでいたんでので、うわ、他にも読んでいる人がいるって思いました。そこで友達になって、これがChômu Pressの活動につながるわけです。クエンティンの作品はいくつか商業出版されていましたが、発表のあてのない作品もたくさん抱えていました。そこで我々は考えました。自分たちで雑誌なりブログなり、何かしらこれらの小説を発表する場を作ろうと。私の手元にも自作小説があったので。そこでクエンティンは活動を始め、彼の兄弟がちょっと出資してあげると言ってくれたので、私たちは会社を設立して本を出すことにしたんです。
RZ: それがChômu Pressですね。私は実験文学や幻想怪奇小説にも興味があって、Eibonvale press、Ex-Occidente press、Zagava booksそして貴社Chômu Pressを知りました。
JI: そうそう、これらの版元はみんな仲良しなんです。Ex-Occidenteの人はDan Getsuというルーマニア人です。Eibonvaleの人はデイヴィッド・リックスといってSnuggly Booksから次に出る本は彼の長編小説です。このへんはみんな一緒にやってて、かなり密接な関係がありますね。
 今、私はアーティストのGea Philesと共同で仕事をしているところで、グラフィックノベルみたいなものを作ろうとしています。彼女はチリ生まれです。彼女がコミックを書いてくれて、私がストーリー部分を担当しています。これはたぶんZagava Booksから刊行されるはずです。かなりぞっとするような変な本になると思います。一部は日本を舞台にしてもいます。
RZ: Snuggly Booksについては……これは結局何なんですか? ブライアン・ステイブルフォードの手による翻訳がやたらと出ているところまでは把握しているのですが。
JI: 実は彼の健康状態は現在かなり悪く、今後も続けられるかはわかりません。調子が悪いところがあるにも関わらず、翻訳し続けてますね。
 Snugglyの基本理念はですね、我々ーーブレンダン・コーネルと私は、自分たちの著作をたくさんリリースしたいので、そのためのお金を稼ぎたいんです。翻訳はまあ安定して売れるので、もっと翻訳を出していけば、翻訳以外の本を売れるように読みやすく書いてみたりしなくてもいいかと考えました。我々は変な本ばかり書いてしまうので。
 そんなに期待していた事業だったわけではないんですが、割とうまくいっています。昨年は30~35冊出版しました。その前年は15冊でした。出版物のほとんどが、たぶん7割が翻訳です。日本語の翻訳書も出したいと思っています。私はちょっと星新一をやれないかと考えていました。星新一はあまり英語で読めません。いくつかは翻訳がありますが、ちゃんとした大著みたいなものはないと思います。なので是非ちゃんと翻訳紹介したい。それと星新一の文体はかなり翻訳がやさしい。彼の日本語は難しくないので、自分でもいけるかと思って、でも他の仕事が忙しすぎて今はやれそうにないです。ちょっと(実現は)わからないですね、少しずつ星新一の翻訳を試みていこうか、他の候補作家を探すか。星新一は本当に面白い作家ですが、同時代の他の日本人作家の中でも英語圏では知られていません。文章が平易だから過小評価されているのかもしれないと思います。そんなわけでSnuggly Booksでそのうち日本語の翻訳も出したいものの、今現在、私はなまけちゃっていますね。最近Snuggly Booksではスペインや南米の作家の翻訳も出しています。奇妙で面白い話を書く、スペイン語圏版デカダン作家たちという感じです。メキシコの作家もいます。かなり良いですすよ。

RZ: さて、SFについて話したいと思います。あるインタビューで、あまりSFは好きでないとお話しされていたこともありましたが……。
JI: いや、SFは好きですよ。ただSFって、安易にジャンルの定型に乗っかりがちですよね。多くの作家がSF映画やTV番組の良作を観て、自分もそれをやろうとします。多くの作家にとって小説ではなく、映像が基礎になっているんですよね。私は小説のほうが面白くて、映像より勝っていると思います。TVや映画のSFは小説より40年くらい遅れていたり、そこまで面白くなかったりします。私が特に興味をもって読んでいる作家はたぶんアルフレッド・ベスターです。
RZ: サミュエル・R・ディレイニーもでしたね?
JI: そうですね、ディレイニーはたくさん読みました。影響を受けた作家の1人です。あともう1人、影響を受けた作家としてバリントン・ベイリーがいます。彼もいい作家ですね。
RZ: ベイリーはかなり日本では人気で、数年前にも短編集が出ています。
JI: え、本当ですか? ごく数年前に彼の作品が? それはだいぶ妙ですね。なんで日本では人気なんですか?
RZ: 有名な翻訳者が担当しているからですかね? 私も理由はわかりません。
JI: それは本当に異常ですよ。彼は西洋ではまだまったく知られていない作家です。英語圏ではマイナー作家扱いですよ。でも、ベイリーはいくつかすばらしい短編を書いていますね。私の守備範囲はおおむね、大体60~70年代に留まっている感じです。コードウェイナー・スミスも大好きな作家です。
RZ: スミスも日本では人気ですね。全短編集が2年前に発行されました。
JI: スミスはおおむね短編作家ですね。短編は同一世界観を共有していて、同じ未来史が語られています。彼の短編も私に大きな影響を与えています。あとは誰かな。ジョアンナ・ラスもいい作家ですね。
RZ: (同意して)あ、グレッグ・イーガンにも言及していませんでしたか? 彼も日本では人気が高いです。
JI: イーガンが日本で人気というのは想像がつきますね。数学かなにかで博士課程に在籍している友達がいます。彼は米国人ですが、日本語の翻訳でグレッグ・イーガンを読んで日本語力を上げようとしているんですよ。グレッグ・イーガンもとても良い作家ですね。やっぱり短編が好きです。
 そういえば、私はオーストラリアではパースに住んでたんですけれど、そこってイーガンがいるはずじゃないですか。だから電車に乗っているときも、あのおじさんがグレッグ・イーガンなんじゃないかなとか考えることはありました(笑) 誰も彼の顔を知らないわけですから。なので彼も電車に乗っているかもしれないし、私も彼を目撃しているかもしれない。まあ実際のところはわからないわけですが。
RZ: イーガンといえば、日本での最新刊を本日持ってきました。先週出たんですよね。
JI: 写真撮って友達に送って知らせなきゃ。 (撮影中) 彼は『ディアスポラ』を読んでいましたね。あと筒井康隆も読んでいました。私は筒井はまったくの未読です。友達の日本語は私よりうまくて、しかも数学とプログラミングも天才的なんです。最近彼はもっと日本語の小説を探そうとしています。なにかおすすめってありますか? 彼は私に他にいい日本SFってある?って聞いてきたので、知らないって答えたんですよね。
RZ: 評判がいいのは伊藤計劃ですかね。(インタビュアー註:また、インタビューを実施する前に酉島伝法と草野原々を紹介してもいます。伝法さんについてはすでにご存じでした)
JI: そういえばFacebookで、誰かがアジアSF協会だかアジアSF大会みたいなものを立ち上げようとしていたのを見ました。劉慈欣も出席していたみたいです。

RZ: あ、影響を受けた作家といえば、残雪も挙げられていましたね? 
JI: そう、残雪も好きなんです。ただ、英語圏では全然翻訳が少なくて、まだよく知られているとは言えないのではないでしょうか。わかりませんが。
RZ: 絶版になっていた彼女の著作は去年復刊して、すぐ売り切れたので増刷していましたよ。(『黄泥街』)
JI: いいですね。英語圏でも近年受容は進んではいますが、私はそれでもなお翻訳小説は不当なまでに評価が低く、翻訳書を手に取る人はさほど多くないと感じでいます。ちょっとは良くなっています。でもまだまだダメですね。確かNew York Review of Booksに投稿されていた記事が、2018年に翻訳小説をたくさん出した出版社を特集していて、なんとSnuglly Booksもランクインしていました。で、うちが大学出版会やもっと大手出版社と変わらないくらい翻訳小説の点数を出してるなんて、そんなに状況は悪いのかと思いました。その記事は、米国でこんなに翻訳書が出版されましたと肯定的に報じようとしていたのだと思いますが、私的には待て待て、これかなり悪い数字でしょ?って感じで。所詮その程度のレベルなんですよ、まだ。実に単一文化で、まだまだ(多様化なんて)限定的なんですよ。残雪や倉橋由美子のような作家は全然届いていない。残念です。もちろん徐々に変わりつつはありますが、そのペースはかなり鈍いですね。
 
Snuggly Booksから刊行された本について
JI:
これ(Neo-Decadent Manifesto of Women's Fashion)は私が一年くらい前に出した本で、ダニエル・コリックがメンズ版を書く予定です。私が書いてって頼んだので。あとダミアン・マーフィーがオカルティズム宣言というか魔術版宣言を書いているはずです。こういう、テーマのある小さな本ももっと出そうと思っています。ダミアンには実はインタビューしている最中で、これは本当に長いインタビューになりそうなんですが、彼によって面白そうな本が山ほど紹介されます。豪華な装丁の本とか、複雑な見た目の本とか。ダミアンは魔術の実践者でもあるようですね。
RZ: Drowning in Beauty: The Neo-Decadent Anthologyの中では、私はコルビー・スミス(Colby Smith)の短篇が面白かったですね。
JI: 彼は実際かなり若いです。今、日本語を勉強しています。私も彼に日本語を教えてあげようとしていました。.
RZ: 他に著作が見つけられなかったんですが、これがデビュー作ですか?
JI: これが初のはずです。彼は学生で、米国オハイオ州在住です。
RZ: どうやって彼を見つけたんですか?
JI: ネットのフォーラムで出会いました。そこで色々話している中で、彼が小説を書いていると口走ったので、送ってくれといったら大量の短編が送られてきました。掲載作がベストだと思ったので、これを採用することに決めました。ちなみに今年中に(よその出版社でも)彼の本が出るみたいです。
RZ: そうですか、楽しみにします。
JI: それを聞いたらきっと彼も喜びますよ。いつでも読者の反応には興奮していますから。.
RZ: ところで、お二人が出会ったというフォーラムは、例のトマス・リゴッティのやつですか?
JI: そうです。私がそのフォーラムに投稿し始めたきっかけは、クエンティン・S・クリスプが以前投稿していたからです。私もリゴッティの本は楽しみましたが、すごいファンってわけではありません。とはいえ、リゴッティもすばらしい作家です。私たちはしばらくあそこに投稿していましたし、コルビーのような書き手が他にもたむろっていました。まあ、コルビーはアカウントをbanされてたぶんもういないんですけど。以前は私たちも、あそこで書いたものを宣伝したりもしていましたね。
RZ: リゴッティのファンといえば、ニック・ランドとかウォーリック大学の人々を思い出すのですが?
JI: そうですね、ニック・ランドも興味深い作家です。CCRUの人ですね。あのフォーラムで一時は影響力がありました。今は中国にいるんじゃなかったかな。

RZ: ところで、Drowning in Beauty収録作の一部はJ・G・バラードから影響されているんですよね? デニス・クーパーのブログに書かれているのを目撃しました。
JI: そうですね。私は『残虐行為展覧会』が特に好きです。サンプリングとは呼びたくないですが、バラードはウィリアム・S・バロウズに影響を受け、圧縮された、濃縮された手法を使いますよね。少なくとも私はあれに影響を受けていると思っています。私は一種のサンプリングとか剽窃、盗用みたいなものに今も興味があります。母の蔵書からは大いにサンプリングしています。裁判沙汰にならないよう、パブリックドメインになっている話から持ってきています(笑) 私は『残虐行為展覧会』や『クラッシュ』や、あとバラードの短編群には影響を受けています。

RZ: ところで、日本ではどこが一番面白かったですか? (*北海道と沖縄以外の地方は大体回ったことがあると言っていたので)
JI: 難しい質問ですね。結構大阪に行きますね。でもやっぱり東京が好きかな。色んなことが起こって、国際的なことやただ事じゃないこともたくさん起こるから。 クエンティンのほうはもっと地方や山の周り、寺社などの文化的名所を好みます。私もそういうものにも関心はありますが、東京や大阪のような大都市のほうにより関心が強いです。前回クエンティンが来日したときは、確か2013年か2014年だったと思いますが、友人が群馬県にいるということで群馬に行ってました。私は面白がって、何しに行くんだよ、群馬に何もないだろ!っていじったんですけど。

物を書くこと
RZ:
本業は今もローカライゼーション関連ですか?
JI: そうですね。翻訳みたいなこともしています。今はですね、ある企業のために外国語として英語を学ぶ子供のための本を書いています。なので漫画家と組んで、子供のためのとてもやさしい、本当に基礎的な英語の文法を紹介する本を書いています。ものすごくシンプルな漫画を読むのってちょっと変な感じがしますね。本業の書き物にはあまり入れ込みすぎないようにしています。というのは、書き物でお金を稼ぐことを心配しすぎると何も書けなくなってしまいそうだからです。なので翻訳やその他の本業の書き物はSnugglyの出版に費用を回すためのものと割り切っています。金銭的に助けてあげないとうちの出版物は奇妙すぎて出せませんからね(笑)
 言語にはずっと関心を持ち続けています。両親がイタリア語でもしゃべる家庭で育ちましたから、異言語が飛び交う環境にいたんです。私は詩集を1冊出したこともあります。まだ詩を書いていますが、本にまとめられるほどは溜まっていません。おいおいもう1冊作ると思います。

RZ: ところで、マンガ喫茶で執筆されていると読みましたが本当でしょうか?
JI: はい、マンガ喫茶で書いていました。今でも結構マンガ喫茶で書いています。いや単に、アパートでもネットはできるんですけど、PCが壊れて復旧できなくて。自宅のほうが気が散るものが多くて、あまり書き物に集中できないんですよ。マンガ喫茶のほうが集中しやすいです。

RZ: 日本の作家に会ったことはありますか?
JI: 実際のところありません。どこの国でもコンベンションに行ったこともないです。友達以外の作家とは会わないですね。一部の友人がデイヴィッド・ピースという作家について教えてくれて。彼は大学で教えていたと思います。あるとき、会う機会を持てそうだったのですが、実現しませんでした。大学で教えていた友人が確かピースと同じところに所属していて、会う機会があったようなんですよね。日本の作家とはまったく交流したことがありません。実際に会ってみて、彼(女)らがどんなことをしているか知りたくはあります。
 今日、さっきまでは別の友達と会っていました。Warhammer小説の作家です。Warhammer小説って知っています?
RZ: はい、TRPG由来の小説で、イアン・ワトスンやバリントン・ベイリーなんかもかつて執筆していたやつですよね。
JI: そうそう。友達はスティーヴ・パーカーといって、Warhammer小説を書いているんですが東京在住です。いいやつですよ。かなりガタイが良くてボディービルダーみたいな感じです。よくつるんで、本の話やデイリーヤマザキの話をしています(笑) パーカーはWarhammerの新刊を出したばかりですね。三部作ものです。詳しくは知りませんが、オリジナル小説も書いているんじゃないかな。
 友達の作家といえば、いま東京にもう一人来ています。ラルフ・ドージというドイツの作家(註3)です。ドイツのSF作家です。今まで休暇中で、今夜一緒に来ないかってさそってみたんですけど、シャイすぎるからか怖かったのか、来てくれませんでした。彼は歴史学者です。かなりのアイドル通ですね。先週も、飲みに行くかなんかしない?って聞いてみたんですけど、インディーズのアイドルだか地下アイドルだかを見に行くからって断られました。今週こそは会えるかな。彼は仲間と共に国際的なSF雑誌のようなものをドイツでやっていたと思います。(携帯を見せて)これが彼の本です。表紙は日本のアーティストの篠原愛ですね

次回作の予定
JI: Chômu Pressは現在ちょっと活動的ではないんですが、今年(2019年)の後半にはおそらく再始動します。デイヴィッド・リックスが一冊出しますし、私も一冊出したいですね。
 私は、他の本では見落されていると感じた日本要素をこの本に取り入れたいと思ってリスト化しました。まずデイリー・ヤマザキ、その他諸々の文化的要素です。このDrowning in Beautyに収録された話もこの一部です。私はネイルサロンについて調べ抜いて、正確な描写を心がけました。はたしてあなたがこういうのに興味があるかはわかりませんが、私はなぜかすごく惹かれるんです。きっと多くの人は気にもとめていないと思いますが、私はかなり前から、10年ほど前から(下調べに)取り組み始めていました。しっかり調べたことをメモしないと、すべてをちゃんと描写しなくてはと思って細部にこだわりました。元々の着想として、自然主義文学、きわめて実生活に近くあるべき小説を書きたいというのがあったんです。長篇小説ではドラマティックなできごとがたくさん起こり、プロットが存在しますよね。でも私は何も起こらない小説に、単に登場人物がサンマルクカフェのチョコクロを手に入れるような、実生活のようにさほど大したことが起こらない小説(註4)により強く引かれるのです。だから本書は大体こういうことに基づいて書かれます。長篇小説のようですが、登場人物を共有するいくつかの短篇で構成された長篇になります。
 もうひとつ、私が書きたかったことは……後藤祐樹って知ってますか? ゴマキの弟。何年も前に、実は私は直接彼に会う機会がありました。そしてご存じのとおり、彼は現場から建設資材を盗んで逮捕されました。私は、後藤祐樹が建築資材を盗む話についての本を書かなくてはと思いました。なんらかの形で同じ本の中に取り入れたいと思っています。彼が気を悪くしないといいんですけど(笑)これは小説に取り入れたいですね。
 私は、多くの作家が頭の中にある映画を描写するように小説を書いていると思うんです。 脳内だけで出来事を視覚化して、映画を記述していくみたいに。例えば「レストランは暗かった。彼はあたりを見回し、そこにはテーブルがあった」というように単純なアプローチで物語り、視覚化してしまう。オープニングがあって、登場人物が出てきて車に乗って……とか、あたかも脳内で小さな映画を作るように。でも私はそれはつまらないと思うんですよね。そういうものが欲しければ『キャプテン・マーベル』なり『ロード・オブ・ザ・リング』なり映画を観ればいいじゃないですか。
 私は言葉や言語はもっと面白いことができるものだと思うんですよ、特にどうやって構成するか、陳列するかとか。映画でできなかったり、視覚では不可能な表現も本や文章でならできるわけですよね。視覚化できないことをどうやって書くかということはよく考えようとしましたし、言葉を視覚以外で使おうとしました。映像作品はそれはそれで充分あるわけだから。言葉の用途で一番面白いのって、視覚を表現することではないんじゃないかと思います。
 私はFacebookやWikipediaに強く影響を受けています。19世紀的な、シーンを用意して登場人物を用意して、みたいな手法とは異なる文章が見られますよね。そういうの(作劇の基本も)やりますが、でもそれは執筆において本質的に私を引きつけるものではないんです。どうやってアレンジしたり、成形したりできるかというほうに関心があります。もっとも、クエンティンやブレンダンなど他の作家がどう考えているかはわかりません。彼らのほうはどちらかというと過去や、実際のデカダン主義作家たちに興味があるんじゃないかと思います。私は今現在、何が起こっているかに興味があって、たぶん過去への関心は薄いです。また、小説は基本的に向上していて、今でもどんどん面白くなっていると思っていますね。
 一部の人は小説について悲観的で、もはや誰も読書なんかしないし、水準は低下していると考えています。すべては悪化していると。でも私はそれが正しいとは思えません。本はおそらく今までより色んな意味で、もっと面白くなっているんじゃないかと考えています。
RZ: ありがとうございました。

ジャスティン・アイシスさんより我々の活動に対するコメント
 実際、日本に興味のある人って結構います。つまり市場は大きいわけです。しかしSF作家に限っていえば宮崎駿や小島秀夫級の知名度がある人はいません。ブログか何かを始めるだけでもいいコンテンツでしょう。日本人作家のプロフィールまとめ記事がまとまって読めるところもないわけですし、そういうものを載せるのもありだと思います。

註1:Drowning in Beautyの参加作家略歴を参考にクエンティン・S・クリスプを紹介する。1972年英国デヴォン州ノース・デヴォン出身。Chômu(蝶夢) Press主宰。ダラム大学で日本語を学び、文部省の奨学金を獲得して2001年から2003年の間、京都大学で日本文学を研究した。小説や詩がTartarus Press, PS Publishing, Eibonvale Pressから出版されており、Phantasm Japan (Haikasoru, 2014)にも収録されている。現在はロンドン大学バークベック・カレッジの修士課程で哲学を学んでいる。なお同名の別の作家がいるので、混同に注意。実は本名にミドルネームSはないが、検索性のために筆名としてSを入れて活動している。

註2:モーマス(1960-, スコットランド出身)は音楽家、文筆家。カヒミカリイなどに楽曲提供。2010年から2018年まで大阪を拠点にしていた。現在はベルリン在住。

註3: Ralph C. Doege (1971-, 独国オスナブリュック近郊出身) はフィリップ・K・ディック研究で学位を取得し、その成果はドイツ語のPKDファンサイトにまとめられてるという。http://www.philipkdick.de/
第一短編集Ende der Nacht (2010)はSF/FT要素のある短編を集めたもので、2011年にLocus誌の世界SFまとめ記事においてもドイツの項で言及されている。表題作の「夜の終わり」は元モーニング娘・加護亜依への愛と樹海彷徨が綴られた怪作。もっとも影響を受けた小説はシェイ&ウィルスン《イルミナティ》三部作と芥川龍之介「或阿呆の一生」で、好きなSF作家はサミュエル・ディレイニー、J・G・バラード、ジーン・ウルフ、コードウェイナー・スミス、ジョン・ブラナー。ドイツSF賞とクルト・ラスヴィッツ賞の短編部門に”Schwarze Sonne” (2005) がノミネートした。

註4:Drowning in Beautyに収録された"The Quest of Nail Art"はキャバクラ嬢の生活を綿密に描いた、ハイパーリアリスティックな小説。超常要素はない。

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