条件制御能力を育てる方法
この記事は、理科教育 Advent Calendar 2019の10日目の記事です。
今回は、条件制御能力を育てるのに有効な指導方法は何か?ということについて、エビデンスを示しながら、お話したいと思います。
条件制御能力とは
科学においては、何かしらの仮説を検証する際には、実験を行います。 その際、実験結果から妥当な考察を行うには、実験が、別の因果効果や相互作用を排除できるように設計されていることが前提になります。つまり、影響を検討する1つの変数以外は、一定に保つ必要があるわけです。
このような制御された実験を計画したり実施したりする能力は条件制御能力と呼ばれ、科学的思考の1つとして科学教育や教育心理学の研究者によって長年研究されてきました。(あるいは、control-of-variables strategy(CVS)というキーワードで議論されることもあります。)
★日置(2005) 理科における条件制御の定義
「自然の事物・現象をそれにかかわる条件に目を向け,関わる条件のうち,一つだけを変えて,他の条件を同じにして実験を行い調べること」
条件制御の指導は、その重要性から、世界中のカリキュラムに取り入れられています。アメリカのNGSSでは第4学年以降、イギリスのナショナルカリキュラムでは第5~6学年で、変数を制御することを指導するよう求めています。日本では、小学校学習指導要領において主に第5学年で条件制御能力を育成することが求められています。
なぜ、条件制御能力が重要か
交絡のない証拠に基づいて考察を行うことは、自然科学だけではなく、因果関係についてのあらゆる議論において重要になります(Schuwichow et al., 2016)。例えば、経済学や心理学でも、様々な条件をコントロールしながら、因果関係を検討しています。
また、変数の制御戦略を学習することは、因果関係についての議論を批判的に吟味する上で重要であり、批判的思考力との関わりも深いと考えられます。
理科においては、条件制御は実験計画のみならず、問題解決の過程全般において重要となるでしょう。複数の変数を1度に変えるような問いや仮説は、検証可能性の観点から問題があります。
条件制御能力に関する研究のメタ分析
国外では、条件制御能力に関する研究はたくさん行われており、研究成果が蓄積されてきています。今回は、それらの研究成果をメタ分析によって統合した Schuwichow et al.(2016)の研究をもとに、条件制御能力を育てる上で有効な方法について検討していきます。
具体的には、2つの指導形態の効果量を比較し、どちらがより効果的かを検討します。メタ分析や効果量が何かについては、私の前回の記事をご覧ください。
直接指導 VS. 間接指導
条件制御の指導には、条件を制御した実験をどのように設計するかについて明示的にルールを教える指導(直接指導)もあれば、ルールは与えず、実際に体験させる中で学び取らせる指導(間接指導)もあります。どちらの方が効果的なのでしょうか?
前述のメタ分析の結果によれば、直接指導の効果量は0.58、間接指導の効果量は0.65で、統計的な差は見られませんでした。
条件制御のトレーニング課題 あり VS. なし
条件制御の指導の途中で、探究課題とは別にトレーニング課題を与えることは効果的でしょうか?
メタ分析の結果、トレーニング課題ありの効果量は0.59、トレーニング課題なしの効果量は0.74で、統計的な差は見られませんでした。
フィードバック あり VS. なし
トレーニング課題がある場合、その成績に関するフィードバックを与えることは効果的でしょうか?
メタ分析の結果、フィードバックありの効果量は0.66、フィードバックなしの効果量は0.58で、統計的な差は見られませんでした。
デモンストレーション あり VS. なし
条件制御の指導では、条件を制御した実験と制御していない実験を実際に示すことがあります。この教訓的なデモンストレーションは効果的でしょうか?
メタ分析の結果、デモンストレーションありの効果量は0.69、デモンストレーションなしの効果量は0.48で、統計的な差が見られました。条件を制御した実験に関するデモンストレーションを行った方が効果的であると判断できます。
認知的葛藤 あり VS. なし
ここでの認知的葛藤とは、題材についてのものではなく、条件制御に関する認知的葛藤を指します。どのような条件が変わっているかについて認知的葛藤を引き起こす指導は有効でしょうか?
メタ分析の結果、認知的葛藤ありの効果量は0.80、認知的葛藤なしの効果量は0.53で、統計的な差が見られました。条件についての意識を促すような認知的葛藤を引き起こす指導は効果的であると判断できます。
メタ分析のまとめ
Schuwichow et al.(2016)のメタ分析の結果より、指導方法として、条件制御に関するデモンストレーションを行うことや認知的葛藤を引き起こすことが有効であることが示唆されます。これらの研究は海外で行われたものなので、日本においても同様に有効か今後検討していく必要があります。
個人差に関わる要因
前述のメタ分析では、指導方法の違いや研究デザインの違いについては検討しているものの、条件制御能力の個人差に関わる要因については細かく検討されていません。
そこで筆者らは、日本の小学校5年生132名を対象に、条件制御能力に関わる要因とその影響の大きさを調査しました(中村・松浦,2019)。結果は下図の通りです。
この図では、四角で示す変数が、矢印の方向に数値分の強さの影響を与えていることを示しています。例えば、黄色で示すメタ認知のうち、教師との関わりによるメタ認知が条件制御能力に0.22の影響を与えていることが分かります。また、緑で示す認知欲求(考えることへの動機付け)が、メタ認知を媒介して条件制御能力にプラスの影響を与えています。
簡単に言い換えれば、考えることへの動機付けが高い人は、自身の考えと教師の説明を比較しながら自身の理解状況に自覚的になり、条件制御能力を高めることにつながっているということでしょうか。
全体のまとめ
条件制御に関するメタ分析や筆者らの研究から、条件制御能力を高める上で有効だと考えられる指導法は次のようにまとめられます。
①デモンストレーションを行い、変化している条件に関する認知的葛藤を引き起こす指導
②考えることへの動機付けを高め、自身の考えと教師の説明を比較しながら実験に取り組まさせる指導
今後は、これらの指導を理科授業でどのように実現するか、実際に効果が認められるかを検証していく必要があるでしょう。
長文にも関わらず、最後までお読みいただきありがとうございました。
文献
中村大輝・松浦拓也(2019)「理科における条件制御能力に影響を及ぼす要因についての一考察」『理科教育学研究』60(2), 385-395.