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死にたかった君と私が出会うまで

 普段オタクの推し語りnoteとか、人のを読むのは良いけれど自分がやるのはちょっと気持ち悪いなと思っていたけど、どうしても感情が溢れてしまったので、その捌け口として書きます。

 コロナでライブができなかったので、1年10ヶ月ぶりに、推しに会った。ここまで長かったね。色んなことがありすぎて、私は以前の私とは全く変わってしまった。私はすっかり、人を信じたり、人に期待したりするのが怖くなっていた。夢を見るのも。ただ毎日を歩いていくのに必死で、いつでも普通じゃなくなるこの恐ろしい人生を、何度も息を切らしながら、どうにか平均台の上を落ちないよう進んできた。

推しが、最終日のアンコール後、これでまたしばらくのお別れになってしまうというところのMCで、「死にたかった」と言った。雷が走ったような衝撃。あなたにもそんな時間があったということが信じられなかった。今までのどんな瞬間より、推しの存在を、その気持ちを、近くに感じた。死にたかった、というのはもちろん今の話ではないけど。推しは、高校を中退して、一度韓国に渡っている。デビュー寸前のところでその話が突然立ち消えになって、やむなく帰国した。ファミリーマートでバイトもした。オーディションを何個も受けて、落ちた。そのせいか、PRODUCE101JAPANを受けたときは、推しの言動は何もかも尖っていて、とにかく身を守るのに必死だったように見えた。愛を知って、徐々にその鎧は、解かれていった。きっと死にたかったのは、韓国から帰ってきた頃なんだろうなと思う。

 今目の前にいる推し、たくさんの光や声援を受けて、期待や愛情を背負って頼もしくステージに立っているこの人は、かつて死にたかった人なのか。そう思うと不思議だった。今の彼の姿は、およそ「死」などという言葉とは程遠いほど、輝いているから。でも、「死にたかった」という言葉は決して嘘には聞こえなかった。わざわざそんな嘘をつく必要はないし、この、コンサート最終日の、それも最後の最後のMC。そんな開かれた場所で、それでも彼は正直にそう告げたのだ。きっとそれが、忘れられない絶望だったからだ。

 死は、私にとってとても身近なもので、昨今の私の人生に深い黒い影を落とし続けている。逃げても、逃げても、追ってくる。さらにここに来てまで、推しが「死にたかった人」だとは。どんな気持ちを抱いたらいいのか。

 もう私たち、愛する人とは、それが推しであれ、もっと身近な人であれ、「生きてまた再会しましょう」としか言えないね。最大級の愛とは、その約束を守り続けること。推し、死なないでくれてありがとう。あなたが死ななかったから今があるのです。この険しい険しい人生、死の影があまりにも近すぎる日々、ただ、死なないでもう一回会おうね。もう一回を何回もやろうね。


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