第4回勉強会(2021.8.16)より 第1話

(勉強会の議論を連載していきます)


 2021年7月は宇宙観光幕開けとなった。リチャード・ブランソンが7月10日、また20日にはジェフ・ ベゾスが宇宙旅行を行い、バージンギャラクティックは25万ドルで宇宙旅行の発売を始めている。そのような中、第4回目の勉強会は、宇宙観光と、水素ロケット、そしてそこから水素の活用についてお話を聞いた。

ロケットは水素で飛ぶ
小笠原氏は1988年に三菱重工に入社し、その後多くのキャリアを水素ロケットの開発をして過ごした。水素を使った初めてのロケットH1、続けてH2の開発、そしてH2A、H2B、今年はH3の初号機が飛ぶ。H2Aは2001年に飛び始めて、すでに43発打ち上げられている。液体燃料を用いるロケットが生まれたのは第2次世界大戦中のドイツだ。その技術は日本にも入り製造も行われていた。武器にも使われるロケットは、責任投資の観点から投資対象銘柄にできるかどうか慎重に見る必要がある産業だ。第2次世界大戦後に研究は一度ストップするが、1950年台に東京大学を中心に科学技術の目的で観測用の固体ロケットが開発された。1980年台になって現在の潮流となる液体酸素と液体水素による2段ロケットの国産開発が始まった。
日本初の水素ロケットH1は1段目が米国製だったが、その後100%国産になったH2ロケットではコストダウンを実現したH2Aロケットが売れるようになった。それでも競争が厳しくなり、さらにコストダウンを目指したH3の初飛行が今年予定されている、その年に小笠原氏は定年退職し、東京理科大学の教授となった。「人工衛星を持っている国は50ヵ国以上ある。最近小型衛星も安くなり、大学でも取り組んでいる。ただ数トンの実用衛星を打ち上げられる国は、日・米・欧・ロ・中・印などに限られる。宇宙に行く手段と宇宙を使う手段と両方持っているのは大事な立ち位置にいるといえる」と小笠原氏は語る。
 1980年代以前の米・ソによる冷戦時代は、偵察衛星が多く打ち上げられていた。当時は光学カメラで撮影したフィルムを落とす方式で、なるべく低いところで撮影する必要から高度100K、200K程度に打ち上げすぐ空気抵抗で落ち、量多く打ち上げる必要があった。時代とともにプレイヤーも変わり、米国ではここ10 年民間企業Space X社などが台頭している。打ち上げ数は民間と政府で半々で、国別にはここ数年中国とアメリカが増えている。
コスト競争を戦いながらも、H2Aロケットは一定の評価がある。その理由は高い打ち上げ成功率だ。95%を超えれば一流というところで98%の成功率を誇る。小笠原氏は、三菱重工時代、この信頼性をどうやって高めていくかに尽力していた。「地道な活動によるもの」というが、例えば製品の信頼性を高めるために2σのトレンド評価をしている。ロケットを構成している部品、部品を組み合わせたコンポーネント、サブシステムを出荷、組み立て、また種子島に輸送した段階でテストし5回前に行ったテストと6回目に何か違いが出ていないか…などをしらみつぶしにみていく。燃料を送るバルプの閉開速度がミリセカンド変わっていないかなどをみていく、今はAIも組合せコストダウンを図っているそうだ。
参加者から色々な質問が出た。「もし原因が見つからなかった時はどうするのか?」小笠原さんは「なんとかして解決する。解決しないで飛ばすことはない」とキッパリと答えた。また「やはりAIなどを用いて、トラブルを見つけたりするのか?」という質問にも当然そういった取り組みをすでに行なっていると述べた。 

水素の未来
 水素は、ロケットにはなるべく軽く、高速で噴き出る燃焼ガスが良く、そうすると元素番号1番の水素を液体状態にしたものと、液体酸素の組み合わせが、一番効率が良い。また水素は、燃焼してもCo2が出ないということから、昨今注目を集めている。しかし実は扱いは非常に難しい。なんといっても液体状態を保つためにはマイナス253度においておくしかなく、気体状態で液体時と同じ体積にしようとすると、1000気圧をかけないといけない。そして分子のサイズが非常に小さいため漏れやすく、発火しやすい。それでも新しい燃料として三菱重工ではガスタービンでガスの代わりに水素を用いるタービンに力をいれ、日本製鐵でもコークスの代わりに水素を使って鉄を還元する方法を探ろうとしている。
 小笠原氏は、このH2ロケットが培った水素の技術の今後として、人工光合成と磁気冷凍、複合材タンクに興味を持っている。
 水素は気体になると物凄く体積が大きくなる。しかし液体に留めるには極低温にする必要がある・・・。すると完璧に保冷できるか圧縮して詰め込める強靭な素材が必要になる。ロケットは多くの燃料を積む必要がありタンクは大きなものとなる。打上げの能力を上げるには少しでも軽く作らねばならない。実は水素航空機の研究は1980年代からされていたそうで、問題はタンクだったようだ。複合材タンクだと1割から3割程度軽くすることができるそうだ。
また磁気冷凍については、ガスは前述のように液化して運ばないと効率が悪いが、液化にもコストがかかる。そこで、文科省では液化効率を高める研究に予算をつけているそうだ。これは磁石を用いて行うのだが、この分野は今後伸びると小笠原氏は期待している。人工光合成だが、植物はCO2を光合成によって還元し酸素を作りだすが、それを人工的に行うことで水素を作るという試みだ。この方式だと太陽エネルギーを用いてCO2を出さずに水素が作成できる。コンセプトはともかく開発には少し時間がかかりそうで、2040年ごろの商用化が目指されている。理科大の光触媒研究センターでも取り組んでいるそうだ。こういった技術開発・研究も、ロケット開発の周辺で盛んになり始めている。

日本の強みは?
 参加者からはまず、日本のこの分野の技術の国際競争力について質問が出た。小笠原氏は「自分ではどこが優れているとか言いづらいが・・・」と言いながら、水素というものは分子が小さいためよく漏れ、それを防止するための配菅のつなぎ方とか、圧力とか、色々なノウハウが蓄積していると思う、と答えた。
 他の参加者が、「こういった高い信頼性を確保するには素晴らしいノウハウをチームで貯めこまれたと思う。ただこのようなノウハウで、他の分野との提携は官庁を含め重要な課題になっていると思うが、課題解決のためにいかに周りのチームと連携していくかというのが課題になったことがありますか?」という質問をすると、小笠原氏はもちろん官庁主導のそういう活動もあるし、自ら違う産業と一緒に研究をしたり、三菱重工では700種類ほどの製品を作っているといわれる。こうした別の製品分野の人たちとも情報交換すると説明した。
 勉強会の後、複数の参加者から思っていたより日本がアドバンテージを持っていると感じた、という感想が寄せられた。実際のクオリティ向上のための具体的な取り組みに、少なからず感銘をうけたようだった。

技術開発・研究は相互に影響を及ぼす。また最先端では未だ高度なノウハウが必要となる技術があり、その蓄積には10年、20年とかかるものだ。宇宙に関する事業には、そういったものが様々なところで支え合っている。それらは必ずと言っていいほど、再生エネルギーや、インフラ等で身の回りでも役だっているようだ。そうなると産業や企業の成長には、先見性と根気のある取り組み、またそれを理解でき支えることができる社会、金融が構築できるかどうかに、かかっている。
我々もこのような個々の技術へ理解を深めるだけでは難しいが、長期の技術へのそれぞれの取り組みを有機的に統合させ、メトリクスをもって投資判断に適用できるよう、さらに議論を行なっていきたいと考えている。

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