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[まねきの独り言]応募しない忘れられない恋物語。北海道編。リョウコちゃんとの約束

「寒いしょ。ダメだぁ、そんな服じゃ寒いだけだぁ。今日はいつもより凍れんだぁさ」
北海道の言葉は踊るように、軽やかなリズムを持つ。

冬に入りかけた東京。

タバコを吸いにベランダに出て、部屋と外気の寒暖差を感じると、いつもリョウコちゃんの言葉を思い出す。
あれはもう、30年近く前だったよな、寒さに震えていたオレをみて、アハハと笑いながらマフラーを貸してくれたのは。
そしてなにかあれば手紙を書くと約束したのを、果たしていないことも同時に思いだす。

ニセコユナイテッド。

今ではそのパウダースノーを求めて、世界中、特にオーストラリアのお金持ちが集まり、まるで外国のような街並みになったと聞く。その変貌ぶりは驚くほどだと。

初めて訪れたのは国体の東京都代表に選抜された時。毎回長野や北海道、東北などの雪のある県や道に負けていた東京都の関係者は、どこで予算を確保したのだろ、北海道で強化合宿を計画した。

協賛は北海道岩内町。

花園、ヒラフ、国際、アンヌプリのニセコにある四つのスキー場から少し距離はあるが、足は町役場の持つバスで送迎してくれた。
また、当時のニセコは大人数の宿泊できる施設などなく、もしもの医療、食事面でも積丹半島の根元にあるこの町が便利だった。

リョウコちゃんはその町一番の食堂で、料亭を併設するお店のお嬢だった。上に看板娘のちょっと年上のお姉さん、漁師もやっていたお父さんは自分の獲った魚や魚市場にも顔が効いたから、その新鮮な魚介類の味はお墨付き、お店を仕切るお母さんはいつも陽気で、この家族の周りにはいつも笑顔があふれてた。

選抜チームは、みんないっぺんにこの家族が好きになった。

オレを除いて‥。

その頃、家族に問題を抱えていた。
両親の喧嘩が酷くなり、もう離婚寸前という段階だった。
もう少し年を重ねていたら、この2人の間に入りなだめる方法もあっただろうが、まだ子どもだったオレには無理だった。かすがいにもなれりゃしない。

親が別れるということは、子どもが子どもではいらなくなる。甘える対象を失う。ネイバーランドを失う。そんな鬱屈した気分を抱えたままの合宿だった。

「ねえ、勉強教えて。いつも本ばかり読んでるだから、できるしょ」

練習が終わり、町に帰るとナンパな東京者はすぐ遊びに出かけるが、オレはいつも大部屋の片隅で本を読んでいた。

北海道の女性は情に厚い、そして強い。
明治という時代から、日本全国から一旗上げようとこの広大な大地と格闘してきた強さがある。頼れるは家族だけ。子どもでも女性でも戦力だ。
幼くても女は女。

そんな北海道の女性の特徴そのものが、目の前にいた。

社会人になって分かったが、出張組の経験者は札幌や北海道そのものを恋しがり、東京には戻ってこなくなる。南は福岡か。
男が惹かれるのは、決まってる。女だ。
そして北海道は沖縄と並ぶ離婚大国。
男に見切りをつけた女は、あっさりと男を捨てる。子どもがいようが、自分の道を選ぶ。

オレのスキーの専門は長距離。クロカン系だ。
国際の4,000メートルに及ぶ深雪林間コースは練習には最適だった。短い距離を好む東京組の大部分とは練習の内容も時間も違う。
その日もいつものように一人で練習していると、板の感じが違う。硬い。雪が。

「海が荒れると、アンヌプリに周る風が変わって雪崩起こすのさ、気つけてな」

前日、リョウコちゃんから勉強中に言われた言葉を思い出す。冬の海は吠えていた。

表層雪崩に襲われたのは、それからすぐだった。

全国ニュースにも流れた合宿中の遭難事故は、オレのスキー人生の終わりと進路を決定づけた。
治療中の際に見た数々の医師の姿を見てその道に進むことを決めた。
医学の道を志し、大学卒業後は海外へ流れた。今回、日本で初めて内臓移植を行なった医療機関の教授への召喚を決めかねていた。

冬は嫌い、だ、、、。

「手紙書くから。返事なくても手紙書くから」

東京の病院にタンカーで運ばれる際、空港に見送りにきてくれたリョウコちゃんの言葉がリフレインする。それからしばらく手紙を待ったが、昨日まで一通も届かなかった。

東京でのその後の生活は母親のもとで過ごした。
久しぶりに帰国して、別れた父親のもとに挨拶に行くと、奥から段ボール2つ分の手紙を渡された。

全部、リョウコちゃんからだった。
約束は守られていた。

お姉さんが昨年亡くなられたこと、両親ととうに死別したこと、結婚して子どもはひとりできたが離婚したこと、岩内の家族の物語がそこにあった。

子どもが子どもらしい時代を過ごせたら、こんな皮肉くれた大人にならなかった。
結婚はしなかった。
大人の男と女のいやらしい面を見せつけられたから。

忘れられない恋物語、
迎えに行こう、北海道へ、彼女を子どもを。
教授のオファーは受ける。
スキーは二度とやらないけど。
彼女の途切れた家族の物語はオレが紡ぐ。

それが惨めな思いをした自分への子ども時代の別れと、失っていた初恋への償いになるのなら。


大人になる。
大人らしい大人に。


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