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 『田宮模型の仕事』を語る

 『田宮模型の仕事』(田宮俊作著 文春文庫)は、優良プラモの代名詞といえる田宮模型の歴史並びに製品開発史が書かれています。
 私は、小学生に入る前からプラモデル好きでプラモを作っていたので、この本を見つけると衝動的に買いました。この本を読む前は「企業躍進に貢献した経営者や高品質の製品開発の立役者についてお総花式の広告本」と思っていました。でも、仮にそうであったとしても、あれほど夢中だった田宮模型に対して、この本を買ったことで「夢と娯楽をありがとう。」という気持ちを少しはお返しできるかなと思いました。

 読んでみると、模型製造販売はかなり厳しい業界にあることがよくわかりました。
 後々、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で海洋堂というフィギュア模型の企業の社長のインタビューを聞きましたが、金融機関の融資を受けるのが難しいそうです。それは、模型という商品が社会に必須のものではないからだそうです。また、趣味の分野として見ても、愛好する人の数はそれほど多くはないため、マス(mass 集団、大衆)を相手に商売するのが王道とされた時代には、異端の業界だったようです。
 しかし、現代はビジネスモデルが変わりつつあります。現代はマスを相手にするビジネスが陳腐化してしまい、少数でも強く指示してくれるファンを相手にするビジネスの方が収益を生み出している例が多いです。北海道のローカル番組『水曜どでしょう』や、テレビ東京の『ゴッドタン』などは、DVD販売や有料配信で多くの収益を上げるなど、そういうビジネスモデルの先駆的存在だと思います。

 資金繰りもそうですが、取り扱い商品を木製の模型からプラスチック製の模型に換えていく過程にも解決しなければいけないいろいろな問題があったそうです。
 最初にして最大の問題は、金型(かながた)。金属を削って金型を作り、そこに溶けたプラスチックを流し込んでパーツを作ります。このパーツが商品になります。その金型を作ってくれるのが金型屋ですが、この金型屋、当時の話ですが、納期は守らない、料金は法外・・・、と現代のビジネスでは考えられない無法の徒だったようです。
 そのエピソードが91ページに書かれています。「会いに行くたびに金型屋がリッチになっていくのが、よくわかりました。腕時計にしろライターにしろ、舶来の高級品を身につけるようになっていったのです。ある日尋ねてみると、工場の前にピカピカのキャデラックがとまっていました。」この金型屋の親方は、この後女性を連れてゴルフにでかけていきます。
 このようにいい加減にやっていた金型屋は今はもう存在していないそうです。一方、誠実に仕事をしていた金型屋は、経営も堅実で先見性のある設備投資を行い、今も生き残っているそうです。
 しかし、田宮模型は、プラモデル製造の命ともいうべき金型を外注していては企業生命にかかわるという危機感を持っていました。
 この後田宮模型では自社内で金型を作るようになります。

 仕事も人生も「ピーク(peak)」というのは恐ろしいと思います。ピークはそこが頂点ですから、後は下ることになります。
 人間の生活レベルは、生活が上昇しているときはレベルアップできますが、生活が下降していくときにはなかなかレベルダウンできません。かつてビートたけしさんが、「落ち目になることは怖くない。落ち目になったら、またあの貧乏アパートに戻ればいいんだから。」と書いていましたが、圧倒的大多数の人たちは、そういう覚悟を持たないで生きています。彼らに見えるのは前の道だけ。しかもその道は上り道なので、「ひたすら登ることだけ考える。」わけです。いつかは下りに入るなんて考えないでしょう。そういうのは「不吉」だとして考えないようにしているのかもしれません。

 私は、プラモデル好きですが、このような企業(この場合は金型屋)の、「突然好条件の仕事が転がり込む。不慣れな仕事だから最初はそれなりに苦労をする。法外な料金設定はその苦労に対する報酬だと考える。継続的に発注されるので、だんだんその仕事になれていき簡単にできるようになる。この割のいい仕事がいつまで続く分からないので料金設定は変えないでおく、仕事によっては発注元の足元を見て逆に高くしたりする。カネが溜まってきて贅沢ができるようになる。『オレにも運が向いていたな。』と調子に乗り出す。(ここがこの男のピークになります。) 発注元はいつまでも食い物にされるのは御免なので、別の利益率のいい金型製造方法を模索する。次第に金型屋への発注が減る。既に金型加工機械に新製品が出ており、そっちのほうが効率よく大量に金型を製造できるのだが、非常に高価なので簡単に導入できない。『あのとき贅沢しないでカネを貯めていればよかった。』と後悔する。利益が減少するので弟子や従業員を減らさなければならない。カネがないので夫婦喧嘩も絶えなくなる。・・・。」といった内情が想像できて、辛い気持ちになりました。
 いつ自分も似たような状況になるか分かりません。そうなりたくないとは思いますが、「調子」って、気付かないうちに乗っていることが多いものですよね。

以上

#仕事について語ろう #田宮模型の仕事

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