そっと黙ってお喋りめさるな コーヒーカンタータ
1730年代。コーヒーハウス、ドイツ・ライプツィヒ。当時、コーヒーを飲むことが大流行し、人々にとって街のコーヒーハウスに出かけてコーヒーを楽しむことが日常の楽しみとなり、街に存在する8軒のコーヒーハウスは大繁盛だったという。また、市民の社交の場としてコーヒーハウスが重要な役割を担っていた。
当時のバッハは、ライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(教会音楽家)として、「教会カンタータ」などを中心とした教会のための音楽(宗教音楽)をせっせと作曲していた時期にあたる。
バッハは、それらの仕事の合間にツィマーマンのコーヒーハウスに出没してはライブ活動を繰り広げて、コーヒーと音楽を愛する人々から大喝采を浴びていたのだそう。
バッハ自身、たいへんなコーヒー愛好家として知られている。
コーヒーカンタータ
作詩 クリスティアン・フリードリヒ・ヘンリーツィ(筆名ピカンダー)。有名なマタイ受難曲も彼によるもの。
作曲 バッハ
○語り手役(テナー)
○頭の古い父親シュレンドリアン(バス)
(シュレンドリアン“Schlendeian”には“因習”という意味がある)
○当時(18世紀前半)大流行だったコーヒーに夢中の娘リースヒェン(ソプラノ)
1 語り手の叙唱(レチタティーヴォ)
そっと黙っておしゃべるめさるな。ご覧あれ、シュレンドリアンがやってくる。そして彼の娘ごのリースヒェンも。シュレンドリアンは、唸りをあげてる熊みたいにおかんむり。少々お待ちを。理由はすぐにわかりまするぞ!
2 シュレンドリアンのアリア
10代の子供と来たら頭痛の種、無数の厄介ごとのもと!日ごとに娘のリースヒェンに説教し続けで、私はもうふらふらだ。ところがリースヒェンときたらわかっちゃいないのだ。
3 シュレンドリアンとリースヒェンの叙唱
リースヒェン、まったくこの不良娘め!ちょっと来なさい!お前は行いを正そうとは思わんのか?そのコーヒー狂いを止めないか!
愛するお父様、そんなに怒らないで頂戴。朝夕に一杯のコーヒーを飲まなきゃ、私、干からびたおばあちゃん山羊みたいになっちゃうわ。
4 リースヒェンのアリア
ああ!千回の接吻よりも素晴らしく、マスカットのワインよりもかぐわしい。ああ、ああ、コーヒーに賛美を、ああ、ああ、無上の幸福。ああ、コーヒー、ああ、かぐわしいコーヒー。コーヒーを飲めば、元気付けられるわ。
5 シュレンドリアンとリースヒェンの叙唱
もしもわしがコーヒーを家の中で見かけたら、お前が誰かに誘われても外出は許さんぞ。
いいわよ、だけど、コーヒーは飲ませてちょうだい!
お前という娘は…いらつかされる愚か者め!
この間買った流行の服も店に返してしまうぞ。
そんなのちっとも気にならないわ。
町の賑わいを見るために窓の前に立つことも禁止だ。
どうってことないわ、コーヒーさえ許して貰えれば。
お前は、わしが金の嵌った銀のブローチや
手の込んだ手編みセーターも許さんとわかっておるのだろうな。
ええ、もちろんよ!そんなものよりコーヒーの方がずっといいわ。
リースヒェン、なんて不品行な娘なんだ。わしにどうしろというんだ。
6 シュレンドリアンのアリア
世の娘達よ、おまえさんたちときたら、みんな強情だ。とても強情だ、滅茶苦茶強情だ。だが、わしらが少しでも物を喋れるうちは、おまえさんたちをいずれは打ち負かすぞ。
7シュレンドリアンとリースヒェンの叙唱
さあ、父親の言うことを聞くんだ!
コーヒーをやめろっていうのなら、お断りよ。
いいだろう。お前がコーヒーに熱中している限り、私はお前をどこの誰とも結婚させてやらんからな。
ええッ!なんて酷い!結婚させないですって?
神に誓って口先だけの冗談ではないぞ。
(今のところは降伏するのが良さそうね)
わかったわ、コーヒー、それじゃあなとは永遠のお別れね!お父様、私、コーヒーはもう飲まないわ。
うむ、やっとわかったか。それじゃ婿をさがすとしよう。
8 リースヒェンのアリア
幸せな日、幸せな日、愛するお父様はぐずぐずなさらない、素敵な素敵な殿方を見つけて下さるわ。これ以上の幸せったらないわね。
コーヒーとの交換条件で、捜すと約束なさったわ。私、素敵な方を手にいれられるのよ!素敵な殿方を婿にできるのよ!
9 語り手の叙唱
親愛なるシュレンドリアンはリースヒェンの婿をあちこち捜し歩いた。しかし、リースヒェンはずる賢くも、こうのたもうた。「宣誓書を書いてくれる人でなきゃお断り、結婚契約書にも同じことを書いて頂戴。こうよ、"妻が望むときにはいつでもコーヒーを飲んでいい"って。」
10 リースヒェンと語り手とシュレンドリアンの重唱
猫がネズミを嫌いになることがないように、未婚の娘は誰でもコーヒー好き。母親がコーヒーを愛すればおばあちゃんもそれを飲む。どうすりゃ娘たちに辞めさせることができようか?
当時の時代背景や社会問題を含めてみると、たいへん社会風刺的な作品。
ありがとう!