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『ルイス警部 天才の神髄』 母親の執着

 BSで土日に放送されている『ルイス警部』が面白くて仕方なくなってきました。捜査は、警部のルイス、相棒のハサウェイ巡査部長それに検視官の三名で行っているように見える設定です。
 今回(「天才の神髄」)は、埋められていた死体を発見されたことから事件捜査が始まります。
 この事件については、犯人よりも、捜査妨害的行為をする年配の女性(ミセス・マーパー)の方に感心が向きました。彼女の息子は天才と言われるくらい高い能力を持っていましたが、薬物の過剰摂取で亡くなっています。彼女は、それが事故だという警察の結論を受け入れられず執拗に捜査(捜査権限がありませんが)しています。
 こういう設定って、大抵は物語の展開の邪魔なんですが、天才の光と陰という意味で本筋に寄り添っています。主人公ルイスも妻を亡くしているので、ミセス・マーパーにちょっと同情的です。

 そういえば、以前見たドラマ『アガサと殺人の真相』にも似た設定の女性が出てきました。こちらの方は物語に大いに関係しており、物語の展開を進める役割を担っていました。
 『アガサと殺人の真相』の元従軍看護婦(今なら従軍看護師でしょうが)メイビル・ロジャースは、6年前に殺害されたパートナーの女性の捜査をアガサ・クリスティに頼みに来ます。ちょうどアガサは夫のアーチボルトから離婚を切り出されていて、それどころではありませんでした。メイビルを追い返したアガサですが、思うところがありメイビルの自宅を尋ねます。すると、メイビルは、殺されたパートナーの女性殺害事件の資料を家中に貼り、事件の検証と犯人捜査を続けているようでした。
 メイビルは、夢中になってアガサに事件の経緯と自分の推理を語りますが、ふと我に返って「こんな私がどのように見えるか、分かっているわ。」と言います。
 アガサは、犯人捜査に協力することを決意します。
 アガサは、この犯人捜査を家族に言わずに行ったため、家族はアガサが失踪したと警察に失踪届けを出したので大騒ぎになり、後日アガサの失踪事件として扱われたという設定です。

 『ルイス警部』のミセス・マーパーにも、元従軍看護婦のメイビルと似た死者に対する強い執着があります。一歩踏み間違えると、正気とは違う世界に足を踏み入れそうな危うさがあります。
 ルイスは、妻と死別しましたが正気の世界に留まることができているので、危ういミセス・マーパーを放置できません。相棒ハサウェイと一緒にミセス・マーパーの自宅に行き捜査妨害を止めるよう告知しますが、彼女の冷蔵庫に何も入っていないことを知ると、自らのポケットマネーを出し、ハサウェイに食料を買ってくるよう依頼するほどです。

 天才と言われた息子を亡くしたミセス・ハーパーと、同性のパートナーを亡くした元従軍看護婦メイビル・ロジャースには、近しい者を不意に失い、そのことに執着して他のことが目に入らない状態になっている、という危険な共通点があります。

 ミセス・マーパーは、自慢の一人息子が薬物依存になるはずがないという盲信があり、ましてや過剰摂取など有り得ないと信じています。
 一方、メイビル・ロジャースは、同性のパートナーの家族から「同性愛者」として無視されつづけてきました(当時のイギリスでは同性愛は違法でした。)。

 一方は、大きな期待からの喪失感、もう一方は喪失からの差別的取扱。どちらも精神を健全に維持することは難しい状況です。

 『アガサと殺人の真相』には、この元従軍看護婦メイビル・ロジャースの他にもう一人精神を病みそうな人物がいます。離婚を切り出されて傷心のアガサ・クリスティです。

 メイビルは、犯人が逮捕されたことによって立ち直ることを決意します。
 アガサは、この事件から触発され、その作風を変える新しい考えを閃きます。後年『ナイルに死す』(下書き時の題名は『殺人の真相』でした。)の原稿を書き上げ、二度目の夫との写真を見るアガサは幸せそうでした。

 さて、『ルイス警部』のミセス・マーパーは、どうなるのでしょう。ドラマは、ルイス警部がミセス・マーパーに息子の死の真相を語るために彼女の自宅に向かうところで終わります。

 私にとって、同性愛は遠い世界の話です。差別するつもりはありませんが、かといって何か助けたいという気持ちもありません。ただし、同性愛だということで不当に差別されるようでしたら、それには反対します。
 そういう私ですが、メイビルには同情しました。近しい者が亡くなり、それが他殺なのに犯人が捕まらないというのは、理不尽だと思えるでしょう。そして、精神の異常が心配がされるほど犯人逮捕に執着するのも理解できます。
 同じように、ミセス・マーパーにも同情します。彼女にしてみたら、希望の火が不意に消えてしまったようなものでしょう。自慢の息子が薬物の過剰摂取で突然亡くなるとは、受け入れがたいことです。

 アガサも、自分のミステリ小説がマンネリだと批判され、新たな作風を確立する足がかりにしようとしてもうまくいかない。挙げ句に、夫からは若い恋人がができたから離婚してほしいと言われてしまう。まだ、幼い女児がいるのに。

 三者三様のピンチです。

 『ルイス警部 天才の神髄』を観て、本編と関係なく連想が広がり、特別な感動を覚えました。
 私の中で、『スイス警部 天才の神髄』と『アガサと殺人の真相』は、対のドラマです。

以上

#天才の神髄 #アガサと殺人の真相

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