作品名「魔獣戦記」の2話。サブタイトル「銃剣を持つ魔獣」

「秋名!」

 浜音が秋名を見つけると、そこには鮮血が飛び散っていた。彼は顔面を狙った鋭利な毛を、咄嗟に左手でガードしたのだ。貫かれた左手からは、ポタポタと赤い液体が滴っている。苦悶に満ちた顔をしながらも、彼はどこかへ走っていく。

「くくっ、逃がさないよ。ハリ、次は仕留めろ」

 西野が命令すると、再びハリと名付けられた生物は狙いを秋名の頭部に定めた。しかしその直後、浜音はハリの前に立ち塞がる。

「やめて西野!」

 彼女がそう諭すも、ハリは射角を固定して発射態勢に入る。

「......攻撃中止。まぁいい、浜音ちゃん、君は僕に優しくしてくれるから大目に見てあげるよ。くくっ、安心して。僕が守ってあげるから」

 そういって西野は、浜音の身体を抱きしめる。後から来た宮本は鬼気迫る顔をするも、彼女に目で何かを伝えられるとその場に立ち尽くした。

 一方、暗がりをなりふり構わず走り続けた秋名は、森の奥深くまで来ていた。彼は体力の限界が訪れ、その場に腰を下ろす。

(いてぇけど、なんか麻痺っておかしくなってやがる)

 スマホの光で左手を照らし、彼は突き刺さった毛を引き抜いた。片目を強く閉じて痛がる素振りを見せるも、上着を引きちぎって包帯代わりに出血箇所を塞いだ。

(勢いで逃げてきたけど、戻れないよな)

 秋名はスマホのバッテリー残量が10%しかないことを知ると、ため息をしてスリープさせた。しかし、耳をつんざくような鳴き声が背後で響くと瞬時に光を当てる。

「ははっマジかよ」

 彼の前には、チェーンソーのような回転するクチバシを備えた全高2メートルの大鷲がいた。その大鷲はよだれを垂らし、投げつけた木の枝を木っ端微塵にして彼へと迫る。

「止まれ! おい、止まれって!」

(クソ、なんで俺は操れないんだ!)

 秋名が後退りすると、大鷲は「ビジャー!」と奇声を発して突撃した。

__パン!

 その瞬間、乾いた銃声の音が森に響き渡る。その音は大鷲の動きを鈍らせると、立て続けに2度、3度と繰り返した。3発目を喰らうと、大鷲はバタリと仰向けに倒れ込んだ。倒れ込むと同時、秋名はモンスターの奥から狙撃した存在と顔を合わせる。

「あ、もしかして救助の人……!?」

__パン!

 そう声をかけると、秋名の頬を銃弾が掠る。「え?」と動揺する彼は、スマホの光を撃たれた方向に向けた。視界には、鋼鉄のような外骨格をした人の形をしたモンスターが。そのモンスターは黒いオーラを纏っており、小銃を再び構えた。

(こいつ人間じゃない!? ダメだ、逃げきれない)

 秋名が諦めかけると、スマホの明かりが発砲直前に消失する。その瞬間、弾丸は再び彼の頬を掠ったものの、致命傷には至らなかった。彼は暗がりの中、すぐにモンスターから離れようと動く。

__パン!

(こいつ、音を頼りに撃ってきてる!)

 秋名が動く音をするたび、銃弾が放たれる。彼は鼻と口を手で覆い、その状態で完全に静止した。暗がりの中、そのモンスターが歩く音だけがひたすらした。

(行った……のか?)

 足音が遠くに消えると、秋名はようやく手を顔から離した。安堵した彼は、モンスターの足音が消えた方向と真逆の方へと進んだ。

(なんか、さっきの奴は他のモンスターと桁違いにヤバい感じがした。もう、寝ることは諦めるか)

 彼は疲れ果て、大木の根っこに座り込んだ。周囲を警戒してじっとしていた彼は、次第に睡魔に勝てず眠りについた。

 夢の中、秋名は浜音に部活の勧誘をされた時のことが蘇っていた。オレンジ色に染まる空。教室に残って1人携帯ゲームをして遊んでいた彼は、不意に扉を開けた彼女と出会った。

「4年の浜音でーす。なぁなぁ、1人ぼっちの君、よかったら剣道部入らへん? 今なら飴ちゃんあげるよ」

 浜音は幼稚園児の落書きのような勧誘のチラシを掲げ、秋名に声をかけた。しかし、彼は横目でチラシを一瞬見た後、すぐにゲームを再開する。

「ひどっ! これが現代っ子って奴なんやな。てかさ、そのゲーム面白そうやな」

 秋名の背後に回った彼女は、携帯ゲームの画面を物珍しそうに見つめた。次第に彼女は顔をゲーム機に近づけていき、彼の顔の真横まで迫る。

「……うわぁ!?」

 ゲームを一段落させた彼は、真横に浜音がいることに気づき、思わず背中をのけぞらせた。すると彼女は「ハハッ」と驚いた秋名の反応を見て笑い、掃除用具入れから箒を取り出す。

「でもやっぱり、私は剣道の方がおもろいと思うねん」
「……ゲームより面白いの?」
「もちろんや。ほらこうやってメーン! って、叫びながら振るねん!」

 箒を振って楽し気に話す浜音の姿に、秋名は少しばかり目を釘付けにされる。彼女はひたすら面と叫び、綺麗なうち筋を見せた。

「……なんで面ばっか?」
「え、1番カッコいいやん! 真っ直ぐこう、メーン!」
「おい、うるさいぞ! お前らいつまで残ってんだ!」

 浜音が箒を振り下ろすと、入ってきた教師の頭に先端がヒットしてしまう。

「あ、ちゃうねんせんせ。これは掃除しててたまたま……」

(はははっ。浜音、流石に無理があるだろその言い訳。……浜音?)

「浜音!」

 秋名は叫ぶと同時に瞼を上げる。すると、そこには木漏れ日の差す草木がどこまでも広がっていた。

(夢か。てか、こっちはやっぱり現実かよ)

 彼は左手の痛みを耐えながら立ち上がり、周囲を見渡した。丘を発見した彼は、その方向へゆっくりと歩き始めた。途中、「グゥ」と腹が鳴るも構わず足を動かした。

(森の化け物か人間なら、まだ西野がいるところに戻る方がマシか)

 頭に浜音を思い浮かべるも、秋名はブンブンと頭を振ってかき消した。

__数分後。

 丘の麓に来た秋名は、全景を俯瞰した。彼は木々より高い場所から遠くを眺め、薄らと海岸を捉える。そこには大型の木造船が数隻停泊していた。

(救助隊!? じゃああそこまで行けば助かる?)

 彼はここに来て初めて笑みをこぼし、さらに周囲を眺めた。すると、ある場所から煙が上がっている。 

(あそこに浜音たちはいるのか? 早く知らせないと!)

 秋名は丘を駆け足で降り、煙の上がった方向に進んだ。しかし森の中は方向感覚がまるで掴めず、丸2日が経過した。彼はポケットから飴を取り出し、食べ物を欲する口に気休めのように放り込んだ。

(ダメだ。もうヘトヘトで動けない)

 彼が足を止めたその時、隣の木がミシミシと引き裂かれるような音を立てた。振り向くと、幹が裂けてその木が倒れ込んだ。

「はぁ、はぁ。運ぶぞ!」
「その声、宮本!?」

 秋名が倒れた木の近くに行くと、そこには彼同様ヘトヘトになった宮本の姿があった。彼は秋名と目を合わせるや、ハッとした顔をして物陰に隠れるよう促す。彼もまた茂みに隠れた。

「何してんだよ」
「黒鉄、無事でよかった」
「は? まぁお互い様だろ。てか、だからなんで隠れるんだよ」
「……なぁ、浜音を助けるの協力してくれないか?」
「助ける? 何かされているのか?」
「あぁ。西野が皆を奴隷のようにこき使って、無理矢理働かせられてんだ。浜音はあいつの拠点に囚われて、ずっと出てこない」
「はぁ!?」

 秋名が声を出すと、宮本は口を塞いだ。

「西野が怖くて誰も近づけないんだ。俺はなまじ強いから拠点の近くに入れてもらえない。なんとか隙を作るから、頼む!」

 宮本は真剣な面持ちで秋名を見つめた。

(宮本がこんなガチなの初めて見た。やっぱりこいつも浜音のこと好きなのか。……相思相愛ね。羨ましいことで)

 秋名が鼻で笑うと、宮本は彼の肩を揺らした。

「おい、ふざけんな!」
「ふざけてねぇよ。なんで俺が危ない橋渡ってまで、お前の好きな女を助けなきゃいけないんだよ。助けたきゃ自分でやれよ」
「やれるならとっくにしてんだよ! それに、お前も浜音がいなきゃ死んでたんだぞ!」
「なっ」

__パン!

 2人が揉めている最中、1発の銃声がこだました。

(今の銃声、もしかしてあの化け物が近くに? ヤベェ……)

「宮本、海岸に救助隊が来ている。ここの近くだったから、皆んなにそれを伝えよう!」
「もっと先に言えよそれ! 大人がいれば、西野のこと止められるかもしれない。よし、皆んなで川を下って海岸に行こう!」

(こいつ、さっきまで俺に頼ってきたくせに。まぁ、危険な役任せられなくていいからよかったけど)

 秋名は少し苛立ちながらも、宮本の後を追ってクラスメイトらがいる拠点に向かった。

「あ、宮本……それに黒鉄も。よかった、無事だったんだ」

 拠点に着くと、慌てた様子のクラスメイトらが2人を出迎えた。

「あぁ、さっき偶然会ったんだ。それより、救助隊が近くの海岸に……」
「お前ら持ち場どうした?」

 宮本がクラスメイトに説明しようとすると、どす黒いオーラを纏った西野が現れる。彼に怯えるクラスメイトの1人は、「その、さっき怖い音がして……ごめんなさい! 許してください!」としきりに頭を下げ始めた。彼女に追随し、他の人たちも口々に謝罪の言葉を発した。

「なぁ西野、もうこういうのやめようや。皆んなで仲良く……いたい」

 浜音がそう言いかけると、西野は彼女の腕を力強く掴んだ。

「まったくさ、僕の親切で浜音ちゃんだけたくさんの料理出してやってんのに、全然口付けないよね?」
「皆んな働いているのに、私だけ何もさせてくれへんからやん。そんなの、申し訳なくて食べられる訳ないやん」

 西野は彼女を突き飛ばし、冷めた目つきで見下ろした。

「あっそ、浜音ちゃんは僕の親切がわからないんだ。ったく、どいつもこいつも、俺がいなきゃとっくに死んでるくせに……ふざけんじゃねぇ!」

 西野は眼鏡を握りつぶし、怯えるクラスメイトを睨み付ける。その瞬間、ハリと名付けられた生物が黒い液体となり、彼の身体を飲み込んだ。悲鳴を上げるクラスメイトたちを前に、彼は形状を目まぐるしく変化させていく。


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