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噂のノロイ-黄昏の神隠し-

春先の夕暮れ時、ぬくもりを帯びた風が、氷室 沙苗(ヒムロ サナエ)の頬を撫でていく。
学校から帰り、家で水浴びをした後、近所の神社にある鳥居の前で、ひたすら手を合わせ必死に祈り続ける。
この手順を、沙苗は四十九日間も繰り返し休まず続けていた。

「どうかお願いします……景子を、景子見つけてください、ノロイとくだんに奉ります……」

しんと静まり返った鳥居に、先程とは違い、少し肌寒い風が、沙苗の肩まで掛かった黒髪をなびかせた。
鬱蒼とした木々がザワザワとはやし立てる。

二ヶ月前、突然行方不明となった同じ高校に通う親友、鈴村 景子(スズムラ ケイコ)、最近景子の様子がおかしいと彼女の母親から相談を受けた矢先の出来事だった。

『相談があるの……』

深夜に沙苗のスマホにLINEメッセージが来て以来、景子の行方は掴めていない。
警察も捜査を開始し、沙苗もあれこれと事情を聞かれたが、大した手掛かりにはならず、未だ家出扱いになったままだ。

沙苗の家は母子家庭で決して裕福とは言えず、またその母親にも色々と問題があった。
そんな複雑な家庭環境にある沙苗を、親身になって寄り添ってくれたのが景子である。

そんな景子が突然居なくなった。
沙苗はいても立ってもいられず、藁にもすがる思いで景子を探した。
そう、そして沙苗は正に今、その藁を掴もうとしていたのだ。

きっかけは学校の図書館で使えるパソコンだった。
景子に繋がる手掛かりを探していた沙苗は、ネットでとある掲示板の書き込みを目にした。

大切な何かを無くした貴方の、願いを叶えるおまじない。
そんな不確かで怪しい書き込み。
誰もが一目見てスルーしそうな内容に、沙苗だけは目を外らす事ができなかった。

書き込みには事細かにそのやり方が書き記されていた。
身を清め、一時間以内に近くにある鳥居の前で祈りを捧げる。
願い事に、こう付け加えて。

ノロイとくだんに奉る……と。

そしてこれを四十九日間、一日とも欠かさず続けるというもの。

馬鹿げた話だと、普通の人ならそう思える話だ。
けれど沙苗は違った。
親友を、景子を見つけられるならどんな事でもやるつもりだったのだ。
例えそれが眉唾物の噂話だったとしても。

やがて月日はたち、今日がその最後の日、四十九日目となる。

沙苗は深く息を吸い込んだ。

余計な事は考えず、ただ一心に頭の中で繰り返す。

どうか、景子を見つけてください、ノロイとくだんに奉る、と。

やがて風が止み、虫の鳴き声すら届かない静寂な時が訪れた。

車の騒音も、人の声すら聞こえてこない。

本来なら街中に位置するこの場所は、買い物帰りや帰宅する学生、社会人も多いはず。
なのに、この静けさは少し異常とも言える。

沙苗はハッとして辺りを見渡す。

茜色に染まった夕日はとうに沈み、町は薄い夕闇のベールに包まれていた。

街灯には明かりが灯り、調子が悪いのかチカチカと不規則についたり消えたりを繰り返している。

「いつの間に……」

驚く様な様変わりに沙苗は狼狽えつつ、目の前の朱色の鳥居を見上げた。

「だよね……」

沙苗は呟きながら肩を落とす。

俯き、薄らと込み上げてくる涙を人差し指で拭う、その時だ。

「お嬢ちゃん、何泣いてるの?」

突然声がした。
可愛らしい女の子の声。

沙苗は慌てて顔を上げると、声のする方に視線を向けた。

「やっほー」

鳥居の下。階段に腰掛ける一人の少女。
片手を上げ、それをヒラヒラさせながら沙苗に微笑みかけている。

「えっ?わ、私?」

「他に誰もいないし、君しかいないでしょ」

また声がした。
今度は左側の鳥居の下。
先程の少女と同い年くらい、パーカーを着た女の子が沙苗を見つめている。

二人とも変わった出で立ちをしていたため、それが更に沙苗の頭の中を混乱させた。

右側にいた少女の頭には御札のようなものが貼られており、藁人形の様なアクセサリーがついている。
御伽噺に出てくるような綺麗な銀髪から覗く瞳には、澄んだ様な漆黒の闇が広がっているようにも見えた。

対して左側の少女は、大きなフードを頭に被っていて、耳には人の目玉を模した大きなピアス、額で綺麗に切り揃えられた黒髪の下には、少し気だるそうな大きな黒い瞳が爛々と輝いている。

「え、ええと、あ、貴女達は……?」

沙苗は何とか自分を落ち着かせ二人の少女に聞き返す。

「ひっどーい、呼んだのは君でしょ沙苗ちゃん。ねえくだん?」

「ノロイ……あんたが怖くてバニクってんじゃない?」

「ええ何それもっと酷い!怖くないよね?むしろ可愛いよね!?」

ノロイと呼ばれた少女が沙苗に抗議の目を向ける。

「ああ、え、えと、は、はい可愛いと、思います……」

おずおずと沙苗が答える。

「ほらあ見たかくだん心清らかな乙女には真実が見えるのよ!」

「はいはーい、そういうの結構でーす、で?沙苗ちゃんは具体的に私達に何して欲しいわけ?」

「ぐぬぬ、おのれくだん……!」

「しつこいノロイ、話進まないでしょ……ほら沙苗ちゃん、私達をわざわざここに呼んだ理由、聞かせてくれる?こう見えて私らそんなに暇じゃないんだから」

「よ、呼んだ理由……」

ボソリと言って沙苗は考えた。
藁にもすがる思い、たったそれだけの理由だ。
景子が見つかるなら何だっていい、何だっていいはずだったが、まさかそれが本当に目の前に現れるとは思いもよらなかった。
こんな事が本当に起こっていいのか、現実となっていいのか、いくら考えても頭が追いつこうとしなかった。

「はあ~話になんない、帰ろっかな……」

くだんと呼ばれた少女は不貞腐れたようにため息を着き立ち上がる。

「くだんが帰るなら私も帰ろっと、じゃあね沙苗ちゃん」

少女達がそう口にした時だ。

「ま、待って!私の友人を、景子を見つけて欲しいの!お願い!景子を、景子をた、助け……て」

そこまで言うと、沙苗はその場で泣き崩れてしまった。

「あーあ、くだんがいたいけな少女を泣かしたあ、お巡りさーんこいつでーす」

「ちょちょちょ、何で私!?ちょっ分かったから!話聞くから!」

二人の少女が沙苗に慌てて駆け寄り必死になだめ始めた。
やがて落ち着いたのか、沙苗はぽつりぽつりと、二人に事情を話て聞かせた。

「行方不明ねえ……」

聞き終えたノロイが思案するように呟く。

「その景子ちゃんって子に何か変わった事はなかった?」

くだんが沙苗の顔を覗き込みながら声をかけた。

「そう言えば……」

「何か心当たりがあるの?」

沙苗の漏らした言葉にくだんが聞き返すと、彼女はこくりと頷いて見せた。

「私のうち、結構貧乏で……今年度の学費を払えるかも怪しいんです……それを景子に話したら、私が何とかするから、学校辞めないでって……」

「景子ちゃんがそう言ったの?」

再び沙苗はくだんに頷き返す。

「私はそんな事しなくていいって言ったんですけど、あの日から景子の様子が少しおかしくて……彼女の母親からも相談受けたんです、最近帰りが遅いって、コソコソ隠れて何かやっているんじゃないかって……そしたらあんなメッセージが景子から届いて、あの子居なくなっちゃって……うっ」

そこまで言うと、沙苗は目に大粒の涙を浮かべ始めた。

「ああまた、ええと……てぃ、ティッシュ、あれ?ないなあ……これでいっか、はいこれ使って」

そう言ってノロイが御札を沙苗に手渡そうとしてきた。

「ノロイ……流石にそれはないわ……」

くだんが呆れた顔で首を横に振る。

「えー何でよー」

二人のやり取りを目の前にし、沙苗は何だかそれがおかしくて思わず吹きこぼすように笑ってしまった。
いつの間にか目に浮かべた涙も消えている。

「やっと笑った……」

「あっ……」

ノロイに言われて沙苗はハッとした。
こんな風に笑ったのはいつ以来だろう。

「可愛い顔してるんだから、泣いてばっかじゃ勿体ないよ」

「は、はい……ありがとうございます……」

「いい雰囲気のところ悪いんだけど、ちゃんとアレの事、話した方がいいんじゃない?ノロイ……」

横で見ていたくだんが、何やら神妙な顔で言った。

「あ、アレって……?」

沙苗がそう聞き直すと、ノロイはふうっと軽いため息をつき口を開いた。

「私達は困った子の願いを叶えることができる……」

「じゃ、じゃあ景子を」

言いかけた沙苗をノロイが手のひらを向けて制した。

「できるけど、その代わりに貴女に代償を払って貰わなくちゃいけない……」

「だ、代償?」

「そっ」

くだんが一言いって沙苗の顔をのぞきこんだ。

「つまり、願いの大小によっては、アンタの命を頂く場合もあるって事」

くだんはそう言って口の端を意地悪そうに歪めて見せた。

「ごめんねえ沙苗ちゃん、私ら神様ってわけじゃないんだよね、タダで人の願いを叶えるなんてできないんだ、あはは」

ノロイが頭を掻きながらあっけらかんと答えた。

「沙苗ちゃんも私らを呼ぶ時の方法、見たんでしょ?願いを叶えるおまじない……まじないって、呪いって書くんだよ?」

「呪い……」

くだんの言葉に、沙苗は青ざめた顔で呟く。

「だから辞めるなら今のうちって事、今ならまだ間に合う、アンタは家に帰って、現実を受け止める。そうすれば今まで通、」

「いいんです……」

くだんが言い終わる前に、沙苗がそれを遮るようにして言った。

「い、いいって……友達のために命投げ出すかもしれないんだよ?」

慌てて聞き直すくだんに、沙苗は大きく頷いた。

「いいんです……もう決めてましたから。景子を助けられるなら、私の命何て……」

「どうしてそこまでして?」

ノロイが塞ぎ込む沙苗に尋ねる。

「私の母親、結構最低な人なんです……小さい頃から育児も適当で夜遊び歩いてるような人でした。父もそんな母に愛想が尽きて離婚……父は元々立派な人で、私を引き取るつもりでいたんです、けれど母は私が幼く何も分からないのをいい事に、父の当てつけだけで私を引き取ったんです……貰っていた養育費もほとんど遊びに使って、生活は荒れに荒れていました……そんな時です、景子と出会ったのは……あの子、他の女子から苛められてて、私はそういうの慣れっ子だから、それに気が強いのもあって、景子をいじめてる奴らから彼女を助けたんです、そしたら景子、私と友達になって欲しいって……」

「おお、青春だねえ~」

「ノロイ茶化さない」

くだんがそうたしなめると、ノロイがそれに対して大きく舌を出して見せた。

「友達ね……それで?」

くだんの声に沙苗が頷き返す。

「それから私達は友達になりました。私が辛い顔をすると、あの子私に言うんです。今度は私が沙苗を助ける番だからって、だから一人じゃないよって……助けたつもりが、私はいつの間にかあの子に支えられていた……あの子には幸せになって欲しい、私よりも……だから、だから景子を助けてください!お願いします!」

沙苗はすがるようにくだんの手を取りそう訴えた。

「分かった……そこまでお願いされたら断れないよね……」

「おっおっ、何なにい?くだんも私の御札要る?」

「いらんわ!ほら、早速始めるから邪魔しないで」

「あ、あのお、始めるって何を?」

恐る恐る沙苗が尋ねると、くだんはニヤリと笑みを浮かべ立ち上がった。

「お仕事」

くだんはボソリと言うと、被っていたフードを脱ぎ、沙苗に手をかざしゆっくりと目を瞑った。

その瞬間。

「えっ?」

思わず沙苗は目の前の光景に目を見開いた。

風も吹いていないのにくだんの着ていたパーカーがバタバタとなびき、両耳につけた目玉のピアスが、まるで生きているかのようにギョロりと蠢いたのだ。

「くだんの予言……その目はすべからず未来を見通す……」

くだんの様子を見ながらノロイが独り言のように呟く。

「よ、予言?」

沙苗がそう言うと、くだんにだけ吹いていた異様な風が止み、やがて瞑っていた目を開け口を開いた。

「木霊が連れ去ってるみたいね」

「木霊が?なんで景子ちゃんを?」

「あ、あの木霊って?」

たまらず沙苗が二人の会話に割って入った。

「木霊って言うのは分かりやすく言うと木の精霊かな。土に埋もれた死骸何かの魂を浄化する奴らで、生贄にされたものを連れ去ったりもするわね」

「じゃ、じゃあ景子は……!?」

ノロイの言葉に沙苗の顔が見るまに青ざめてゆく。

「とりあえずそれを確かめに行きましょう。この辺りにある神木って確か……」

「場所も見えたから案内するわ、着いてきて」

くだんがそう言うと、二人は案内されるままその後を追った。

鳥居から歩く事十五分、町で運動公園にもなっている場所へと三人は辿り着いた。

街灯の明かりはあるが辺りはやけに暗い。
昼間はランニングや散歩をしている人も多く、往来する人が大勢いるのだが、夜の公園はしんと静まり返り、人っ子一人いない。
静寂に包まれた園内は、木々がザワザワと風に揺らめいているだけだった。

「ノロイ」

「あいよ」

くだんが呼び掛けると、ノロイが返事を返しながら両手を広げて見せた。

その一瞬、眩い光が彼女から発っせられた。

「い、今の光?」

沙苗が慌てて聞くと、ノロイが頷き口を開く。

「ほら、見てごらん、あれが木霊だよ」

ノロイが顎をクイッと出し指し示した。
釣られて沙苗が視線を向けると、そこには白い着物を纏い、額に御札を貼り付けた髪の長い女性が居た。
しかも一人ではない、何十人といった同じ格好をした女性達が、手に持った鈴のようなものを鳴らし列を作って歩いている。
怖いというよりそれが早苗の目には、むしろ幻想的な光景に見えた。

「これが……木霊……」

唖然としてそれを眺める沙苗を他所に、くだんが列の先頭にいた木霊に駆け寄り、何やら話し掛けている。

二人がしばらくそのやり取りを眺めていると、列の中央に居た、大きな箱を担いでいた木霊達が、ゆっくりと沙苗たちの元に近付いてきた。

くだんもその側に駆け寄ってくる。

「居たよ、景子ちゃん」

「ほ、本当ですか!?」

くだんの言葉に沙苗は飛び上がりそうな勢いで返事を返した。
御輿の様な大きな箱を木霊達が地面にそっと下ろし、木箱の蓋を持ち上げる。

「景子!」

箱に両手を添え、沙苗はいても立ってもいられず箱の中身を覗き込んだ。
大きな木箱の中には、沙苗と同い歳くらいの少女が一人、丸くなる様にして横たわっている。

「い、生きてるんですよね……?」

思わず涙ぐみながら沙苗が周りに訴えかけると、くだんはそれにやんわりと頷き口を開く。

「木霊達に眠らされてる……彼女がこの近くの神木に生き埋めにされてるのを発見して、自分達の供物だと勘違いしてたんだって」

「むしろこの子達に発見されて良かったってわけね、木霊は捉えた相手の生気を時間を掛けて吸い尽くしていくから、簡単に命を奪わないのよ。まあ時間掛けすぎるとアウトだけど……」

ノロイが沙苗の肩に手を置き苦笑いを浮かべた。

「は、はい!ありがとうございます!ノロイさん!くだんさん!それに木霊さん達も!」

沙苗はそう言って深深と頭を何度も下げた。
木霊達はそれに思わず狼狽えている。

「さてと……気になるのは何で景子ちゃんが生き埋めにされてたかだよね……」

くだんが顎に手を当てそう呟いた時だった。

「アレに聞いた方が早いかも」

ノロイが不敵な笑みを浮かべ、親指で背後をクイッと指し示す。

「アレ?」

沙苗達がノロイの背後に振り返る。

「ひいっ!?」

木に隠れるようにして金髪の男が一人、悲鳴をあげながら尻もちを着いていた。

「何あれ?人払いしといたはずだけど?」

「さあ、沙苗ちゃんの事ずっと着けてたからあいつだけ泳がせといた」

「それで私らが見えてんのね、やるじゃんノロイ!」

「でしょでしょ~もっと褒めていいよお!で、どうする?」

「ふんじばる!」

「ラジャー!」

威勢よくノロイが返事を返し、片手をグルングルンと回しながら男に近寄っていく。

「く、来るな化け物!!」

男は慌てて地べたを這いずるようにして逃げようと試みる、だが、

「逃がすわけないでしょ……天狐!」

ノロイの鋭い声が闇夜に響く。
その瞬間、虚空から突如白い球体の様なものが現れた。
球体は宙を跳ねるようにし逃げる男の目の前に落ちた。

「なな、何だこれ!?」

喚く男の前で球体が再び飛び跳ねる、そして白い丸い玉だと思われていたものがその形を変え男の前に立ち塞がった。

「し、白い狐……!?」

沙苗が驚き視線を向ける先に、ふさふさの尾を揺らし、白銀に輝く白い狐が姿を現した。

「く、くそっ!!」

男は立ち上がり無我夢中で狐に飛びかかる、だがあっさりと狐の鋭い爪でいなされ、そのまま地面に押し倒された。

「ひいっ!たた、助けてくれ!!」

狐の剥き出しの牙が男の首元に突きつけられた。

「アンタ次第かな~その子の餌になるか、大人しく言う事を聞くか選ばせてあげる」

ノロイが男を見下ろし、口を歪ませ笑みを浮かべて見せた。

すると、男は観念したのか、そのまま大の字に力なく寝転び、震える顔でゆっくりと頷いた。

四十分後、夜の公園に来客が訪れた。
黒い高級車が三台。
公園の入口に車が停り、中から数人の男達が姿を現す。

「死体が見つかったって言うのは本当だろうな……?」

スーツ姿の男が凄んだ声で言った
手下と思われる他の男がスーツの男に慌てて駆け寄る。

「は、はい、さっき奴から連絡が……やっぱり掘り起こした場所を間違えていたようで……」

──バシッ

スーツの男が手下の男の顔を容赦なく殴りつける。

「馬鹿が!一度埋めてから後で処理しようなんて二度手間みてえな真似するからだ!首絞めて殺ったんなら直ぐに運んで処理してれば良かったんだよ!たっく使えねえ奴らだな……」

「す、すみません……」

「まあいい、まだサツには気付かれてねえんだ、とっとと遺体を回収して、」

「ひとおつ……」

「あん!?」

突如として聞こえた少女の声に、男達がざわつき狼狽える。

「誰だ?おい……!」

スーツの男が他の男達に探せと命じ、各々が頷き辺りを確認しだす。

「人世の生き血をすすり……」

「だ、誰かいるぞ!?」

驚き戸惑う男たちの目の前、暗闇の奥から、少女の影が陽炎のように揺らめき現れた。

「二つ……不埒な悪行三昧……」

「も、もう一人いるぞ!?」

男達が一斉に身構える。

「三つ!み、みみ……ああ……なんだったけくだん?」

「私が知るわけないでしょ!ノロイがやろうって言ったんだから!もうちゃんとしてよお」

「ええ~じゃ、じゃあ……三つ淫らな助平心……?」

「ふざけてんじゃねえぞ!」

目の前のやり取りに痺れを切らしたのか、スーツの男がこれでもかと言わんばかりに怒声を挙げた。

「女?しかもガキじゃねえか!」

男がイラつきながら二人を見回す。

「ガキって何よガキって!私はこれでも高校三年生何だから!」

「あ、その設定まだ生きてるんだ……」

くだんがノロイに覚めた口調で答える。

「設定って言うな!」

「無視してんじゃねえよくそガキども!お前らも一緒に攫ってやろうか!?」

スーツの男が激高し内ポケットに手を忍ばせた。

「おっ殺る気まんまんじゃ~ん、じゃあこっちも」

「あ~あ、知らないよあんた達、ノロイがこうなったら私も止められないからね」

くだんがそう言ったと同時に、数人の男たちがノロイに向かって駆け出した。

だがその時だった。

突如として着物姿の女が男達の目の前に現れた。

「なんだこの女!?」

男達が慌てた様子で足を止めた瞬間、着物姿の女が両手を掲げ、ま深く被っていた頭巾をめくりその素顔を顕にした。

「ひいっ!?」

周囲がどよめく。
女の顔を見たからだ。
その顔には有り得ないほどの無数の目があった。
額、頬、顎、首や腕にも、そのどれもがギョロギョロと不気味に蠢いている。

「か、体が動かねえ!?」

男達が口々にそう言った。

「百々鬼ちゃんそのまま止めといてねえ、ほい次!」

そう言ってノロイが息高々と片手を夜空に突き上げる。
瞬間、ノロイの影が大きく揺らぎ、その中から巨大な人影が立ち上がった。

男達を覆い尽くすような巨大な影はやがて人を形取りその姿を表した。
巨人だ。
しかも一つ目。

「ウオオオォォォッ!!」

ボロボロの道着を着た一つ目の巨人が、その大きな腕を振り上げ目の前の男達を掴みあげ夜空に咆哮する。

「ばば、化け物!?」

他の男達が慌てて加勢に加わろうとする。
しかし。

「どんどん行くよ~!」

ノロイが更に声を挙げた。

「このアマ!!」

ナイフを持った男がノロイに近付いた瞬間、そのナイフが突然不自然に折れ曲がった。

「な、なんだナイフが!?」

「ありがとう入道ちゃん」

ノロイが声を掛けると、木陰から頭の大きな老人がチラリと顔を見せた。

「お、お前らまとめてかかれ!」

見かねたスーツの男が号令を掛けると、残っていた男達が一斉に身を乗り出した。

「じゃあこっちまもまとめて行ってみよう!ガシャちゃんやっちゃえ!」

──ココココゴッ

急に辺りに地鳴りが響く。
それと同時に、ノロイの背後から巨大な骨が姿を表した。

「ひ、ひいいいっ!?」

「グアアアアァァッ!!」

象よりも巨大な髑髏が、雄叫びを挙げながら男達を虫けらの様に蹴散らしていく。

「た、助け、うわあっ!!」

逃げ惑う男達。
辺りは阿鼻叫喚の渦。

「な、なん何だこれは……悪夢……かよっ…!?」

スーツの男はへなへなとその場に崩れ落ち、目の前の光景に愕然としたまま口をぽかんと開け広げた。

「さあて、縁もたけなわ……ノロイの百鬼夜行、お気に召したかしら?」

男を見下ろすように立ち、ノロイは不敵な笑みを浮かべて見せた。

「な、何で、何で俺達がこんな目に……」

今にも泣きそうな男に、ノロイは鼻先が触れそうな程顔を近づけて口を開いた。

「女の子にパパ活させる為に客とらせといて、人気が出たら体売れって脅してたんでしょ……?それで景子ちゃんにバレそうになったから衝動的に首を絞めて殺し、慌てて近くの木下に埋めたと……まあ景子ちゃんがかろうじて生きてたから良かったものを……地獄の閻魔様も呆れてものも言えないだろうね」

「も、もうしない!しないから助けてくれ!?」

スーツの男はノロイの前で慌てて土下座し懇願するように訴えた。

「船幽霊ちゃん、フィナーレ……」

──パチン

ノロイが指を鳴らした瞬間、暗闇から大きな木船が現れた。
木船は水もないのに宙に浮かび、ゆらゆらとスーツの男の側まで来ると。

「やめろ!は、離せ!!」

船の上に無数の人骨達が現れたかと思うと、人骨達はスーツの男を無理やり抱え込み船に乗せてしまった。

「では~良い船旅を~」

「嘘だろ!?た、助けてくれ!!」

ノロイが微笑み手をヒラヒラとさせると、人骨達が喚く男を押さえ付けたまま、木船は暗闇の中へと吸い込まれ消えてしまった。

「これにて一件落着~ふはははは!」

「黄門様混ざってんじゃん……」

高笑いするノロイを横目にくだんが呆れて肩をすくめる。

「沙苗ちゃん出てきていいよ~」

ノロイがそう言うと、遠く離れた所から沙苗が駆け寄ってきた。

「お、終わったんですか……?」

「うん、もう大丈夫、二度と悪さはしないと思うよ」

「したくても二度とできないけどね、ふふふ」

くだんがニヤリと笑う。

「景子ちゃんは?」

ノロイがそう言うと、沙苗は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、景子ならまだ休んでます……そ、それであの、約束通りわ、私を、」

「もういいよ、沙苗ちゃんの代わりにあいつら貰ってくから」

言いかけた沙苗にくだんが言った。

「あいつら……?」

「いいのいいの、沙苗ちゃんは気にしなくて、ね?くだん」

「そういう事、だからもう行きな、景子ちゃんの元へ……」

「は、はい……ありがとうございます……私、もう一度頑張ってみます……お父さんにも事情話して、精一杯足掻いてみます、景子のため……ううん、私のためにも!」

「うん、頑張って、もう私達何か呼んじゃダメだよ?」

ノロイがそう言うと、沙苗は少し顔を曇らせた。

「さてと私達も帰ろっかノロイ」

「そうだねくだん、またね沙苗ちゃん!」

またね、その言葉に沙苗は花が咲いた様な笑みを零し、去り行こうとする二人に手を振った。
いつまでも。

「ねえくだん」

「何?」

「コンビニでも寄ってく?」

「いいねえ!って私達この格好で流石に入れないでしょ」

「ガシャちゃんにコンビニ持って帰って貰うとか?」

「それいい!って冗だ……あっ何本気にしてんのよノロイ!ガシャちゃんそんな事に使っちゃダメ!ほら店の人地震かって騒いでるじゃない!!」

何処かに困っている人はいないだろうか?

無くした大事な何か、もし見つけたいのならこうお願いしてみるといい。

ノロイとくだんに……奉る……と。

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