もっとくだらない。

昨年の夏にスマホのメモアプリに(別離は死別くらい辛い)って書き込んであった。

でもやっぱり違うなあ。死別はもっと負担がデカいわ。って思い直したのだけど。

今日はまた、別離も死別も変わらねえなあと戻って来た。

昨年365日を経験して、他人と関わる事が本当に下手になった。恋愛とかに関わらず、気まずい別れを大なり小なりやらかしてしまう。

知られたくないことを話したくなんかないだろ。でも内緒にして辻褄が合わなくなるのも、急に泣き出して周りにドン引かれるのも、学生時代で懲りたのだ。懲り懲りなのだ。

そう思って過ごしていたらこうなった。

もっと独りぼっちになれば、もっと辛くなって中途半端じゃない覚悟が持てるんだろうか。

つまんないなー、馬鹿みたいで嫌になる。
他人に要約の説明をして情けなくなるこんな毎日、早く消え去ればまだオチがつくというものだ。

若干ではあるけど、確実に昔の感覚は蘇りつつあって、それは、皆々様が自分を迷惑がっているという確信だ。

まあまだ客観的にも見れているわけだが、本当に懐かしい感覚。かなりのストレスである。本当に皆に嫌われている。

ひとつ、経験済みで知っていることがある。それは、集団内で迷惑がられながら時間を過ごしていくとどんどん全員のことを心底嫌いになるということ。

もっと自分を追い込んでいこう。そしたら、覚悟が出来るんじゃないだろうか。

自分の悪い所は、バスタームーンよろしくドン底の次は一気に気持ちが上向きにブッ飛んでいく所だ。
もう上に行かなくていい。
床板をもへし折ってどんどん下に下に沈んで窒息したい。

ほらこんな文章をつくることでどん底の後の急激な浮遊感に身構えている自分がいる。

本当は悔しいし恥ずかしいし憎たらしいことの涙であって、悲しい涙とはなんだろうと考える。
悲しい涙が出て、その後悲し過ぎて枯れ果てたらゴーサインでしょうか。

そうだとするとなんだか理想はずっと先の気がしてならない。そんなの嫌だ。皆大っ嫌い。

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