第二章 一話 トンネルの怪異

 本当にしけた田舎だな、ここは。

 まぁ、車やバイクの改造はおもしれぇし、仲間と走るのも嫌いじゃねぇけどよ。

 こんなド田舎から恵子けいこと抜け出して、トーキョーに行って結婚して、ガキ作って、大儲けしてぇな。

 ここじゃあ、いつもの峠を攻めるか港を走り回るしかない。酒飲んで、シンナーやって、体と頭を壊す馬鹿で終われるかよ。


「おい、河上。なんかおもしれぇ事ねぇのかよ」

「へ? 総長、ついさっき騒乱武神団そうらんぶしんだんの集会、解散したばっかりっすよ。まだ走りたりねぇんすか」


 隣りにいた河上が、シンナーで抜けた歯を見せながらヘラヘラと笑った。それに乗っかるように、太田がエンジンをふかす。

 バイクの後ろには俺の女の恵子けいこが乗っている。ガムを噛みながら、河上を見ていた。


「総長、今三時なんで隣町の二子山まで走ったら、日の出見られますぜ。へっへっ」

「二子山か。久し振りに走るか」

「二子山? そういえばさぁ、あそこにお化けが出るトンネルがあるらしいんだけど、あんた達知ってる?」


 河上が粋がって、パラパラとクラクションを鳴らしていると、後ろの恵子が楽しそうにしながら身を乗り出してくる。俺は幽霊やお化けなんぞ、信じてねぇからな。

 そんな噂が、二子山にあった事も知らねぇ。つーか、あそこのトンネルはお化けが出る雰囲気なんてねぇ。俺達が落書きしても直ぐに消されるし、綺麗なもんだろ。

 あそこで事故った仲間の話も聞かねぇ。


「二子山トンネル? あそこは、ヒュードロドロって雰囲気じゃねぇだろ」

「あ~~。俺もなんか聞いた事あるっすねぇ。どんな内容だったかな。俺、馬鹿だから覚えてねぇけど」


 河上は全く知らねぇみたいだったが、太田は、頭を掻きながら記憶を辿っているようだった。


「総長、俺はあの武史たけしから聞いた事あるっすよ。トンネルの真ん中で女だか赤ん坊だか、化け猫が出るとかいう」


 どうやら太田は、河上を輪に掛けたようなくらいアホの武史から、あやふやな噂を聞いているらしい。結局、化け猫やら赤ん坊やら女やら、いい加減な事を言ってるだけじゃねぇか。

 恵子はこの状況を楽しんでいるのか、ニヤニヤと笑いながら言う。


「あたしの従兄妹がさ、オカルト研究部に入ってるんだよ。そんで、二子山トンネルの方じゃなくて、旧二子山トンネルの方にお化けが出るらしいんだってさ。噂じゃ、その先に、屋敷があるらしいけどね。お化けが出んのは、トンネルの方。浩司ひろし行こうよ。度胸試しようぜ!」


 恵子は、他の女と違って度胸がある。

 レディースに入ってるだけあって、お化けなんて怖い、私嫌だわぁなんて、普通の女が言う可愛げのある事なんて言わねぇ。

 内心、俺はそんな気色悪い場所に行ってなにがおもしれぇのか分からねぇと毒付く。

 けどよ、こいつらに舐められちまったら、ヘッドとしての面子めんつは丸潰れだ。


「おもしろそうだな。おら、お前ら行くぞ! おい、気合出してけ!」

「ギャハハ! お化け探しすっぞ!」


 エンジンをふかすと、金属の五連ラッパを鳴らしながら、俺達は旧二子山トンネルへと蛇行しながら向った。


 ❖❖❖


 旧二子山トンネルへの廃道には、申し訳程度に、通行止めの立て看板が建てられていた。俺達は行ける所までバイクで走ったが、ゲートに阻まれる。鍵が掛けられていて、壊すには道具が入りそうだ。


「ねぇ、ここから先はバイクで行くの無理じゃない? あたし、懐中電灯なんて持ってねぇけど」  


 俺のバイクから降りた恵子は、不服そうにしながらパーマの髪を整えている。すると恵子の機嫌を取るように、太田がゴマを擦る。


「恵子さん、バイクのライトで入口を照らして、トンネルはライターの火で、なんとかなるんじゃないっすか」

「バリケードからトンネルまでは距離が近いもんね。ライター? あんたにしては頭いーじゃん、太田」



 バリケードはそれほど高くねぇ、ここを登って乗り越えれば、なんとか行けそうだな。俺を先頭にして、恵子、河上、太田が後に続く。

 道はまぁ舗装されてるが、木の枝は伸び放題で、近付けば近付くほどぽっかりと開いたトンネルに飲み込まれそうだな。

 草むらの方から、ウシガエルの声と虫の声が不気味に響いて、河上がブルッと体を震わせる。


「ふぃーー! おっかねぇ」

「びびんなよ、河上。玉ねぇやつは、騒乱武神団から追い出すぞ。気合だ、気合入れろ! おい返事がねぇぞ」 


 俺が声を上げると、河上がふざけるように、うぉぉと馬鹿でかい雄叫びを上げた。

 それに爆笑し、歩いて行くと入口の手前まで来た。

 恵子の話によると、どうやらこの旧二子山トンネルは、大正時代に開通し、昭和二十年位までは、普通に使われていたらしい。

 見れは見るほど、暗闇から得体のしれない化け物が這い出してきそうな気味の悪さで、俺は思わず怯む。


「へ、へへ。どうしたんっすか総長。もしかしてビビってるんっすか」


 大きなトンネルの前で立ち止まると、河上がニヤニヤと笑いながら挑発する。こいつはとびきり馬鹿の向こう見ずなので、こうして俺と張り合おうとする。

 シンナーのせいか、頭が悪いせいなのか、こいつには恐怖ってのが麻痺していやがるんだ。


「舐めんなよ、河上。幽霊なんているわけねぇだろうが。いいか。俺が最初に奥まで行って帰って来る。お前はその次に行け」

「ちょっと浩司、あたしも行くよ。一人じゃ怖いじゃん。河上、あんたは一人で行きなよ。途中で逃げ出したら、あたしが焼き入れるからな」


 俺と恵子、河上のコンビで肝試しのペアを組む。

 トンネルの向こうまで行き、いったん外に出て、引き換えしてくるというルールだ。

 俺と恵子はライターに火を着けながら水音が反響するトンネルの中を歩いた。

 中は寒くじめじめとしている。二人の足音が響いて気味が悪い。


「なんだ恵子、怖いのかよ? お前にも女らしい所あるんだな」

「やだぁ、ふざけんなよ。上から水滴降ってくんの!」


 いったん、トンネルを通り抜け、そこから元来た道へと向って引き換えす。やっぱりなんにも出ねぇよ。この世に幽霊なんているわけねぇし。河上の番がきたら、あいつを脅かしてやろう。

 そんな事を考えていると、背後から猫の鳴き声が聞こえた。


「あーーうるせぇな! 野良猫でも盛ってんのか。気持ち悪ぃ」

「本当だ。あたし達から餌を貰えると思ってついて来たんじゃないの。浩司、あんた犬飼ってるからって、猫嫌いなわけ?」


 特に猫が嫌いというわけじゃあねぇ、動物の中で犬がマシなだけだ。恵子は猫好きで、背後からついて来る野良が気になるようだった。そして、しゃがむと先の見えない闇に手を伸ばす。


「よしよし、おいでぇ」


 ――――あぉん おん


「おい、恵子。野良に引っ掻かれたらどうすんだよ」

「そん時はそん時よ」


 ――――ぎゃあ あぁぉんぎゃあ


 まるで赤ん坊みたいな声で鳴きやがる。

 いや違う、これは人間の赤ん坊の声としか思えねぇ。

 春先に聞く、猫の盛り声とは違う。

 俺は急に背筋が寒くなる。

 トンネルの中に、何者かが密集するような重苦しさが急に襲ってきた。無意識にガタガタと俺の手が震え、掠れた声で恵子の名前を呼ぼうとした時、息が詰まる。

 どんどんと赤ん坊の泣き声が大きくなる。

 恵子が手を伸ばした先には、血塗れの赤ん坊が、泣きながら手を伸ばしていた。



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