追放殿下は隣国で、セカンドライフをおくります! 〜セルフ追放されてやった元王太子の、ケモミミもふっ子と送る王族じゃできない10の事〜【漫画原作脚本】 第一話

場所:異世界、町から町へ向かう乗合馬車の中。

 鼻歌交じりに黄金色のモッフモフなキツネ尻尾を、パタンコパタンコと左右に振る獣人少女の後ろ姿に、思わずアルドは苦笑する。

アルド(背中でも分かるご機嫌さだなぁ。まったく自覚がないっていうか……)
アルド「おーいクイナ、尻尾見えてる。もし悪いヤツに見つかったら、お前のお母さんが言ってた通り『鍋にされて食べられちゃう』かもしれないぞー?」
クイナ「はっ!」
 クイナの小さな肩と黄金色の耳としっぽが揃ってビクンと飛び跳ねる。

 まずいという顔で、慌てて自分の尻尾を押さえて新品の赤いコートの中へと隠すクイナ。

アルド(『人族(ひとぞく)以外の入国禁止』という法律があるこの国で、よくもまぁ昨日まで一人で生き延びられたものだ)

 キツネ耳を隠すために被っているフードの上から、クイナの頭を軽く撫でるアルド。

アルド「フードもちゃんと被っとけ? たぶんそろそろ、人がまた乗ってくる」
クイナ「分かったの! 気を付けるの!!」

 元気に返事をしたクイナに頷き、再び馬車から外を見る。

アルド(穏やかな景色だなぁ……。まるで俺が王太子の座を追われてセルフ追放されているのが嘘みたいだ)


場所:王城・謁見の間(回想)

 周りには沢山の貴族(参列者)たち。アルドと彼の婚約者が国王の前に立たされている。

国王「お前には失望したぞ。まさかあの様な場で偽りを述べ、自らの婚約者を陥れようとするとはな」
アルド「……は?」
国王「お前が今暴露したツィバルグ公爵令嬢・バレリーノの悪行の数々は、そのままお前のした事だろう」
アルド「し、しかし証拠は先に陛下の下に提出して!」
国王「知らぬな」

アルド、絶望と共に青ざめ、歯噛みする。

アルド(バレリーノがしたのは、国を裏切る大罪だ。しかし彼女が持つ人脈と権力の前には、告発も簡単にもみ消される。だから前もって直接陛下――父上のところに出した。証拠を見ていない筈がない!)

アルド「彼女の金の使い込みは事実です!」
国王「バレリーノはあくまでもまだ婚約者、彼女に国庫をどうにかする権限は無い」
アルド「だからこそ問題なのではないですかっ!」

 必死に訴えかけるアルド。

アルド(分かっている。ツィバルグ公爵家がこの国で王族をもしのぐ人脈を持っている事は。そんな相手を敵に回せば、国が割れるかもしれない事も! でも!!)

 アルドはグッとこぶしを握る。

アルド(そうじゃなくても国庫は今、『王太子の婚約者』という立場を利用したバレリーノとその息がかかった連中によって、既に四分の一が失われている)

 背景に、書類の数々と悪い顔をしたバレリーノと、ドレスや宝石などの散財で得たもの。

アルド(これ以上彼らの悪行を見逃せば、やがて国は……!)

キッと国王を見上げるアルド。しかし国王は涼しい顔。

国王「お前はバレリーノを『王太子の妻としてふさわしくない』と言ったが、相応しくないのはお前だ、アルド」

 感情を映さない国王の目に、アルドの握っていた拳から力が抜ける。

アルド(そうか、この人は一時の国の安寧のために、私を排除し国の未来を捨てる方を選ぶのか)

アルド「最後にもう一度だけ聞きます。――本当にそれでよろしいのですね? 陛下」
国王「お前の問いの意味が分からん。これが私の、国王としての決定だ」

アルド(たとえこの人との間に血のつながりはあっても、実際に親子として過ごした記憶はない。今更情を期待するような事はなかった。でも)

 目を閉じて、幼い頃からアルドが見ていた国王としての父親を思い出す。

アルド(国王としてのこの人の事は、これまでずっと信じていたんだけどな)

アルド「……分かりました。ならばもう、私が陛下にお話するべき事は何もありません」

 アルドの言葉を受けて、国王が周りに知らしめるように声を上げる。

国王「多くの貴族の前で虚偽の発言をして混乱を招き、バレリーノを貶めようとした罪により、アルドの王位継承権を剥奪。今後は第二王子のグリントを王太子とする」

 ザワリと揺れる他貴族たち。

国王「またアルドには伯爵家への臣籍降下と、一年間の社交界への出入り禁止を――」
アルド「不要です」

 そう言って、王太子としての重荷から解放されて素の表情で笑うアルド。

アルド「今あなたが言った通り、俺は罪人なのでしょう? であれば俺に相当な処分は『ただの平民』になる事だと思います」

 周りは更にざわめいた。

貴族A「王族が自ら平民になりたがるなんて」
貴族B「しかし公爵家を貶めようとした罪人。たとえ王族でも国に仇を成す人間には爵位すら持たせない、というのも一つの道だ。どうせあの方は『恩恵』もハズレで、王族なのに大した希少性もない」
貴族C「しかし王族から平民になど。後ろ盾もなければ生きていく事さえ難しいだろうにな」
貴族D「王族だ、平民の厳しさなど知らぬのだろう」

 貴族たちの表情は、嘲笑ったり気の毒がったり呆れたりと様々。
 国王も少し驚いた顔をしていたが、アルドはそれらをすべて無視して、一礼し颯爽と部屋を出ていく。

アルド(もしかしたら今のは「最低限の生活水準は保証してやる」という最後の温情だったのかもしれないけど、自分で俺を突っぱねておいて罪滅ぼしをしようなんて、そんな恩の押し売りはいらない)

 王城の廊下を歩きながら。

アルド(監視の下でどこかに縛られるくらいなら、俺は俺の好きなように生きてやる)

 自室に戻り、隠していた冒険者用のあれこれを引っ張り出す。

アルド(まさかいつかはお忍びで平民に行ってみたいからと、シンに用意してもらっていた冒険者セットが、まさか役に立つとはな)

 服を着替えてカバンを持ち部屋を出ていくところに、弟・グリントと鉢合わせする。

グリント「その平民服、とてもお似合いですよ、兄上」
アルド「あぁありがとう。これからは頑張れよ、グリント」
グリント「ここから去る負け犬の貴方に言われたくはないな」

 いやな笑みを浮かべる彼の横を、なんという事もないという顔ですり抜ける。
 後ろからチッという舌打ちが聞こえる。 

アルド(あの分だと、下手をしたら追手でも仕向けてきそうだな。となれば、とりあえず国を出るのが先決か)


場所:王城を出て、街中へ。

アルド(シンが言うには、たしか平民の交通手段は乗合馬車……あ、あれか?)

 『乗合馬車停留所』と書かれた看板を見つける。

アルド「国外行きの乗合馬車を探してるんだけど」
御者「国外行きの直行便はない。が、今ならちょうどノーラリアとの国境近くまで行く馬車があるぞ。それが、これだ」

 言いながら、自分の馬車を親指で示す。

アルド(クレーゼンと言えば、様々な種族が集まってできた共和国。人間主義で排他的なこの国とは正反対の、自由の国……)
御者「もうすぐ出発だ」
アルド「じゃあ頼む。金は――」

 バッグからお金の入った革袋を出そうとしたアルドを止める御者。

御者「金は到着時に払うもんだ。あんたもしかして、馬車に乗った事ないのか?」

 呆れたように言われたアルドは、一瞬キョトンとした後に、嬉しそうに笑いながら言う。

アルド「あぁ、乗合馬車は人生初だ」


場所:馬車の中。

 ギッチギチの馬車に乗っているアルド。

アルド(乗合馬車とは、こんなにも他人との距離が近いもんなんだな。今までは専用の馬車だったから、新鮮だなぁ……尻が痛いけど)

 ガタガタと大きく揺れる馬車で笑いながらそう思う。
 すると、向かいに座っていた4、5歳くらいの少年がジーッとこちらを見ていた。

少年「お兄さん、どうしてこんなギューギューなのに嬉しそうなの?」
アルド「えっ」
母親「こら、お兄さんが困ってるでしょ! ……すいません」
アルド「あぁいえ」
アルド(俺、そんなににやついてたか)

 アルドは口元を片手で覆う。

アルド(それにしても、平民からこんな風に気安く話しかけられるのも、新鮮だなぁ)
アルド「実は今日、俺にとって初めての旅の門出なんだ。だからちょっと嬉しくてね」
少年「お兄さんは旅人さんなの?!」
アルド「うん、今日からだけどね」
少年「いいなぁー!!」

 少年は目を輝かせる。

少年「本当は僕も旅人になりたいんだ。でもお母さんが『まだダメ』って」

 母親は少年の隣で、アセアセしながら苦笑している。

アルド(きっと説得にかなり時間をかけたんだろうなぁ)
アルド「まぁそうだなぁ、君にはまだ準備ができてないからかもしれないな」
少年「準備?」
アルド「まずは自分の身を守れるくらいの剣や魔法の腕を身につけないとな」
少年「お兄さんは強いの?」

 キョトン顔で聞いてくる少年。
 アルドは成人男性にしては細身で、おそらく強そうには見えない。

アルド「実はこう見えて、剣も魔法も使える。クマくらいなら、多分素手でもどうにかなる」
少年「えー?!」
アルド「あとはあれだな。まずはたくさんご飯を食べて、寝て、もうちょっと大きくならないとな。頑張れ」
少年「うん、頑張る!」

 やる気になった少年に、ちょっとホッとした母親。
 浮いた足をブラブラとさせながら、彼は更に聞いてくる。

少年「お兄さんはこれからどこ行くの?」
アルド「隣の国を目指してる。知ってるかな? 『ノーラリア』っていう国なんだけど」
少年「えー? 知らなーい」
アルド「まぁそうか。遠いもんなぁ」
少年「お兄さんは何でそこに行くの?」
アルド「うーん、自由を目指して?」
少年「自由?」

 詳しい事を知りたそうにしている少年。
 アルドは「うーん」と少し悩む。

アルド(追っ手から逃れるため、っていうのは、流石に説明できないし『ノーラリア』が自由の国って呼ばれてる理由を話すには……)

 母親を見る。

アルド(教育方針もあるだろうし、こんな小さい子に勝手に差別の話をするのもなぁ)

 アルドの視線に気がついた母親。
 息子の目に真っ直ぐ目を合わせる。

母親「ノーラリアはね、色んな種族が仲良く暮らしている国なのよ」
少年「色んな種族?」
母親「そう。人族の他にも、エルフにドワーフ、獣人、魔族。数は少ないけど竜族とか人魚族とかね。色んな外見と風習を持つ人たちが、皆一緒に住んでいる」
少年「でも僕、そんな人一回も見たことないよ?」
母親「この国では、文化の違う人との喧嘩を恐れて、人族以外の入国は認めていないからね。お母さんはそれぞれの個性があっていいと思うけど、そうとばかり思う人だけじゃないから」

アルド(この国にある『他種族差別』を増長させている一因が、この国の『他種族入国禁止令』だ。だから俺も前に、この制度にメスを入れようと思った事があったけど、結局その時もバレリーノに邪魔されて叶わなかった)
アルド(外側ではいくら規制しても、裏ではまだ奴隷や愛玩目的で他種族の人身売買する人間は消えないんだろうし。でも)

 話をしている親子に目を向ける。

アルド(この人たちが、そういう人たちじゃなくてよかった。そして周りも)

 同乗者たちもみんな子供の無邪気な様子と母親の好意的な説明をどこか微笑ましげに眺めている。
 
少年「ねぇお兄さん、それでお兄さんは、隣の国に何しに行くの?」
アルド「何、か……何だろうな?」
少年「えーっ?!」

 教えてくれない事に頬を膨らませる少年。
 それを宥める母。

母親「すみません」
アルド「いえいえ」

アルド(言えるんなら教えてあげたいんだけど、そういえば俺、国を出て何をするんだ……?)
アルド「……ん?」

 誰も気がついていない中、一人だけ明後日の方向に顔を向けるアルド。
 検知の魔法を発動。

アルド(何か大きな力が近づいてきてる。……いや、誰か追われてる!)

アルド「馬車を止めて!」
御者「何だ、急に」
アルド「何か強大な脅威がこっちに近付いてきてる。俺は様子を見てくるから、もし10分しても俺が戻らなかったり、何かがこっちに近付いてきてる気配を感じたら、すぐに逃げてくれ」
御者「えっでもあんた、一人で行くのか?!」
アルド「金は置いてくから! 頼んだぞ!!」
御者「ちょっ……って、金貨?! もらい過ぎだ!!」

 彼らを置いて、走り出す。
 林に入って走り抜けながら再び強い検知を掛ける。

アルド(小さいのが一つと、その後ろに四つ。反応の大きさから言って、魔獣かっ)

 林の向こうに、走る小さな人影を見つける。
 転んだ人影に、襲い掛かる狼のような大きな獣。

アルド(加速っ!)

 アルドは足に加速の魔法を付与して素早く両者の間に割って入り、剣でその爪を迎え撃つ。

 アルドが後ろに庇った6,7歳くらいの少女が、ギュッと瞑った瞼を恐る恐る開けて、目を見張る。
 彼女の前には、刃を弾き返したアルドの姿があった。

アルド「もう大丈夫だ、安心して」

 脱げたボロボロのフードのお陰で、その子の頭にぺたりと伏せられた獣の耳がついているのが見えた。


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