「今からビジネスの話をします」

約束したファミリーレストランに行くと、友人の隣に知らない男性がいて、開いたノートパソコンを見ながらいきなりこう言われた。
「今からビジネスの話をします」

ビジネスのはなし?
私はというと、彼氏がいかに情の薄い人かっていうどうしようもない恋の愚痴を聞いてもらいたくて友人と会う約束をしていたので、訳が分からなかった。友人は大きな体を縮めて、ボスらしき人の顔色を伺いながらソワソワしている。なぜ、このタイミングなのか。

わかってる。何かを売る仕事の話で、儲かるとか何とかいうんでしょう。その友人の車はいかにも中古車って感じで、着ている服もよれよれで、儲かる仕事をしているようにはとても見えなかった。でも明るく話の面白い人で、友人の彼女とも顔見知りだし、私は兄のように慕っていたのだ。すでに恋に傷ついていた私は、“ビジネス”の言葉を耳にした時点で、社交の窓口に鉄のカーテンを下ろし、心の奥の部屋に引っ込むことにした。

失恋しかけているから、金儲けどうですかってことかぁ。もはや彼氏の冷たさとかどうでもいいな。少なくともこの人たちより真っ当な職業だし、私が寂しいとか言えば彼のできる範囲で愛情を示してくれているのだ。放置はしても、私にお金を出させるようなことはしない…。

と、私の虚無加減がボスらしき人物に伝わったようで、「興味がないなら話はやめましょう」とお開きになった。そこにいない人間に何を話しても無駄だとボスはわかっていたのだ。話のわかるボスでよかった。(会話してないけど)
友人だけが、何もわかっていなかった。友人には、怒りより憐れみしか感じなかった。

私がマルチとかネットワークビジネスとかに勧誘されかけたのはこの時だけで、友人とはその後、縁を切った。数年経ってから一度会ったような気もするけれど、何かを失い続けているようにしか見えなかった。

今でも、似たような“勧誘”があちこちであって、最近知ったコレは少し恐ろしかった。
私の勧誘経験など、あまりのショボさに笑けるほどだ。


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