人に親父あり ~商売人哀歌(マーチャント・エレジー)~

昭和日本人なくして、今の日本の繁栄は非ず。 
武士道にも似た、極道(きわめみち)。 
すなわち商売人の生き様である! 

こんばんわ、魚屋の小せがれ、Kjです。 
今宵も我が愛すべき、親父、栄三のエピソードをお届けします。 

ようやく魚屋としての一歩を踏み出した、父、栄三。 
その後の紆余曲折は私の知る所ではないが、 
一本のビデオテープがある。 

ベータである。。。。 

かつてオレが見たその映像には、動画ではなく、静止画が 
フォトアルバムのように記録された物であったが、 
ハワイの地で、両親と幼かった兄、姉、そして店の仲間たちとの 
スナップショットが映っていた事を、今でもはっきりと覚えている。 

当時、母のお腹には、オレがいた。 

それだけでも感動に値する話ではあるが、ここでふと思った。 
「この当時、店の仲間もひっくるめて、ワイハ行きかよ!」 

そう!我が父、栄三は無類のお人好し、かつ豪放磊落な 
昭和の親父なのである! 

単なる家族旅行だけではなく、社員旅行も兼ね、 
しかもハワイ!海外である!! 
なおかつビデオデッキは、ベータなのである! 

なんという遊び心なのであろう! 
幼心に、オレは、この人が親父でよかったと思い、 
今ですらそう感じているのである。 

無類のお人好しである親父は、困っている商店街に救いの手を差し伸べるべく 
かの地、某神奈川へ「◯●◯水産」を旗揚げした!
(※実名出しちゃったんで、改変してます) 

当時、昭和50年代。 
オレが現在でも、誇りに思っている事であるが、 
親父の乗る車は「サンダーバード」であった。 
叔父は「トランザム・ファイヤーバード」である! 

まさか息子が34歳まで免許なしになるとは 
夢にも思わなかったであろう、カーキチぶりである。 

オレん家の車は、ライトにシールドついてんだぜ! 
イカしすぎだろ! 
(ライトつけると、ふたが開閉するのである) 

数十年を経て、オレの知らなかった事実を、 
親父の口から聞かされた。 

「オマエが生まれる前は、シボレー・マスタングに乗ってたぞ、オレ」 
どんだけカッコいいんだ、アンタwwww 

さすがディオ!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ 
そこにシビれる!あこがれるゥ! 

来る日も、来る日も、冷たい水と、氷、 
そして海産物と戦い続ける親父。 

魚屋の小せがれにとって、オイシい話だけではないのだが。 

ガキの頃の、Kj最大の恐怖。。。。。 
オイシいだけではないと言った手前、この恐怖についても 
お話をしておこう。 

業務用の冷蔵庫。 
スーパーマーケットや、バナナで釘を打つCMをご覧になった 
事があるなら、お分かりになるであろう。 

そう、Kj最大の恐怖とは! 
「悪い事をすると、冷蔵庫で、氷付け」 

冷蔵庫は、内側から、開かない。 
これは現在なら、子供でも知っている常識である。 

しかし、この当時、子供の背丈程もある冷蔵庫は 
商売人の物だったのだ! 

しかも、業務用だけに、スペース的には6畳間よりも広いのである! 
いかんせん、中で自由に身動きができるだけに、怖い! 
怖いのである! 
だんだん、なくなってゆく、感覚と、関節の自由な稼動。。。。 

昭和の親父らしく、父は賭け事が大好きであった。 
相撲取りだったならば、即廃業の場所中止になったであろう事は 
想像にかたくない。 

ある晩、寝付けなかったオレは、親父たちが集まっていた1階に 
降りていった。 

そこには、上半身をはだけ、興奮した様子の父と、 
悲喜こもごもの店の仲間たち。 

絨毯の上には、カレンダーの裏側に「丁、半」と書かれたものと、 
色付きで中が見えないグラス、そしてサイコロのような物が 
確かに見えた。 

これ以上は私の口からは語る事はできない。。。。 

日々のストレスを、そのような賭場(あ、書いちゃった)で、癒す。 
これこそ豪放磊落な、愛すべき昭和日本人の一部分であろうか? 

※こちらはかつて、KjのMixiに日記として掲載したモノを
一部改変し、転載したモノです。

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