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ようこそダイソン/最終話

~前回までのあらすじ~

偶然入った仙台の楽器店で、美しすぎるトロンボーンに出会い、惹かれ、恐れおののき退散し、ランチしたり美術館に行ったりした挙げ句、未練を絶てず、盛岡に帰る前にもう一度、見るだけ、見るだけ…

ようこそダイソン/その12

***

夫と夫の妹さんを付き合わせて、楽器店を再訪。
ああ。やっぱり綺麗。素敵。
すごい、すごすぎ。ツルツル、ピカピカ。
触ってみたい、スライドを動かしてみたい、
吹いてみたい………

「うわぁ、こんなとこ来ることないから、すごいすごい!」と、楽しそうな夫の妹さん。
「せっかくもう一回来たんだし、やっぱり試奏させてもらいなよ」と、夫。

う、うん。そうだね。言うだけタダだし。
ダメ元で、もう一度、お願いしてみよう。

私、カチコチになりながら、
「あのすみません、昼間にも一度来たんですけど、マウスピースは持ってないんですけど、この楽器、" 購入を検討したいので "、試奏させていただけませんか?」

言っちゃったー!
購入検討するって言っちゃったー!!
ハッタリ!ハッタリを!
ぶちかましてしまったー!!

頭皮にじっとり、汗を感じていると、

店員さん「普段マウスピースは何をお使いですか?」

え、いいの?

私「あの、普段はBachの6半です」
店員さん「では、同じものと、もうひとつ、その楽器との組み合わせでおすすめのものを出しますね。試奏室はあちらになります。」

いいの?いいの?

3人でぞろぞろと、試奏室へ。

楽器を、持ちました。
見た目通り、ツルツル、スベスベです。
スライドを動かしてみました。
しつこいですが、ツルっツルです。
なんと精緻な…

吹きました。
これが、自分の音か!?
太く、豊かでいて、張りも華やかさもある。
キラキラしていながら、奥行きもある。

低い音、高い音、優しく、強く、
色々な音を吹いてみました。
楽しい、楽しい!
ものすごく上手な人になってしまったような錯覚を覚えるほど、「こうしたい」が素直に叶う!

「もうひとつのマウスピースも試したら?」
と夫。

あ、そうでした、そうでした。

「でもねぇ。私ねぇ。
マウスピースに、全然頓着してなくてねぇ。
高校生のときからずっと、楽器本体に標準で付いてきたやつから、変えたことないのよ。
あんまり違い、わかんないかも知んない。」

店員さんオススメのマウスピースに付け替えて、一音吹いた途端。

夫・夫の妹さん
「えー!全然違う!絶対これのほうがいい!」

私も、そう、思うよ…何これ。良すぎる。
Bachが悪いわけではないのだけど、楽器本体との相性?鈍い私にもハッキリわかる。違いすぎる。

そこから頭の中では、ソロバンを弾く音。
(古めかしい表現)
何回分割にして、どうやって払っていこうかな…

夫の妹さん「今、分割手数料がお得って、チラシ貼ってありますよ!」
夫「俺、端数の分くらいなら、出してもいいよ」

なぜこのふたりは、店員さん以上に私の背中を押すのかしら。

試奏室のドアが開き、
店員さん「いかがでしたでしょう?」

私「すごく、良いです。ほ、ほしいです。」

ああもう私、ほしいって言ってる…

店員さん「マウスピース、どうでしたか、どちらが良かったです?」

私「おすすめいただいたのが、すごく良くて、全然違って、驚いていたところでした。」

店員さん「結構違いますよね。ブレゼルマイヤーというメーカーなんですけど。」

私「ぶ?ぶれ?」

そこからは、ケースなどの付属品や、手入れの仕方などの丁寧な説明があり、引っ括めてなかなかのお値引もしてくださり、エスカレーターを下りる私はもう、シャーゲルのトロンボーンを背負っていました。

なんだか浮き足立って、夢の中にいるようでした。たくさん試奏してお腹が空いたので、楽器を背負ったままラーメンを食べてから、盛岡への帰路につきました。

好き好き大好き、トロンボーン。
そんな気持ちが溢れて、帰る車の中でもずっとずっと、トロンボーンの話ばかりしていました。

夫、夫の妹さん、店員さん、ありがとう。
どなたか存じませんが、この楽器をこんなに美しい状態で手放してくださった、前の持ち主さん、ありがとう。
仙台一泊旅行のきっかけになったスガシカオさん、ありがとう。

後日、この楽器で迎えた初めてのステージの袖で、やはりこの珍しい形状がトロンボーンパートのみなさんから注目を浴びました。

「うわぁ、支柱がない!」
「なんだこれ」
「ちょっと、アレに似てない?
ダイソンの、羽のない扇風機」

そんなわけで。
美しすぎるシャーゲルのトロンボーンを、
「ダイソン」と呼び、大切に大切に、可愛がっております。

読んでくださり、ありがとうございました。

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