東京日本ハムファイターズが好きだった~その2

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野球に関してはノンフィクションをよく読みましたが、野球漫画でもそこそこ巻数のあるものをそのころから読むようになりました。漫画は好きなほうでしたが、それまでは長い巻数の漫画は置き場所がなかったのもあり敬遠していたのです。

影響を受けた野球漫画はいくつかあるのですが、そのうちの一つが水島新司先生の「ドカベン」です。「ドカベン」は漫画としても面白く普通に大好きですが、日ハムファンになるのにもとても大きく影響しています。
水島先生の漫画はかなり読んでいる方で、日ハムファンになったきっかけで言うなら「球道くん」もそうです。
そして高橋陽一先生の「エース!」です。
高橋陽一先生は「キャプテン翼」で有名ですが、実はご本人は野球をやっておられたそうです。
この漫画は野球に興味を持つ前にたまたま本屋で見かけ、野球は分からないものの絵がかわいらしかったので手に取った作品です。今読み返すと色々粗も見えるのですが、野球の面白さ奥深さを教えてくれた大事な作品であるとともに、日ハムファンになる一番の要因だったかもしれないと思います。

ドカベンに描かれた東京日本ハムファイターズ

「ドカベン」は1972年から週刊少年チャンピオンで連載された水島新司先生による、最初こそ柔道漫画ですが世に名だたる高校野球漫画です。
Wikiを見れば分かるのですが、当時の世相、時代背景なども反映されており、高校野球ではありますがプロに進むキャラクターもいたりするので、当時のプロ野球界の様子なども伺い知れます。

ドカベンには続編でプロ野球編がありますが、それ以前に、主人公山田太郎の先輩世代は無印段階でプロに進んでいます。
その先輩世代は土井垣将というキャラクターで、彼は結果として日ハム入りするのですが、その時の監督が親分の愛称で親しまれた大沢啓二さんで、そのまんま作中に登場していました。

大沢さんは黄金時代の南海ホークスを支えた名選手で、現役引退後はロッテの監督、解説者を経て1976年から日ハムの監督に就任、その熱血監督ぶりが水島先生のお気に召していたようで、明訓高校の青年監督としてプロ入りを拒否し続けた土井垣を射止める役目が与えられていました。
その作中でのイメージが強く、そこで私の大沢さんおよび日本ハムの印象が固められたと言っても過言ではありません。

大沢さんは1981年に日ハムをリーグ優勝に導いてから1983年にいったん監督を退き、球団フロントに回りますが1993年に再び監督に復帰、それがいわゆる第二次大沢政権ですが、そのころすでに日ハムファンだった私にとってはドカベンでの印象が強く、とても嬉しかった記憶があります。

「球道くん」に描かれた東京日本ハムファイターズ

1976年から小学館系の「マンガくん」、途中から「少年ビッグコミック」で1981年まで連載されたこちらも水島先生の作品です。大沢さんの監督時期がかぶっているのもあり、こちらでも大沢さんは存在感が大きいです。
主人公の中西球道の父にあたる中西大介はノンプロ、今でいう社会人野球の選手で、のちにプロ入りし、最終的に大沢監督率いる日ハムに代打の切り札として入団します。
私はこの作品では大沢さんというよりこの中西大介というキャラクターが好きでした。背番号0を背負った代打の切り札というのも良かったし、実際の日ハムにも「球道くんのパパの大介さんがいる球団」という認識を持っていました。もちろん実際はいなかったんですが、私にとっては良い意味で球団イメージが固まっていないのもあり、ほんとにいそうな空気を醸し出していたと感じます。作中で実際の選手とからんだりもしてましたし。

「球道くん」はホームドラマとしても大変よくできた作品で、話としても普通に面白いので機会があればぜひ。満田拓也先生が「MAJOR」を描くのにインスピレーションを受けた事を公言されている作品でもあり、今気が付きましたが同じ小学館系ですね。

「エース!」に描かれた東京日ハムファイターズ

「エース!」は高橋陽一先生による、週刊少年ジャンプで1990年~1991年にかけて連載された作品ですが、結果的には打ち切りで全9巻完結ということになっています。
この作品は少年野球を扱ったもので、私は当時知らなかったのですが、高橋先生はどうも日ハムのファンでいらしたようで、作中にその片鱗が見えたのでそのいくつかを羅列します。

・主人公の相羽十八(かずや)が所属するチームが「若宮ファイターズ」
・主人公の幼少時、日本ハムファイターズの帽子をかぶっている
・ライバルの一人に「酒井光次郎(こうじろう)」という選手がいる。当時日ハムにも「酒井光次郎(みつじろう)」という投手が実際にいた。

という感じで、この漫画はそこまで野球に興味がなかった時に、絵がかわいいという理由で手にしてみたものだったので、日ハムの事を知ってから読み返すと結構な一致が見られ驚いたものです。

あと、打ち切りという形にはなったものの、私にとっては野球を知るうえで大きな影響を受けた作品でした。この漫画で描かれた「クロスファイヤー」という球種がとにかく新鮮だったのです。クロスファイヤーとはプレートに置く足の位置で球に水平方向の角度をつけるというものですが、投手はプレートに足をかけて投球しなければならないというルールの中で、ここまでのバリエーションができるものなのかと、野球というスポーツの奥深さ、繊細さ、ち密さを教えられたのです。

そんな事もあり私は日ハムのファンを始めるのですが、当時は東京ドームに間借りしたあまり人気があるとは言えないチームでした。
しかし私はなぜだか大きな可能性を感じていました。
結局、東京時代には日本一になることができませんでしたが、今北海道で愛されているのを見ると素直に良かったなあと思えます。
しかしそれも、不遇の東京時代からの球団関係者のたゆまぬ努力と、心から野球を愛していた大社前オーナーの存在が本当に大きかったと思います。
悔しい思い、悲しい思いを選手や関係者もしたと思うし、私たちファンもたくさんしましたが、私はあの頃の日ハムを見ていてよかったと、応援していて本当に良かったと、導いてくれたすべてに感謝するのです。

とか書いてたら新庄新監督就任が報じられたりしましたが、阪神でのデビュー戦を見ていた人が、ファンだった球団の監督になるのはそれなりに感慨深いものがあります。
ペナントレースは長い間追えていませんが来年はちょっと気を付けてみようかなと思っています。

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