追放殿下は隣国で、セカンドライフをおくります! 〜セルフ追放されてやった元王太子の、ケモミミもふっ子と送る王族じゃできない10の事〜【漫画原作脚本】 第三話
少女「……お母さんは『人間に会ったらすぐ逃げなさい。人間はみんなすぐに襲いかかってきて、あっという間に鍋にして食べちゃうから』って」
アルド「うーん、そうかぁー……」
アルドは軽く天を仰ぐ。
アルド(どんなに獣人好きでも嫌いでも、獣人を鍋にするような人間は流石にいない。でも母親がそんな極端な事をこの子に言って聞かせのは、親心なんだと思うしなぁ……)
ナレーション(もしこの国でいる筈のない獣人が見つかった時は、元居た国へと強制送還……という名の『放り出し』がされる)
ナレーション(元居た国での生活が成り立たないからこそ身の危険があっても尚この国に潜ったんだろうけど、もちろんそんな彼らの内情は、当たり前のように考慮されない)
ナレーション(それも、法律を遵守された措置が取られればまだマシな方だ。もし誰かに見つかったら、迫害を受けるだけじゃない。最悪殺される事にだってあるし、場合によっては死よりも苦しい奴隷生活が待っている)
アルド(居ない筈の他種族を不当に扱っている事がバレたところで、「ここにいない奴に適用される法律はない」とかいって、罰を受けない事が多いのが現状だ。きっと彼女の母親は、彼女がそういう危険に首を突っ込まないようにとそんな事を言ったんだろう)
アルドはなるべく笑顔を作りながらしゃがみ、少女とまっすぐ目を合わせる。
アルド「……大丈夫。俺は君を食べないよ。俺がもしその気なら、君はもう今頃すっかりゆで上がってるところだし」
少女「それは、そうかもしれないの……」
少女の体の震えが止まる。
アルド(よかった。ちょっとは納得してくれたみたいだ。……いやまぁちょっと、簡単に信じすぎな気もするけど)
アルド「それで? 君は、そのお母さんと二人なのかな?」
少女「二人……だったの。でももういないの。『ていこく』から逃げてきて、ここに来るまでの途中で、お母さんは『お星さまになるから』って」
少女は空を仰ぎ見る。
まだ昼間なので、もちろん星は出ていない。
少女「『お星さまになったらいつでも見守っていられるから』って……。だからもう、夜しかお母さんには会えないの……」
アルド「そっか……」
シュンと耳を伏せた彼女に、アルドも眉尻を下げる。
アルド(そういう説明があったんなら、母親との別れはもしかすると突発的なものではなかったのかもしれないけど、じゃあ彼女は……)
アルド「一人でここまで?」
少女「うんなの……。お母さんが『ニョッキ山の方に向かって行くのよ』って言ってたから、そこに向かってる途中なの」
少女は遠くにうっすらと見える山を指差す。
アルド(あの山はたしか、ニョシキ山脈。そしてその向こうにはノーラリアがある)
アルド「そうか。君は、お母さんの言いつけを守ってるんだね」
少女「うんなの。クイナはとってもいい子なの」
アルド「そうか。じゃあクイナ、そこまで俺と一緒に行かないか? 多分一人で行くよりもずっと早く行けると思うけど」
アルド(子供の足で行くには遠すぎるし、時間をかければそれだけ正体がバレるリスクだって上がる。俺と一緒ならフォローしてやれるし、どうせ行先も一緒だ)
アルド「もちろん君が嫌だって言うんなら無理強いなんてできないけど、さっき君は追われていたし、実際に死にそうにもなっていた。俺と一緒なら少なくとも、あの程度の魔獣に怖がる必要はなくなる。国に着いた後の事は、また着いた時に考える。……どう?」
笑顔で窺うように尋ねるアルドに、クイナは目をパチクリさせる。
薄紫の彼女の瞳が俺の顔と差し出した手を何度も何度も行き来して、おずおずと口を開く。
クイナ「お鍋にしないの?」
縋るような上目遣いで真面目に聞いてきた彼女に、アルドは口元を綻ばせる。
アルド「しない。絶対に。だから大丈夫」
手を差し伸べる。
クイナはその手に小さな手を重ねる。
クイナ「じゃあ、一緒に行くの」
アルド「そうか。よかった。じゃあ行こう」
手を繋ぎながら歩き出す。
アルド「近くに俺が乗ってきた馬車が待ってるんだ。――逃げてなければ」
チラリとクイナの方を見れば、耳だけじゃなく、歩みと共に緩やかに揺れる太いモフモフな尻尾もあった。
アルド(うーん、耳からして犬……いや、尻尾がちょっと太いから)
アルド「狐?」
クイナ「大正解なの!」
アルド「そっか。何か食べられないものとかは……」
クイナ「クイナはね、何でも食べるいい子なの。けど、お肉とお菓子が大好きなの!」
アルド「あ、お菓子は無いけど、お肉なら干し肉が――」
グゥー。
クイナ「……」
アルド「何か今、お腹が勝手に返事したな……?」
クイナ「してないの」
アルド「いやしたろ」
クイナ「でも、どうしてもって言うんなら、食べてあげても別にいいの」
そうは言ったものの、耳はピコピコ尻尾はブンブンと動いていてどう見ても喜んでいる。
アルド「はいどうぞ」
クイナ「ありがとなの。うまーっなの!」
アルド(さっきまでの警戒心はどこに。いやまぁ嬉しいけど、やっぱり危機感が足りなさすぎるな。『見つかったら鍋』っていった母親の選択も、あながち間違いじゃなかったな)
アルド「俺は食べないけど、他のヤツラに見つかったら本当に鍋にして食べられちゃうからな。その耳と尻尾、ちゃんと隠しとけ」
クイナ「ふぉあっはほ!!」
干し肉を咥えたまま慌てて耳と尻尾を隠す。
アルド「……クイナはノーラリアに行って、何をするつもりなんだ?」
クイナ「うーん、なんか『楽しい事』なの!」
アルド「楽しい事?」
クイナ「うんなの。お母さんが言ってたの。この世界には楽しい事がいっぱいあるの。今までできなかった事を、クイナは沢山やりたいの!」
嬉しそうに言うクイナ。アルドはそんな彼女を見て、驚いたような何かに気付かされたような顔になる。
クイナ「アルドは何するの?」
アルド「うーん、そうだな」
アルド(さっきは聞かれて、すぐに答えられなかったけど)
脳裏に馬車やご飯や魔物の姿などが浮かぶ。
アルド「俺も楽しい事がしたいな。今までにできなかった事が」
アルド(やってみたいと思いながらも、今まで王太子という立場と忙しさを理由にやってこなかった事・できなかった事が俺にもある。でも今の俺には、もうそんなしがらみもない)
クイナ「クイナもアルドにお付き合いするの。アルドの楽しい事、クイナもするの!!」
アルド「そうだな。一人より二人の方が楽しそうだ」
森の中、目の先に馬車があり、降りていた御者がこちらに気がついて手を振ってくる。
アルド(これから少しずつ、やっていこう。今までできなかった事を、今度は我慢する事なく)
アルド(……流石に魔獣の出現を知らせないのはどうかと思うし、出る直前に町の人に「死骸があった」とでも言っておくか)
ナレーション(後日、確認に来た冒険者ギルドの人間と彼を護衛していた冒険者たちは)
ギルド職員「何です、これは」
冒険者「おいおいこりゃあ、ガイアウルフの亜種。SSレートの魔物じゃねぇか……」
ナレーション(絶句する事になったのだが、それはまた別のお話)
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