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【BL】僕らのドーナッツ方程式

詳細

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【ジャンル】BL、ラブストーリー
【比率】男2(又は男1:女1)
【上演時間】約60~70分

あらすじ

補講の常連、小鳥遊夕貴(高校3年生)は親に進路を尋ねられ「大学進学」と豪語する。
大学受験を目前に控え、そんなことを言い出す夕貴に気が気じゃない両親。
そんな両親の心配なんて露知らず、夕貴は変わらぬ日常を過ごしていた。

そんな彼の元にやってきたのは、自分よりも年下の家庭教師
天才青年・森川歩生だったーーー

果たして夕貴は大学に無事合格することができるのか?
そして歩生は夕貴を合格させることができるのか?

凹凸な2人が織りなすハートフル(?)ラブストーリー(?)

「ー美味しいドーナッツを一緒に楽しく食べた俺らなら、仲良くなれると思った。だからそれを、ドーナッツ方程式と定義する」

登場人物

小鳥遊夕貴(タカナシユウキ)
18歳、高校3年生。大学受験を控えているが学年ワースト1位で補講の常連となっている。
高校入学当時は成績トップにいたが、突如成績が下がってしまい、両親も頭を抱えるレベル。
明るく朗らかで人気者、優しい性格、容量が良い。人たらし。時々ボケ。
ドーナッツ方程式を定義した人。一応受け。
(夕貴Mはモノローグ)

森川歩生(モリカワアユム)
14歳、夕貴の家庭教師。小さい頃から頭が良く、飛び級で海外の大学に進学し、13歳で卒業。「自分にできることが勉強以外にあるのではないか」と思い、大学院には行かずに帰国。
自分の親と夕貴の親が知り合いだったため、夕貴の家庭教師を務めることになる。
真面目で短気、主にツッコミ担当、苦労人、(色々)拗らせている。一応攻め。女性が演じても良い。
(歩生Mはモノローグ)

本編


夕貴M:コンビニの肉まんが美味しいと感じる季節になった頃、両親から「進路はどうするのか」問われたとき、俺はこう答えた。

夕貴「とりあえず、大学は行きたいかなぁ」

夕貴M:模範解答。
そう、俺はこの問いに対して当たり障りのない回答をしたはずだった。
しかしその回答を聞いた両親は、頭を抱えて沈黙を召還した。
父さんと母さんは俺がなんて答えると思ったんだろうか。

夕貴M:次の日。
カフェオレを飲みながら休日を満喫していると、家にチャイムの音が響く。
それは予期せぬ訪れを告げるものだと、その時は知りもしなかった。

夕貴「はーい」

夕貴M:扉を開けると、目の前には見覚えのない男の子が立っていた。

夕貴「あー・・・あの、どちら様でしょうか?」
歩生「こちらは、小鳥遊(たかなし)様のご自宅でお間違いないでしょうか?」
夕貴「え、あ・・・はい、そうですけど・・・」
歩生「突然お邪魔して申し訳ございません。僕は森川歩生と申します。今日から小鳥遊夕貴さんの家庭教師として、お世話になります」
夕貴「・・・・・・は?」


※タイトルコールを読む・読まないの判断は演者様にお任せいたします。※
歩生M:『僕らのドーナッツ方程式』

夕貴の家。リビングで向かい合って話をしている。


歩生「ーーというわけで一通り説明はさせていただきましたが、何か不明点はございましたでしょうか?」
夕貴「・・・」
歩生「・・・あの」
夕貴「あぁ、ごめん。うん、えーっと・・・。君は俺の両親に頼まれて、家庭教師にやってきた、ってことかな?」
歩生「簡単に言えば、そうです」
夕貴「・・・。」

夕貴M:客人を家に通さないわけにもいかず招き入れたが、それからこの子は俺の両親から家庭教師を頼まれたこと、これから毎日勉強を教えに来ることを順序だてて丁寧に話してくれた。
何でも、彼の母親と俺の母さんは古くからの友人でその伝手(つて)で紹介を受けたらしい。

夕貴「あのさ」
歩生「何でしょう?」
夕貴「さっきも聞いたんだけど、君今いくつ?」
歩生「14です」
夕貴「中学生・・・」
歩生「年齢で言えばそうですが、僕はもう大学を卒業しています」
夕貴「え、何それここ時空歪んでんの?怖い」
歩生「事実です。疑うようでしたら証拠をお見せします」
夕貴「いや、大丈夫・・・さっきも見せてもらったし」
歩生「・・・このやり取り、もう3回目ですよ」
夕貴「すんません・・・」

夕貴M:彼、森川歩生は3年前、アメリカにある超一流大学を受験し、飛び級で入学した齢11歳の天才少年として当時テレビニュースで取り上げられていた。
その後は特に話題になっていなかったが、13歳で大学を卒業し、帰国していたのだという。

夕貴「・・・情報過多!」
歩生「!?なんですか急に!」
夕貴「ごめん、なんでもない・・・。いや、でも俺家庭教師は別に・・・必要ないっていうか」
歩生「(被せ気味に)大学」
夕貴「え?」
歩生「高校卒業後は大学に行きたいって、仰ったんですよね?」
夕貴「まぁ、一応」
歩生「先日の中間テストの結果を拝見しましたが、奇跡でも起きない限り合格は難しいかと」
夕貴「結構はっきり言うなぁ」
歩生「・・・はぁ・・・。こんなに赤点があって、補講を受けてギリギリな人が、大学に受かると本当に思ってるんですか?」
夕貴「うん」
歩生「・・・その自信は一体どこからくるんですか」
夕貴「俺は俺のこと、やればできると信じてるからな!」
歩生「・・・呆れました。ですがそれならそれで、教育のし甲斐があります」
夕貴「ん?待って?俺家庭教師は」
歩生「(被せて)申し訳ございませんが、僕は貴方のご両親から既に家庭教師としての仕事を受けて、料金をいただいてしまいました。料金をいただいた以上、僕は僕の仕事をするだけです。貴方が何を言おうが、知ったことではない」

夕貴M:そう言った彼の口元は笑っていたが、目には感情がない。
蛇に睨まれた蛙って、こんな感じなんだろうか。

歩生「絶対に合格させてやりますから、覚悟してくださいね?」
夕貴「っ・・・・・・!」

夕貴M:ーーその日から、俺へのスパルタ教育が始まったのである。


間。
1週間後、夕貴の部屋。向かい合って勉強に励む夕貴と歩生。


歩生「ーそこまで。答案用紙、回収します」
夕貴「ひぃ~疲れたぁ」
歩生「お疲れ様です。採点している間、休憩してください」
夕貴「歩生先生も少し休憩しようぜ、いつも採点中俺だけ休憩してるの、罪悪感」
歩生「お気になさらず。長時間の作業には慣れていますので」
夕貴「つれないなぁ」
歩生「・・・。」

歩生M:彼の家庭教師になって1週間。
正直な話、第一印象は良くなかった。
大学への進学を決めていながら、成績は学年でワーストに近く、テストを受ければほとんどの科目が赤点、補講で何とか首を繋いでいる状態なのに、当事者である彼は焦りもせず、不安も感じていない。
受験はもう目の前まで迫っているというのに。

夕貴「じゃあ、お言葉に甘えて・・・。飲み物取ってくる」
歩生「分かりました」

歩生M:彼の両親曰く「入学して最初は学年トップの成績だった」そうで、特に学力面は心配していなかったと言った。
しかし高校1年最後の期末テストで、彼は初めて赤点を取り、そこから補講の常連になったそうだ。
その話を聞いたとき、勉強が難しくなってついていけなくなったのかとありきたりなことを考えたりしたのだが、そうでないように思う。
そんなものは愚考だ。

歩生「・・・はぁ」

歩生M:溜息は静けさに呑まれる。
僕は大学受験に受かるよう彼の勉強を見るのが仕事であって、過去の云々(うんぬん)を詮索するのは仕事ではない。
この後は小テストで間違っていた問題の復習をして、課題を出して終わり・・・それでいい。

夕貴「ただいま~」
歩生「おかえりなさ・・・何ですか、それ」
夕貴「何って・・・ドーナッツ?」
歩生「いやそれは見れば分かりますけど、なんでドーナッツ持ってきたんですか!?」
夕貴「母さんが、2人でどうぞ~って言うから、どうも~って言って貰ってきた」
歩生「あの、悠長(ゆうちょう)におやつを食べている時間は」
夕貴「まぁまぁ、いいじゃん。勉強すると頭使うし、糖分補給ってことで」
歩生「いや、」
夕貴「歩生君も疲れたでしょ、顔から凄い疲労感~」

歩生M:誰のせいだと思ってるんだ・・・。

夕貴「さ、好きなの選んでいいよ~」

歩生M:僕はこの人のこういうところが苦手だ。
自分のペースで生きていて、人のペースを崩す人。
根拠のない自信があって、常に堂々としているところ。
その穏やかな声に、何もかも許してしまいそうな優しい笑み。
底が知れない、見透かされているような気がする。
だから・・・苦手だ。


マグカップにコーヒーを注ぐ音。

夕貴「ブラックで良かった?」
歩生「・・・えぇ」
夕貴「ドーナッツは、どうする?」
歩生「じゃあ、こちらを」

歩生M:砂糖がかかった、オーソドックスなドーナッツを手に取る。
目の前にはチョコレートがかかったもの、期間限定のものもあったがそこに対する拘り(こだわり)はなかった。
僕がドーナッツを取ったことを確認して、彼が自分の食べるドーナッツを確保する。
彼はカスタードと生クリームが入ったものを手に取った。

夕貴「歩生君って、意外とシンプルなものが好きなんだな」
歩生「意外ですか」
夕貴「うん、寧ろ食べないって言うかと思った」
歩生「ご厚意を無碍(むげ)にはできませんから」
夕貴「・・・ふぅーん」
歩生「・・・何ニヤニヤしているんですか」
夕貴「べっつにぃ~?」
歩生「・・・いただきます」

歩生M:相手をするだけ疲れるのが分かっていたので、無視してドーナッツを食べることにした。
・・・甘い。
砂糖と生地の甘さを、コーヒーで中和する。

夕貴「(ドーナッツ食べながら)・・・やっぱ久しぶりに食べると美味いな」
歩生「そう、ですね・・・」
夕貴「こういうのって、海外の方が甘いイメージなんだけど・・・実際はどうなの?」
歩生「甘いものはあまり食べないので詳しくは分かりませんが、見た目で何となく想像つきません?」
夕貴「あはは、確かにな」

歩生M:こんなくだらない話をしている余裕などないのに、彼が楽しそうにしているのを見ているこの時間は嫌いではなかった。
そんなことを思えるくらい、自分が彼に毒されているのを感じる。
それが嫌で仕方ない。

夕貴「なんかいいな」
歩生「何がですか?」
夕貴「友達とおやつ食べながら、くだらない話したり、勉強したりすんの。懐かしい感じする」
歩生「懐かしいって・・・そんなことないでしょう。貴方ならご友人くらい、いくらでもいるでしょうに」
夕貴「いやいや、俺これでも結構陰キャなのよ?」
歩生「ご冗談を。クラスのムードメーカーで人気者で女子生徒からの評判もいいと聞いていますよ」
夕貴「え、俺そんなこと言った?」
歩生「貴方の家庭教師になったときにご両親から」
夕貴「やだぁ!恥ずかしい」
歩生「くねくねしないでください、気持ち悪い」
夕貴「酷い!」
歩生「これで成績が良ければもっと良かったのにと」
夕貴「それとこれとは話が別だ」
歩生「・・・」
夕貴「それにさ、クラスのムードメーカーって皆のイメージだよ。俺はそう演じているだけ」
歩生「イメージに合わせているだけってことですか」
夕貴「そう。だから今、歩生君の前にいる俺が素に近いのかも」

歩生M:こういうところも苦手だ。
時折見せるこの真剣な表情は心臓に悪い。

歩生「素の貴方なら、勉強ができると?」
夕貴「ふ、どうだろうな」

歩生M:また、そうやってはぐらかす。
はぐらかす時くらい、僕への目線を外してくれたらいいのに。
それなのに貴方は、目を逸らさない。
だから余計に・・・ーーーー

歩生「・・・貴方のそういうところ、本当に苦手だなと思います」
夕貴「えぇ~。俺ら仲良くなれると思うんだけどなぁ」
歩生「その根拠はどこから来るんですか」
夕貴「うーん・・・ドーナッツ方程式」
歩生「・・・・・・・・・は?」
夕貴「同じ釜の飯を食う・・・みたいな感じでさ、美味しいドーナッツを一緒に楽しく食べた俺らなら、仲良くなれると思った。だからそれを、ドーナッツ方程式と定義する」
歩生「(少し呆けた間)・・・ぷ、はは、あはは・・・!」
夕貴「そんなに面白かったか?」
歩生「ふふ・・・!そんな滅茶苦茶な方程式・・・初めて聞きましたよ・・・!」
夕貴「・・・」
歩生「お腹、苦しいっ・・・あはは・・・っ・・・!」
夕貴「そんな風に笑うんだな」
歩生「え」
夕貴「いつもムス~っとしてるところしか見てなかったからさ。うん、その方がいいよ。可愛い」
歩生「かっ・・・!?」
夕貴「うん、可愛い」
歩生「ちょ、頭撫でないでください!」
夕貴「なに、照れてる?」
歩生「~っ!もう!休憩終わり!」
夕貴「えぇ~まだいいじゃん、もう少し休憩しようよ~」
歩生「駄目です!ほら、さっさとドーナッツ片付けてください!」
夕貴「はーい。歩生君は厳しいなぁ」
歩生「あ・・・呼び捨てでいいです」
夕貴「え?」
歩生「名前、呼び捨てでいいです。君付けで呼ばれるの、慣れていなくて」
夕貴「じゃあ、そうさせてもらうよ。歩生」

歩生M:呼び捨てにする彼の声が何故か嬉しそうで、優しくて、心臓が跳ねる。
君付けで呼ばれることに、慣れていないなんて嘘だ。
呼び捨てにしてもらうことに意味なんて無い。
・・・・・・無い、はずなんだ。

間。
2週間後。夕貴の部屋。向かい合って勉強をしている。 

歩生「・・・お疲れ様でした、小テストの対策は大丈夫そうですね」
夕貴「あぁ、歩生のおかげだな。ありがとう」
歩生「い、いえ・・・それが僕の仕事ですので」
夕貴「素直じゃないなぁ」
歩生「ほっといてください。一言余計なんですよ、貴方は」
夕貴「あはは、ごめん。・・・っと、もうこんな時間か」
歩生「え、あぁ本当だ。遅くなってしまいましたね」

夕貴M:ふと携帯画面の時刻表示を見ると、22時になったところだった。
いつもは1時間くらい前に終わっているのだが、小テストの前ということもあってか遅くなってしまった。

歩生「すみません、片付けてすぐに帰りますので」
夕貴「いや、ここから駅まで結構距離あるし、この時間に1人で出歩くの危ないぞ」
歩生「大丈夫ですよ」
夕貴「せめて親に迎えに来てもらうとか」
歩生「今日は出払っていていないので・・・そんなに心配しなくても」
夕貴「何かあってからじゃ洒落になんねぇって・・・とはいえ、うちも今日親いないしな・・・」

夕貴M:一瞬俺が送っていくことも考えたが、そうすると帰りの電車があるかどうかが怪しい。
もしそうなったら歩生が気を遣うだろう・・・。

夕貴「今日はもう、うちに泊まって」

夕貴M:考えた末、それしか得策が思い浮かばなかった。

歩生「え?」
夕貴「時間も時間だし、その方が俺もお互いの両親も安心だろ?」
歩生「それはそうですけど・・・ご迷惑では」
夕貴「気にするな、今日は俺しかいないし。まぁ、大したもてなしはできないけど」
歩生「そう、ですか・・・。では、お言葉に甘えます」
夕貴「了解、じゃあ俺から歩生の両親に連絡とるわ。番号教えてくれ」
歩生「いえ、連絡くらい自分で」
夕貴「今日のことはこっちに責任があるし、俺から連絡させてくれ」
歩生「・・・分かりました」

夕貴M:歩生から母親の連絡先を聞き、電話で事情を説明した。
怒られることを覚悟していたが特に怒られることはなく「寧ろ家に1人にする方が心配だったので助かる」と、感謝された。
電話の後、簡単に飯を作って一緒に食べ、風呂に入れ、俺は自分の部屋に布団を敷いた。
こうやって友達を部屋に泊めるなんて、何年振りだろうか。

部屋のドアが開く音。夕貴の部屋に歩生が入ってくる。

歩生「お風呂、ありがとうございます」
夕貴「おう、じゃあ俺も入ってくるわ・・・」
歩生「?どうかしました?」
夕貴「歩生、髪ちゃんと拭けてないぞ」

夕貴M:肩にかけてあったタオルを手に取り、歩生の頭に被せる。
両手で頭を優しく包み、濡れた髪を拭く。
歩生の体が一瞬、強張ったように見えた。

歩生「わ、ちょっ・・・!」
夕貴「風邪引くから気をつけろよ」
歩生「~っ!頭くらい自分で拭けますから、早くお風呂行ってきてください」
夕貴「そうか?じゃあ行ってくる」


間。
ドアが開く音。夕貴が部屋に戻ってくる。


夕貴「あれ、まだ起きてたのか」
歩生「すみません、眠れなくて」
夕貴「枕が変わると眠れないタイプか~俺と一緒~」
歩生「貴方よりは僕の方が繊細なので、一緒にしないでください」
夕貴「え~?ひど~い!」
歩生「・・・明日は小テストがあるんですから僕のことは気にせず」
夕貴「(被せ気味で)じゃあ、眠くなるまで語り合おうぜ」
歩生「話聞いてました?」
夕貴「明日小テストだから早く寝ろって話だろ?聞いてたよ」
歩生「だったら」
夕貴「いいじゃん~滅多に友達が泊まることなんてないからさ~テンション上がって俺も眠くないのよ~」
歩生「・・・はぁ、分かりました。僕は眠くなったら勝手に寝ますからね」
夕貴「はは、いいよ。じゃあ、何話そうかな~?
あ、そういえば前々から気になってたんだけど」
歩生「何ですか?」
夕貴「歩生が通ってた大学って確か、大学院があるんだろう?大学院に行って研究をしようとかは思わなかったのか?」
歩生「研究をしたい題材がなかったんです。あの頃はただ勉強できるのが楽しかっただけで、特定のものを突き詰めていきたいという気持ちはなかったので」
夕貴「へぇ」
歩生「周りの方からは、大学院に行って研究することを勧められましたけどね」
夕貴「今は、研究したい題材とかあったりすんの?」
歩生「いいえ、特には。何か1つにこだわるよりも、広い視野を持っていたかったので」
夕貴「そっか、歩生は真面目だなぁ」
歩生「そんなことはありませんよ、周りの思い通りになりたくなかっただけです」
夕貴「・・・」
歩生「小さい頃から『天才』だとか言われていましたけど、勉強ができることは僕にとっては普通のことで、日常なんです」
夕貴「どういうこと?」
歩生「・・・難しい問題を小さい子供が解いただけで、周りの大人たちは『凄い』って持ち上げてくれますし、最初はそれが嬉しく思う時もありました。
けれどそれは僕にとって『普通』のことで『特別』ではないんです」

夕貴M:勉強できることが歩生にとって『普通』であり『特別』ではないと言い切るその言葉に謙遜も遠慮もない。
それが事実であることを、歩生の目が物語っている。

歩生「確かに勉強ができない人や人並程度にできる位の人からしてみれば、僕は『特別』に見えたんだと思います。大人は凄いと持て囃(はや)しましたけど、同級生からは疎まれる(うとまれる)だけで友達なんてできませんでしたし」
夕貴「・・・。」
歩生「自分が当たり前だと思っていたことが『特別』だなんて言われても、それを理由に同級生に疎まれても、幼い頃の僕にはどうしてそうなってしまうのか理解できなかった」
夕貴「・・・いっそ勉強を辞めようとは、思わなかったの?」
歩生「勉強は僕にとって日常であり『救い』です。勉強をしている時だけは、周りの大人が抱く勝手な期待も、同級生と馴染めない疎外感も無い。何より悩む必要のないことに時間を消費しなくなる、とても効率的でしょう?
それに勉強を続ければ成果は目に見えますし、誰も文句は言わない」
夕貴「そうやって、うまく生きてきたのか」
歩生「その方が楽だったんです。親や大人の言うことに逆らわなければ、好きな勉強を邪魔されることもない、同級生が僕を避けるのは仕方ないって。
でも大学を卒業する頃になって、初めて反抗心?のようなものが芽生えたんです。
大学院に行くのは簡単だけど、本当にそれでいいのかって」
夕貴「それで、大学院には行かずに日本に戻ってきたと?」
歩生「はい。人の言いなりになって大学院に行く、安定した道ではありましたが『つまらない』と思ったので、反対を押し切って帰国したんです。
結局、帰国したところで生き辛さのようなものは変わりませんでしたけど」
夕貴「・・・。」
歩生「僕が勉強できることを『特別』にしないでほしかった。普通に接してほしいと思っていたんです。そんなこと、叶わないだろうなと諦めていたとき、貴方の家庭教師になった」
夕貴「え?」
歩生「貴方は僕が飛び級で大学を卒業したと知っても疎まなかったし、普通にしてくれた。それがとても嬉しかった・・・あと」
夕貴「あと?」
歩生「・・・友達って、言ってもらえたことが1番嬉しい」
夕貴「・・・そっか」
歩生「だからその・・・ありがとうございます」
夕貴「うへへ~」
歩生「・・・ニヤニヤしないでください、気持ち悪い」
夕貴「え、急にツン?ツンなの?」
歩生「煩いなぁ、もう・・・!僕はもう寝ます!」
夕貴「えぇ~」
歩生「おやすみなさい!貴方も明日テストなんだから、早く寝てください」

夕貴M:耳まで赤くした歩生はそれを隠すように布団の中に潜ってしまう。
素直じゃない、そう言ったら怒るだろうか。
もっと甘えればいいのになんて言葉は、尚更届かない気がする。

歩生:「・・・・・・?」
夕貴:「よっこいしょ」 

夕貴、歩生と同じ布団の中に入り込む。

歩生「!?ちょっと、何で同じ布団に・・・!」
夕貴「歩生~寒い~温めて~」
歩生「何言って・・・!」

夕貴、歩生を後ろから抱きしめる。

歩生「!」
夕貴「はぁ~あったけ~!俺寒いと眠れないんだよね~」
歩生「し、知りませんよそんなこと!」
夕貴「だって初めて言ったし」
歩生「いや、ほんとに・・・!離れてください・・・!」
夕貴「(歩生の耳元で囁く感じに)こら、暴れんな」
歩生「っ・・・!」
夕貴「たまにはいいじゃん?俺ら友達だろ?」
歩生「・・・男同士でこんな寝方をする友人関係があるんですか?」
夕貴「あるんじゃない?知らんけど」
歩生「適当なことばっかり言いますね」
夕貴「細かいことはいいじゃん、気にせんでも。
ふわぁ・・・やっぱりあったかいとすぐ眠くなるな・・・」
歩生「・・・抱きついたまま、寝ないでもらえます?」
夕貴「・・・・・・・・・・・・・・。」
歩生「・・・・・・?夕貴、さん?」
夕貴「(寝息)」
歩生「え、嘘・・・寝たんですか・・・?」
夕貴「(寝息)」
歩生「寝るの早過ぎません?
・・・人の気も知らないで、何なんですか・・・全く・・・」


間。 
小テストから1週間後。夕貴の部屋。夕貴の帰りを待つ歩生。


歩生M:小テストの結果は散々だった、と彼からメッセージが届いた。
メッセージ最後の一文「ごめん」が酷く重くて、抱えきれない重さは溜息で吐き出す。
テストの範囲は絞り込んでいたはずだったのに、予想が外れたのか、テスト前に対策としていろいろ詰め込みすぎてしまったのか。
終わってしまったことを悔いていても仕方ないので、次の期末テストに向けて対策を始めつつ、今回のテストで解けなかった箇所を復習していくしかない。

歩生「この問題集ではなく、こっちの過去問に変えてみるか。いや、でもな・・・?」

歩生M:問題集から目を離した先に、彼がいつも使っている机が目に入った。
整頓された机の上に、何故かノートが1冊だけ置かれている。
本人がいないところで勝手に見るなんて・・・。
そんな罪悪感よりも、好奇心が勝ってしまう。
机の上にあるノートを手に取り、パラパラと捲る。

歩生「・・・!これ・・・」


ドアが開く音。夕貴入室。


夕貴「ただいま~歩生ごめん、待ったか?」
歩生「っ・・・!」
夕貴「!それ・・・」
歩生「・・・。」
夕貴「・・・もう~やだぁ~!人の物を勝手に見るなんてぇ!恥ずかしいじゃない!」
歩生「・・・・・・。」
夕貴「そんなことしちゃ駄目よぉ?まったくぅ・・・」
歩生「(被せる)ふざけないでください!」
夕貴「!」
歩生「どういうことですか・・・このノート・・・小テストの対策問題、ちゃんと解けてる・・・!それどころか、対策しなかったところまで・・・!」

歩生M:ノートの中身は、これまで一緒に勉強してきた内容の復習をしたものだった。
自主勉強用のものだろう、ああ見えて僕のいないところでも勉強してくれていた。
その事実が嬉しいのに、喜べない。

歩生「・・・まだ僕が教えていない問題も、解いているじゃないですか・・・!」
夕貴「・・・歩生、」
歩生「僕が教える必要なんて本当はなかったってことですよね!初めて会ったとき家庭教師が必要ないって言ったのも、根拠なく大学に入学できると言い切った自信も!・・・全部、分かってて・・・」

歩生M:それ以上、言葉を紡ぎたくなくて唇を嚙み締めた。
悔しいのか、腹立たしいのか、悲しいのか
頭では処理の追いつかない感情の情報量に、埋もれてしまいそう。

夕貴「歩生、ごめん・・・俺」
歩生「すみません、今日は失礼します」
夕貴「え?」
歩生「今日はもう、貴方と一緒にいられないから」
夕貴「・・・・・・。」
歩生「・・・失礼します」

歩生M:素早く荷物をまとめ、部屋を後にする。
彼は何も言わなかったし、追いかけても来なかった。
何かを言いかけていたとは思う、けれど今の僕にその話を聞ける余裕なんてなくて。
駅への道を歩きながら胸のあたりを掴む。

歩生「くそっ・・・!なんで・・・こんなに・・・!」

歩生M:胸が、苦しいんだ。
こんな思いをするなら、あのノートを見なければよかったのだと思う。
きっと何も知らなければ幸せで、あの人と一緒にいるのが嬉しいという気持ちだけを持っていられたはずなのに。
それなのに、僕はーーーー

歩生:「僕は、馬鹿だ・・・!」

歩生M:怒りや悲しみ、そんな分かりやすい感情ならどれだけ良かっただろう。
胸が苦しい、だけどぽっかりと穴が空いてしまったような虚無感
おかしいな、穴が空いたなら空気の通りは良くなるはずなのに
胸の苦しさが消えない。


間。
次の日、夕貴の自宅前でインターホンを押せずにいる歩生。


歩生「・・・。」

歩生M:インターホンを押そうとする手が止まる。
昨日の今日で彼にどう接するべきか分からなくて、答えはまだ出ない。
家に上がったところでどうすればいいのか。
今まで通り、勉強を教えるだけでいいと思い込もうとした。
けれど、それが彼にとっても僕にとっても解決にならないのなら、勉強だけしても意味がない。
答えが出ないまま、インターホンの前で止めた手を下ろそうとしたとき、玄関の戸が開いた。

夕貴「・・・!?」
歩生「あ・・・」
夕貴「来てたのか」
歩生「え、えぇ・・・」
夕貴「・・・もう、来ないかと思った」
歩生「・・・。」 
夕貴「・・・中入れよ、ここじゃ寒い」
歩生「はい・・・」


間。
夕貴の部屋、向かい合って座る夕貴と歩生。


夕貴「昨日はごめん」
歩生「いえ、事の発端は僕が貴方のノートを勝手に見たことですから。貴方が謝ることは何も」
夕貴「あぁ、いや!そうじゃなくてさ・・・勉強、できてるのにできないフリなんかして、ごめん。
歩生は、俺に向き合ってくれてたのに裏切るようなことして」
歩生「・・・」
夕貴「家庭教師、無理に続ける必要ないぞ。こんな奴に歩生の時間割かなくていいからな」
歩生「それは僕が決めることですから」
夕貴「・・・そっか」


沈黙。


歩生「どうして、あんなことを?」
夕貴「あんなことって、テストのこと?」
歩生「はい、僕が教えなくても貴方はちゃんと勉強ができている。それなら赤点なんて取らないのに、どうしてわざとそんなことを?」
夕貴「・・・俺のこと、見てほしかったから、かな」

歩生M:消えてしまいそうな声に顔を上げる。
その時彼が見据えていたのは、この場にいない『誰か』だった。

夕貴「中学の頃、図書室で勉強してた俺に声を掛けてきた先輩がいたんだ。その人は図書委員で、いつも図書室で勉強してる俺を気にして声を掛けてくれた。
そこから少しずつ仲良くなったんだけど、先輩は・・・人を褒めるのが上手な人でさ」
歩生「・・・。」
夕貴「俺がテストで100点取ったときとか、成績が学年10位以内に入ったときに褒めてくれてさ。
そんなに凄いことじゃないのに、褒めて認めてもらえたことが単純に嬉しかったから勉強が楽しいって、思えるようになった。
そこから成績上がって、先輩の背中を追っかけて、先輩が行くって言ってた高校にも合格した。だからまた褒めてほしくて、入学早々先輩に会いに行った」
歩生「それで、先輩は何と?」
夕貴「褒めてくれたよ。『偏差値高いし、テストの問題だって鬼レベルなのによく頑張ったね』って。
・・・俺はその言葉が自分だけに向けられたものだって、浮かれてた」
歩生「え?」
夕貴「自分が先輩にとって、特別な存在になれているんだと思ってた。俺を見る先輩の目はいつだって優しかったから」
歩生「・・・。」
夕貴「1年の秋頃だったかな?結構いい成績取ったから先輩に報告に行ったんだ。
そしたらさ、先輩の隣に知らない人がいて」
歩生「知らない人?」
夕貴「多分・・・恋人だったと思う。
・・・先輩は、隣にいたその人をとても愛おしそうに見てたから」
歩生「そう、ですか」
夕貴「でも先輩の恋人って、あんまり勉強できるタイプじゃないって聞いたから・・・もしかしたら、そういう人が放っておけないタイプなのかなぁと思ってさ。
だから手ぇ抜いて、わざと成績落とした。そうすれば、あの人が気にかけてくれると思ったから・・・馬鹿な話だろ」

歩生M:自嘲気味に話す彼の表情は、今までに見たことのないもので
胸が苦しいから目を離したいと思うのに、それすら出来ないほど焦がされる。
彼にそんな顔をさせてしまう【先輩】という存在に、悔しいと、思ってしまうのは
自分の年齢による心の余裕の無さからか、はたまた別の原因か

夕貴:「でも結局、俺の成績が落ちたことが校内で話題になっても先輩は別に何も言いに来なかった。たまたま側を通りかかったときにさ、『成績落ちたのなんか一瞬だから頑張れ』しか言われなかった。
その時に気付いたんだ、先輩が俺を褒めてくれていたのはただのお世辞で、別に俺のことなんて、何とも思ってなかったんだ~って。
そう思ったら勉強とか、テストでいい点取るとか、成績上位になるのとかどうでも良くなって。
俺にとって勉強は先輩に褒められるためのツールでしかなかった、自分のためじゃなく、先輩のためにっていう気持ちが凄い原動力になってたんだってことにも気付いて。
だからテストになると『何のためにやってるんだっけ?』っていう気持ちが勝って手が止まるようになった」
歩生「・・・その人のこと、好きだったんですか?」

歩生M:彼は少し驚いた様子でしばしの静寂の後、口を開いた。

夕貴「そっか、俺・・・先輩のこと好きだったのか・・・。
・・・確かにそうかも、わざわざ先輩と同じ高校受験したり、入学早々すぐ会いにいったり。
・・・好きじゃなかったらしないか、普通」

歩生M:そう呟いた彼の目から、一筋の雫が流れた。

夕貴「あー・・・ははは、ごめん。駄目だな、俺」
歩生「夕貴さん・・・」
夕貴「好きな人に振り向いてもらえないのって、結構辛いんだな」

歩生M:何て言葉をかけるべきか分からなかった。
見たことのない彼の弱々しい姿に、何かしてあげられることはないか
抱えているものを持つことはできないか、頭では考えるけれど
適切な答えは思い浮かばなかった。
どうしようもなくなって、結局体が動いてしまう。


歩生、夕貴を抱きしめる。


夕貴「!」

歩生M:抱きしめた彼の体が少し震えた。
今は彼の涙を自分の体で受け止めることしか、できそうにないと思ったから。

夕貴「・・・歩生・・・?」
歩生「・・・。」

歩生M:抱きしめる腕に少し、力を入れる。
心臓が煩い、きっと彼にも伝わってしまう。
それでも今は、離したくない。

夕貴「どう、したんだよ・・・?」
歩生「・・・すみません、なんて言葉をかけていいのか分からなくて・・・つい」
夕貴「・・・。」
歩生「辛いなら泣いていいです、泣いてください。
それで貴方が少しでも楽になれるのなら、それでいいです」
夕貴「!」
歩生「どれだけ願っても、想っても、叶わないと頭では分かっていても、感情の整理はつかないものです。
忘れられないならいっそ、たくさん泣いて吐き出してください。それで少し、感情の整理ができると思いますから」
夕貴「っ・・・!」

歩生M:彼が僕の背中に腕を回して、静かに泣き始めた。
本当はそんなことしたくなかったんだろうと思う。
けれど僕は、貴方の涙を受け止めることができて良かったと思ってる。


間。


歩生「・・・落ち着きました?」
夕貴「少し・・・ありがとな」
歩生「いえ」
夕貴「でもまだ、少し・・・涙腺緩い」
歩生「・・・あの」
夕貴「ん?」
歩生「勉強、夕貴さんのためにもう1度頑張ってみませんか」
夕貴「俺のため?」
歩生「先程は先輩のためにという気持ちが大きな原動力になっていたという話でしたが、今はもうそうじゃない。なら今度は方向転換して、自分のためにやってみるのもいいかと思いまして」
夕貴「・・・。」
歩生「すぐに切り替えるのは難しいと思います。でも今度は僕も一緒ですから、1人でやるよりはマシかなと」
夕貴「・・・何か、凄い滅茶苦茶な理論な気がするけど」
歩生「多分、貴方のがうつりました」
夕貴「うつして悪かったな」
歩生「ふふ、冗談です。
でも、勉強を自分のためにやっていくという点で、僕は協力を惜しみません」
夕貴「それって」
歩生「受験が終わるまで、貴方の家庭教師続けます。
だから今度は僕と一緒に、頑張ってみませんか・・・?」
夕貴「・・・自分のため、か。そんなこと考えてもみなかったけど、それもいいのかな」

歩生M:抱きしめていた腕の力を緩め、彼の表情を見る。
まだ少し涙目の彼が、先程よりも穏やかな顔になっていた。

夕貴「俺、今度は自分のために頑張ってみる。だから支えてくれ」
歩生「・・・はい、勿論です」
夕貴「・・・あーごめん、また泣きそう」
歩生「いやもう泣いてますって」
夕貴「だって俺もう歳だからさ~涙腺壊れると元に戻すの時間かかんのよ」
歩生「・・・。」

歩生M:自覚したくなかった。
貴方のペースに呑まれてしまっている自分がいることも
一緒にいる時間がとても楽しくて、愛おしいものになっていることも
涙を止めたいと願うことも、すべては
ーーーー貴方のことが、好きだという証明なんだと
だってそれを自覚してしまえばーーーー

夕貴「・・・?歩生?」

歩生M:歯止めが効かなくなりそうで、怖い。

夕貴:「どうし・・・っ!?」


歩生、夕貴にキスをする。


夕貴「・・・。」
歩生「・・・。」
夕貴「・・・あ、歩生、何で」
歩生「(被せ気味で)涙、止まりました?」
夕貴「え?・・・あ、うん・・・止まった・・・」
歩生「良かった。
では、明日からまたよろしくお願いします」
夕貴「え、もう、帰るのか・・・?」
歩生「はい、今日はお互いゆっくり休んでも大丈夫でしょう。切り替えて明日からまた頑張りましょうね」
夕貴「あ、あぁ・・・」
歩生「では、また明日」


歩生、退室。少しの間。


夕貴「・・・どう、なってんの・・・?」

夕貴M:涙腺が緩くてなかなか泣き止まない俺に、歩生はキスをした。
あまりにも突然で涙はすぐに引っ込んだが
どうして歩生は俺に・・・?

夕貴「最近の若い子怖いわ・・・」

夕貴M:言い訳を1つ溢して(こぼして)、心臓の煩さに耳を塞ぐ。
もしかしたら、なんてことを思ってしまったから。
そんな自分があまりにも浅はかで恥ずかしくて、ベッドに顔を埋めた。

夕貴「くっそ~・・・明日からどんな顔して会えばいいんだよ」


間。
夕貴、モノローグから。


夕貴M:あの日から歩生は変わらず俺の家に通い、家庭教師としてサポートをしてくれている。
いつも通り、変わらず。
そのお陰か、俺の手を抜く癖も出なくなり、受験前のテストで赤点を取ることもなく、無事大学受験まで漕ぎつけることができた。
でも結局、あの日のことは聞けないままでいる。


受験前日。夕貴の部屋。向かい合って話をしている。


歩生「これで対策は問題ないですね、あとは寝る前に少し復習して遅くならないうちに寝てください」
夕貴「うん、分かった。ありがとな」
歩生「その言葉は大学に合格してから受け取りましょう」
夕貴「うっわぁ~プレッシャー!」
歩生「もう大丈夫ですよ、貴方なら。絶対合格できます」
夕貴「・・・そうだな」
歩生「勉強を教えに来るのは今日が最後ですが、貴方の合格発表日が契約満了日になります。
結果が分かり次第、僕の携帯に連絡して下さい」
夕貴「分かった。色々迷惑かけたりしたけど、本当にありがとう」
歩生「こちらこそ、ありがとうございました。それでは、これで」
夕貴「(被せる)あ、ちょっと待った!」
歩生「え、何ですか?」
夕貴「あ、えーっと・・・。結果発表、楽しみにしててくれ」
歩生「・・・はい、勿論です。いい報告を期待しています」

夕貴M:そう言いながら歩生は右手を差し出した。
俺はその手を強く握り返し笑って見せると、歩生も優しく笑い返してくれた。


夕貴M:歩生が帰ってから、俺は結局また「あの日」について聞けなかったことを後悔した。
あんなことを言うために、引き留めたわけじゃないのに。

夕貴「何を怖がってんだろう、俺」

夕貴M:携帯の電話帳から歩生の番号を出し、ダイヤルボタンを押そうとする手が止まった。
しばらく画面を凝視したものの、結局ダイヤルボタンを押すことは無く、行き場のない気持ちと一緒に携帯電話を机に置いた。


間。
合格発表後、帰り道、電話をかける夕貴。


夕貴「えーっと・・・」
歩生「(しばらく間を置く)もしもし」
夕貴「あー歩生、お疲れ」
歩生「お疲れ様です。どうでした?」
夕貴「お陰様で、無事に合格いたしました」
歩生「第1志望の?」
夕貴「そ、1つに絞っておいて正解だった」
歩生「・・・そうですか、おめでとうございます!」
夕貴「まぁ、無事に合格したわけだし?俺からのお礼、受け取ってくれるよな」
歩生「ふふ、勿論ですよ」
夕貴「そっか、じゃあ改めて。・・・今日まで面倒見てくれて、ありがとうございました」
歩生「どういたしまして」
夕貴「歩生が支えてくれたお陰だ」
歩生「・・・。」
夕貴「歩生がいなかったら頑張れなかったと思う。先輩のこと振り切って、自分のために勉強できたのも、歩生がいたから・・・その・・・」
歩生「何か、こちらまで恥ずかしくなってしまいますね」
夕貴「俺が1番恥ずかしいんですけど」

夕貴M:電話の向こうで、穏やかに笑う声が聞こえる。
無事合格出来て、胸を張って歩生に報告できたことを嬉しく思う。

歩生「では、今日で僕の家庭教師も終わりですね」
夕貴「そう、だな・・・」
歩生「本当にお疲れ様でした。大学生活、謳歌してください」
夕貴「・・・。」
歩生「・・・夕貴さん?」
夕貴「歩生は俺の家庭教師辞めたら、どうするんだ?他の生徒を持ったりすんの?」
歩生「いえ・・・。家庭教師は最初で最後、これで廃業です」
夕貴「は?なんで?」
歩生「家庭教師はずっと続けてやりたいことではないと分かりましたし、それに」
夕貴「・・・それに?」
歩生「貴方以外の家庭教師には、なりたくないです」
夕貴「・・・え」
歩生「最初は貴方の家庭教師なんて嫌で仕方なかったですけど、いつからか、貴方と過ごす時間がかけがえのないものになって・・・他の生徒を持って、貴方と過ごした時間が薄れていくのが嫌だと思った。
だから廃業、簡単でしょう?」
夕貴「簡単か・・・?それ」
歩生「僕にとっては、非常に分かりやすい回答だと思うのですが」
夕貴「分かんねぇよ・・・なんで、そんなこと・・・」
歩生「ーーー好きなんです、貴方が」

夕貴M:確かな響きを持って紡がれたその言葉に、心臓が大きな音を立てた。
分からないなんて嘘で、本当は分かっていた。
歩生が俺を好きなんだということは

歩生「この方が、分かりやすいですかね」
夕貴「・・・じゃあ、あの時」
歩生「あの時?」
夕貴「俺の涙腺崩壊したとき、キスしたのも」
歩生「貴方のことを好きだと自覚したら、止まれなかった・・・なんて、言い訳になってしまいますよね」
夕貴「・・・。」
歩生「正直、貴方にあんな顔をさせてしまう先輩に嫉妬したんです。会ったこともないのに。
だから早く先輩のことなんか忘れて、僕のことだけ見てほしいと思ったから、キスしたんです」
夕貴「・・・子供かよ」
歩生「まだ14歳の若輩者(じゃくはいもの)がやったことです、ご容赦をいただければ」
夕貴「そういうとこだけ年齢を盾にするの、狡い(ずるい)ぞ!」
歩生「すみません。でも、今お伝えした気持ちに嘘はありませんから」
夕貴「・・・・・・それは、分かってる」
歩生「え?」
夕貴「歩生が好きでもないやつにそんなことするほど、軽い奴じゃないって分かってるから」
歩生「・・・なら良かった」
夕貴「歩生、あのさ」
歩生「はい」
夕貴「俺もーーー」

夕貴M:言いかけて、電話越しに空港の搭乗アナウンスが聞こえる。
そのアナウンスが流れた瞬間、歩生ははっとしたように呟いた。

歩生「もう、時間ですか」
夕貴「お、おい、歩生?お前今どこに」
歩生「空港です」
夕貴「はぁ?何で空港に?」
歩生「ごめんなさい、夕貴さんには受験に集中してほしかったから話ができていなかったのですが・・・僕、これからアメリカに行きます」
夕貴「・・・・・・え?」
歩生「大学院に行こうと思って」
夕貴「・・・は?・・・何で急に」
歩生「日本に帰国してから、大学でお世話になった教授に戻ってこないかと声を掛けられていたんです。家庭教師業も廃業しましたし、また海外で勉強をするのもいいかと思って」
夕貴「周りの言いなりになるのは、嫌だって言ってなかったか?」
歩生「今回アメリカに行くことを決めたのは僕の意志です。言いなりになったのではありません。
教授の研究を手伝うという形で、お世話になった方に貢献したいと思ったので」
夕貴「・・・そっか」
歩生「急な話で、挨拶もできずにごめんなさい」
夕貴「ほんとだよ、言ってくれれば見送り行ったのに」
歩生「・・・それは困ります」
夕貴「何で!?」
歩生「貴方に会ってしまったら、せっかく決めた覚悟がなくなってしまいそうだったから・・・」
夕貴「・・・はぁ。勝手過ぎるだろ。俺の気持ちも知らずにさぁ」
歩生「気持ち・・・?」
夕貴「ーーー俺も歩生のこと、好きだ」
歩生「っ!・・・夕貴さん・・・」
夕貴「・・・だから、本当は嫌だけど!お前の決めたことなら応援する。頑張れ」
歩生「はい、ありがとうございます・・・!」
夕貴「うん・・・おっと、時間大丈夫か?」
歩生「あぁ、もう行かないと」
夕貴「それじゃあ、達者でな」
歩生「あ、夕貴さん!ちょっと待って」
夕貴「うん?」
歩生「あの、教授の手伝いが落ち着いたら真っ先に会いに行きますから!」
夕貴「!」
歩生「だから、僕のこと・・・待っていてくれませんか?」
夕貴「・・・分かった、待ってる。・・・でも」
歩生「でも?」
夕貴「待てなくなったら、こっちから迎えに行く」
歩生「!・・・カッコつけすぎです」
夕貴「ははっ、カッコつけさせてくれよ。好きなやつにはさ」
歩生「・・・ほんと、貴方には敵わないな」

夕貴M:つとめて明るく振る舞ってみせたけど、電話が終わった途端、感極まって涙が零れた。
けれどその涙は悲しみの涙ではないから、大丈夫。

夕貴「・・・頑張れよ、歩生」

夕貴M:青く透き通った空に向けてそう告げる。
待ってる、でも待てなくなったら迎えに行く。
そんな小さな約束を、同じ空の下で交わしたことを宝物みたいに大事に抱えて、俺は帰路についた。



間。
エピローグ。夕貴、大学構内のベンチに座っている。



夕貴M:あれから2年が経ち、俺は大学で変わらぬ日々を過ごしている。
時折、歩生とはメッセージのやり取りをしているが教授の手伝いが忙しいのか、ここ1か月ほど連絡が無い。
歩生のことだから、何かあれば連絡をくれるだろうし気長に待つとしよう。
待てなくなったら、迎えに行けばいいのだから。

夕貴「いただきます」

夕貴M:なんだかドーナッツが食べたくなって、大学で売られていたものを買ってきた。
砂糖がかかった、オーソドックスなドーナッツを一口。
甘い、でも美味しい。
歩生は苦いコーヒーで、甘さを中和していたっけ。
そんなことを思い出しながらドーナッツを味わっていると、隣に誰かが座った。
他にも空いているベンチがあるのに、わざわざ隣に座る物好きもいたもんだ。
そんな物好きがどんな顔をしているのか見てやろうと顔を向ける。
視線の先には、見慣れた姿があった。

夕貴「・・・。おかえり」
歩生「ただいま」
夕貴「1か月も連絡来ないからどうしたかと思ったら」
歩生「すみません、忙しくて」
夕貴「別にいいよ。それにしても、本当に急だな」
歩生「驚かせようと思って」
夕貴「やめろよ、心臓に悪い」
歩生「冗談ばっかり。嬉しいでしょう?」
夕貴「・・・まぁな、痺れ切らして迎えに行くとこだったぞ」
歩生「入れ違いにならなくて良かったです」
夕貴「・・・食うか?」
歩生「はい、いただきます」

夕貴M:2年振りに姿を見せた青年は、写真で見るよりも凛々しく、落ち着きのある男になっていた。
砂糖もチョコもかかっていない、甘さ控えめのドーナッツを手に取って食べ始める。
それでも歩生にとっては十分に甘いらしく、眉を顰めた(しかめた)。

歩生「・・・コーヒー欲しくなりますね」
夕貴「飲むか?間接キスになっちまうけど」
歩生「そうですね・・・じゃあーーー」
夕貴「?なに・・・んっ!?」


歩生、夕貴にキスをする。少しの間。


夕貴「・・・っ、歩生」
歩生「2年振りに再会した恋人との触れ合いが間接キスなんて、寂しいですからね」
夕貴「本当に・・・勘弁しろ・・・」
歩生「・・・嫌でした?」
夕貴「心臓に悪いわ、別の意味で」
歩生「そんな調子で心臓大丈夫ですか?これから毎日そうなると思いますよ」
夕貴「・・・は?毎日?」
歩生「今日から僕も、この大学に通う学生なので」
夕貴「は・・・?え!?聞いてないぞ!」
歩生「そりゃあ、今言いましたから」
夕貴「サプライズが過ぎるわ」
歩生「まぁまぁ。1日でも早く貴方に会いたくて頑張ったんですから、許して下さい」
夕貴「・・・まったく、お前には敵わないよ」

夕貴M:そう呟いた俺を見て、歩生が優しく微笑む。
あのときと同じように俺たちは今、ドーナッツを食べながら他愛のない話をして、笑い合っている。
俺が定義したドーナッツ方程式の答えは、きっとーーー




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