見出し画像

Kj的Rhythm論 〜恋愛とGrooveの関係性〜

恋の歌なんて、砂の数ほど、あふれているよ。

ひとつのバンドが作り出す「Groove」
それはたゆまぬ向上心と、血のにじむ様な修練、
そして、まばゆいばかりの高揚感がもたらす、
偶然と奇蹟のコラボレーション。

僕は、麻薬的なその瞬間から抜け出せずに、
未だに音楽を奏でている。

ひとりでは工事現場に等しい、打楽器奏者。
しかし、そんな僕がいっぱしの顔をしていられるのは、
共に演奏するバンドのおかげでしかない。

恋愛も、まさしく同じ事。

だから、相手の事を考える。

僕はあくまで僕であって、相手本人ではない。
僕以上に僕な人間は、僕の他をおいてはいない。
相手の気持ちよりも、自分の気持ちの方を知り尽くしてる。

もちろん、相手を理解する事は、自分を知り尽くさねば、
到底、不可能な事。
だから、自分に対してのブレない研究が大事なんだ。
自分のスタイルを知っているかい?

ひとりよがりの演奏。
それは、音楽が、Grooveが生み出した奇蹟の調和を乱す。
その魔力を失ったGrooveは、瞬く間に「雑音」となるのだ。

恋愛を雑音に変えてはいないだろうか?
相手を理解すれば、言葉にしなくとも、
そのフレーズは、同調(シンクロ)する。

しかし、どれだけ相手を想っていても、
自分も理解しなければ、それは同様に雑音となるんだ。

楽器を「鳴らす」事に長けた人種、ミュージシャンたち。
そんなミュージシャンは、様々な楽器を「乗りこなす」のではない。
楽器に自分を「合わせてゆく」んだ、シンクロするんだ。

ね?
なんでミュージシャンがモテるか、分かったろ?w

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?