冷めたら二度と戻らないのでしょうか
今回と次回のnoteは深夜にリクエストをつのい1番2番に早かったひとのテーマでかきます。
(このテーマは恋愛でいいよね?え、恋愛じゃなかったらごめんネ。)
恋愛の永遠のテーマよね。こちら。
女の子から相談にのる時に一番多いのは「セックスレス」ってのがあって、相手が冷めてしまったから相手にされなくなってしまったのだと
その次が「すき」と自発的にいわれなくなったとか、いちゃいちゃしてくれなくなったとか。
このテーマみたいにみんな「冷めてしまった」ことに対してなやんでいる。
じゃあ「冷める」について考えてみます。わたしもきみも。
冷めるっていうのは「冷えること」と「固まること」と二通りあって、かつてどこかで「妻よ、愛は冷めたのではない固まったのだ。」という一文を読んだことがあるのだけれども、その通りだとおもって、私はこの時から、「愛が固まる」ことだけをのぞんで生きてきた。
愛とか恋って厄介で、目にみえないものだし、99の幸せより1の不幸に足をひっぱられがちな私たちは、相手が一緒にご飯をたべてくれたコトも、一緒に手をつないでくれたコトも、仕事の合間にメールの返信をくれたコトも、どれも私にだけ特別で幸せなことのはずなのに「前と変わった」のひとつにとらわれちゃうのよね。だって、前はもっと「好き」っていってくれたし、もっと返信くれたし、もっとどこ行こうって考えてくれたじゃない!いつからお家デートばっかりになってしまったのよ。さみしいね。
わたしを毎日さみしくさせるきみは悪者だよ。だけどすき。前のやさしいきみがすきだから。わたしのわるいところ全部直すから、まえの君にもどってほしい。だいすきだから。
「愛が固まってないのはどちらでしょう」
どんな物質も熱が上がりすぎるとやがて爆発して粉々になってしまうし、どろどろに溶けてなくなってしまう。夏に「鬱陶しい」という言葉がお似合いのように、わたしたちは熱によわいのよ。だけど、冷めれば冷めるほどいつかはそのまま凍って固まってしまうのだし、冬に誰かとくっつきたいと思うように冷えるって、いい気がするのだけれども、きみはどうかな。
どうして熱い愛をほしがるのでしょう。自分に自信がないから、相手を信用できていないから。どちらでしょう。
もしかすると、相手はきみのこと、好きって気持ちで固まっているだけで、口に出さなくても君には分かってもらえるって安心しているだけなのかもしれないし、会う回数が減ってしまった事だって、君に振り回されるので一生懸命だった時間にも余裕が出来て、相手がきちんと元の生活ベースに戻りつつあるのかもしれない、君のいる生活に。相手が今まで生きてきた生活ベースに、自分がいる事ってうれしいよ。わたしは。やっと生活の一部になれたのかなって。
ここからは、まじで相手が冷めている場合ね。もうこれは「きらい」寸前もしくは「好きでもなければ嫌いでもない普通」ってよくわからない便利な一文を並べやがる相手ね。
このひとに関しては、諦めるしかない。少しの可能性で、熱する恋愛が大好きでそれを「冷め」と感じて、いやになっていることもあるけれども、そもそもそんなガキみたいな思考回路でぬくぬくと生きて、きみを振り回している相手ならばこっちから早急に願い下げするべき。どうしてもその人と一緒にいたいと思うのならば、相手を養えるくらいに稼いで「何もしなくていいから家にいてくれ」って言うしかない。ヒモ。そんなレベル。ただ、そんな奴と一緒にいることを望む君は浮気される事をものすごく嫌がるだろうけれども、相手は浮気する。ぜったい。だって熱いものがすきな人種だから。
続きましては、積み重ね積み重ねで爆発もういや!になったひとには、改善の余地ありな気がします。相手が嫌になってしまったところをヒヤリングして徹底するしかないよね。ちなみに私はモテたいがために24歳で箸の持ち方を正しいのにしました。
ただ、ためこむタイプの相手(まさに私)は、いつまでたっても貯めこんである日爆発してしまうから、いつまでもいつまでもビクビクして生活していかなければいけなくなる。攻略するには「相手のきらいな所5個言おうゲーム!」を開催しその後「相手のすきな所10個言おうゲーム!」を立て続けにすることで、貯め込み具合が分かったりもするよ。参考にしてみてネ。
相手が「冷たいな」と感じたときは「さいきん冷たくない?」と聞くのではなくて、本当に感情が冷えたのか、それとも君を受け入れて、生活の中に入れて固まってくれたのかを考えてみるといいのかもしれない。
もちろん相手が「きみに対して感情が分からなくなった」という場合にも、お互いに距離をとることも重要なのかもしれないけれど、そんな時は一緒に手をつないで公園を散歩してみたりしてさ、ゆっくり考えてみるのも大切だよ。
わたしは、相手が私にどきどきしてくれる事も嬉しいけど、一緒にお家で漫画とか読んでて「ごめんねちゃったよ~!」って気遣われないほうがうれしいなあ。
疲れてばっかの世の中だから、わたしといるときくらい、さみしさはなくなって、そこには安心だけがあればいいかな。って。