作品名「魔獣戦記」の3話。サブタイトル「選別」

 砂浜の海岸に接岸した全長12メートルに及ぶ大型の木造船。その船からは、同じような鼠色の革製鎧を装着した兵士が、数十人と地上に上陸した。その中でも一際目立つ装飾が成された鎧を着ける男に、とある兵士が声をかける。

「将軍、ようやくですね」
「あぁ」

 話しかけた兵士は、腕を頭上に伸ばして森の方を見つめた。

「ですが、ここまで時間をかけて選別するほどの価値があるんですかね」

 彼の怠けた態度に少し不満を抱いたのか、将軍と呼ばれる男は腕を組んでため息をつく。

「当たり前だ。100年前の大戦では、選別をせず徴兵したため、エスカリア大陸全体が魔に飲み込まれた」
「飲み込まれた? 俺あまり詳しいこと知らないので、よくわからないです」
「転移者にのみ刻まれる刻印、それは1匹の魔獣に知性を持たせて服従させることができる。だが、契約者の魂が大きく揺らぐと、魔獣に肉体を取り込まれ魔化するのだ。魔化した魔獣は人が手綱を握れるような存在ではない」
「え、俺たち今からそんな危ない奴を徴兵するんですか!?」

 将軍は怖がる兵士の頭を叩き、「馬鹿者!」と言い放つ。

「だからこうして時間をかけ、揺らぎのない者を選別したのだろ。まぁ、この島で生き残っていればの話だが……さ、行くぞ」

 一方、彼らが上陸したのと時を同じくして、秋名たちは窮地に立たされていた。ハリと呼ばれた生物は西野の身体を取り込むと、3メートルを越える筋肉質な人の形へ変化を遂げた。彼は手を何度か握り直して身体の感覚を確認すると、子どもたちの方向に腕を伸ばす。

「マズイ、逃げろ!」

 宮本は何かを察し、クラスメイトらに大声で叫んだ。しかしその瞬間、ハリの手が槍のように鋭利な物に変形した。腕は風を切って勢いよく伸び、ハリから背を向けた子どもらを次々と貫く。

「……いや」

 浜音は血溜まりの海に横たわる無数のクラスメイトの死体に絶句し、腰を地面に落とした。宮本も秋名も呆然とただ、ハリと呼ばれる魔獣の光悦とした表情を眺めることしか出来ない。

「ぎゃははは。すっげーすっげー! これで俺は最強だぜ!」

 ハリは自身の力の進化に興奮し、秋名らを無視して様々な動きを試し始めた。宮本は我に返り、浜音と秋名の肩を叩く。

「今しかない。ほら、走れ!」

 宮本に触られると2人も意識を取り戻し、ハリから離れようと動き始める。

(ダメだ。空腹と寝不足でうまく走れない)

 秋名が過呼吸で2人より遅れて走ると、宮本は振り返る。

「俺の手を掴め! 引っ張ってやる」

 彼に言われるがまま、秋名は差し伸べられた手を掴んだ。しかし1発の銃声が響くと、宮本はうつ伏せに倒れ込む。彼の太ももには風穴が空き、そこから血が地面に流れ出る。すぐに浜音は彼の近くに駆け寄り、身を案じた。

「竜二、死なないで! あんたが死んだら私、もう頭おかしくなる」

 浜音は宮本の身体をさすり、涙を流し続けた。

(嘘だろ。こんな時にあいつかよ)

 秋名は宮本の身を心配する余裕はなく、目の前に出現した人の形をした鋼のような外骨格をした魔獣に目を釘付けにされた。口から冷気のような煙を吐き、その魔獣は手に持った銃剣から装填するような音を鳴らす。

(……詰んだ。前も後ろも逃げ場がない)

 秋名は冷や汗をかく。一方、ハリは腕を自身の身体と同程度の大きさの巨大な斧に形を変える。

「あれ、残り始末しようと思ったら増えてんじゃん。ん? テメェ俺と同じくせに脳ねぇのかよ。ダッセー」

 ハリは現れた銃剣を持つ魔獣を見て、「ギャハハ」と腹を抱える。

「秋名、俺を置いて浜音と一緒に逃げてくれ!」
「だから、俺もあんま動けないんだよ!」
「頼む、お願いだ」
「……クソ」

 秋名は浜音の腕を掴み、「浜音」と声をかける。しかし、彼女は秋名の手を振り払って顔を叩いた。

「何で簡単に逃げようとするの? 私は、私はこんな苦しそうな竜二を見殺しになんて出来ない!」
「は? だからって殴らなくても」

(俺だってお前を心配してここまで来たのに、何でだよ)

 涙を流す秋名を見て、浜音は睨みつける。

「西野のいじめを見て見ぬフリしたり、仲間が死にそうなのに簡単に見捨てようとしたり、自分のことしか頭にないの? 私は……私は見捨てるぐらいならここで死ぬ。秋名は勝手にどっか行けばいいよ!」
「は? 何だよそれ」

(クソ、自分勝手なのはわかってんだよ。でも俺は、お前が宮本のことが好きでも、それでもお前だけは死んでほしくないからこんな頑張ってんだよ! なのに、何なんだよ)

 秋名は涙を啜っていると、浜音は「危ない」と言って飛びかかる。その瞬間、彼女の腕に弾丸が掠って血が飛び散った。

「浜音、なんで俺のこと」
「え? 秋名も死んだら嫌だからに決まってるやん! ったく、こんな時に先におかしくならんでくれ!」

 そう言った後に、浜音は首を横に張った。彼女は「さっきはごめんな。言い過ぎたわ」と、秋名に笑いかける。そしてゆっくりと立ち上がり、「死なんでね」と彼女は背中を向けて呟いた。

「は? もしかして時間稼ぎに戦う気なのかよ」
「ちゃうわ。西野が前、ここの生物の服従のさせ方を教えてくれたの思い出したんや」
「えぇ!? 本当なの?」
「うん。この手の刻印をタッチすればいけるらしいねん。だから一か八かやってみるわ。秋名はその間に逃げてな」

 そう言って浜音は、銃剣を持った魔獣に対峙した。

「……俺もやる」
「えっ?」
「俺と浜音、3つ数えたら左右から狙おう。そうすればどっちを狙おうか迷うかも知れない」
「え、逃げなくていいん?」
「うん」
「……わかった。秋名、死なんでな! 数えるで!」

(考えてみれば、どの道この身体じゃ逃げたところで死ぬ。浜音、お前と宮本は本当にいい奴だ。だから……生きてくれ)

 秋名は浜音がカウントをスタートした直後、銃剣を持つ魔獣に突撃した。すぐに魔獣は銃身を彼へ向ける。

「秋名!」

 浜音が叫ぶと同時、秋名も「あ゛ぁ゛」と死を覚悟する奇声を発した。しかし彼を狙う銃は、どこからか投げられた石にぶつかって照準が外れる。彼が石の投げられた方向を向くと、宮本がいた。宮本は力が尽き、浅い呼吸でまた顔を地面に付ける。

(宮本、ありがとう!)

 秋名は顔を戻し、目の前の魔獣の顔面をタッチした。その直後、魔獣の額には刻印が表出する。

(……やった? や、やった! こいつがいれば、あの針の化け物にも……!?)

 秋名は僅かに見えた光に一瞬笑みを見せ、すぐに身体を反転させた。彼は「あいつを……」と、何かを命令しようとして言い淀む。

「はい乙〜」

 彼が振り返ると、浜音の身体は右肩から腰近くまで巨大な斧が斬り込まれていた。秋名の瞳には、目の光が失われていく浜音が映る。

「……浜音、嘘だろ?」
「死人に話しかけるとか馬鹿か? ま、いいわ。あっちのガキは死んだみたいだし、お前で最後だ」

 ハリは浜音の身体を蹴飛ばし、太ももから血を垂れ流して絶命した宮本を一瞬見る。死んだのを確認すると、血のこびりついた斧を頭上で回転させ、腕をムチのようにしならせた。風を切る音を立て、遠心力を利用して斧を放つ。斧は数メートル先にいる秋名に接近し、コンマに近い秒数で直撃に至ろうした。

「化け物、あいつを殺してくれ」

 秋名は噛んだ唇から血を一滴垂らしながら、呟くように服従した魔獣に命令した。魔獣は命令を聞くや、接近する斧をいなした。斧は地面に刃を突き刺さるや、銃剣によって腕を切断される。

「あ゛ぁ゛!!!」

 痛がるハリをよそに、秋名の魔獣は素早く懐に入って剣先を腹部に突き刺す。

__ドン!

 ハリの分厚い肉壁をぶち抜き、弾丸が背中に風穴を開けた。

「……ふざけんじゃねぇ!」

 しかし一瞬動きを止めたかに見えたハリだったが、残った腕で再び斧を形成し、振り下ろそうとした。その直後、秋名は切断されたハリの斧を拾い上げて「どけ!」と叫ぶ。魔獣は銃身を引き抜き、横にローリングした。彼は涙で視界を滲ませ、頭にあることを浮かべる。

「え、1番カッコいいやん! 真っ直ぐこう、メーン!」

 浜音の箒を振る情景を重ねながら、秋名は斧を真っ直ぐに力強く振り下ろした。ハリの頭は一気に首元まで片割れ、血を噴出させる。

「……はぁ」

 秋名も倒し終わると仰向けに地面に身体を付け、荒い呼吸のまま意識が薄れていった。

(浜音、宮本、みんな……ごめん。俺ももう限界だ)

 そう秋名は心の中で呟くと、視界が暗い霧に包まれていく。彼の身体は西野の身体を飲み込んだのと同様に、どす黒い液体によって覆い尽くされてしまう。

「ありがとう。俺を100年の呪縛から救ってくれた者よ。命の恩人、安心してくれ。君を襲う闇は、俺が抑える」

 突如、秋名の暗闇の中に光が灯る。そこには第二次世界大戦中の日本軍の軍服を着た、青年の姿があった。彼が語り終えると、秋名は重い瞼を静かに上げる。

「起きたか、転移人」

 目が覚めた秋名は、雲一つない青空を羽ばたく海鳥の群れが視界に映った。彼はすぐに、海上に浮かぶ船にいると気づく。

(俺、死んだはずじゃ)

 彼が起き上がると、鎧を着た兵士はパンと水を載せた板を近くに置いた。

「あの、助けてくれたんですか? あっ、宮本と浜音は!? あと、みんなも!」
「死んだよ。あの島で生き残ったのはお前だけだ」
「そんな……俺だけが死ななかった」
「それより、そろそろ前線基地の港に着く。あっちに着いたらゆっくり飯も食えん。今のうちに味わって食べるんだな」

 その兵士は食料を置き終わるや、忙しく動き回る他の兵士らの方へと歩いていく。

「えっ? あっ、ちょっとどこへ!」
「それと、仲間と挨拶でもしとくんだな」

(仲間? 仲間ってなんだよ。さっき俺以外みんな死んだって……!?)

「あの、魔獣部隊に入ることになった一式真奈美です。よろしくお願いします。こうなってしまった以上、何とか助け合って乗り越えて行きましょう」

 秋名の隣には長い黒髪で髪型こそ違うが、浜音と瓜二つの少女がいた。

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