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パリ・オリンピック番組 (1183文字)

 2024年のパリ・オリンピックはいろいろ話題が尽きません。本来、各種競技で自国選手又は他国選手の活躍に活躍が話題になるべきと思いますが、諸々の手違いや開会式への批判それに審判の内容等番外編みたいなことでも話題がたくさんあります。

 私は早起きの方なので関心がある試合は観るようにしています。

 日本が勝った試合は、YouTube動画もアップされていますし、テレビの情報番組等でも放送されます。

 このテレビ番組を観ると、選手より番組出演者の方が前に出過ぎていて不自然さを感じます。
 テレビ番組は、「徹子の部屋」や「さんまのまんま」のように自宅に客を招くという設定が多いのですが、情報番組も司会者とアシスタントそれにレギュラーコメンテーターが常駐している場に、ゲストとして選手なり政治家なりある分野の研究者なりといった方々を招き、そのゲストの話をみなが傾聴し必要があれば質問して視聴者が知りたいであろうことを引き出すという形式のはずだと思っていました。

 でも、今回各情報番組がパリ・オリンピックを扱うやり方を見ると、番組出演者が前に出過ぎていて、ゲストや話題(試合内容等)が置き去りになっているような感じを受けます。

 視聴者は、タレントやアナウンサーの感動には関心がないし、どうなろうと知ったことではありません。それより、いいプレーをした選手の話を聞きたいと思う反面、負けた選手については、あまり触れないでそっとしてやって欲しいと思うでしょう。

 かつて阪神淡路大震災のときに、毛皮を着て現地からテレビレポートした女性がいて、いろいろ非難されたことがありました。
 何を着ようが自由といえば自由ですが、被災して困っている人の中に豪華な服装で行き現場の様子を伝えられても、視聴者は「金持ちが被災者を見下しにやって来ている。」という印象を持ってしまいます。視聴者は、決して好意的には受け取らないと思いますし、その程度のことを予想できない者など見たくないしその発言など聞きたくないと思われても仕方ないでしょう。
 それと同様に、僭越(「せんえつ」自分の身分・地位をこえて出過ぎたことをすること。そういう態度。)な行為は人に(視聴者に)不快な気持ちを抱(いだ)かせます。

 私の場合は、もうテレビの情報番組を観ません。オリンピック情報はもっぱらYouTube動画から仕入れています。

 オリンピックの競技については、その種目に詳しい人もいればそうでない人もいます。YouTube動画は多種多様ですから、詳しい人もそうでない人も自分に合った動画を選んで観ることができます。これはテレビにはできないことで、YouTubeがテレビに対して圧倒的な優位性を持つところでしょう。

 テレビ放送は、おもしろさの追求と事実を伝えることとを区別すべきなのではないかと思います。

#パリオリンピック #情報番組  

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