関東美修会 ~Les Enfant Terrible~ 華の章 第3章 ~若葉マークの初心者「ヤクザ」達・前~(仮)

「しっかし、ホンっト信長くんと来たら、組長らしくもないw」
なかなか慣れないもんだよね?と海堂は笑う。

ま、そんな自分はこれまたらしくない若頭補佐ってポジションだけども。
自分の発言にも穏やかに笑うだけの信長を尻目に、
海堂はPCのモードを切り替える。
これは明らかに「黒」の分野だな、レメゲトンだね。

瞬く間にモニターに映し出されたのは
「ターミナル」の様な数列が、幾何学的な配列で表された
ウィンドウと、禍々しさに溢れる文様の壁紙だった。

メインの3モニターの中央には、見慣れたブラウザが表示されていたが、
その見慣れたブラウザが「異質」に感じる程の
異様なスタイルのCGIを持つPC。
これが海堂が「黒」の分野に使用するPC「レメゲトン」である。

「レメゲトン」の網にかかったのは、虎峰組の傘下が経営する
キャバクラ「ルイード」の店長、木島であった。

侠雄舎の頃には、僕はここには居なかったからね。
こんな情報収集のやり方は、謙信の部下には出来なかったはずだよ。

ま、自分が「補佐」を務めているハズの謙信を呼び捨てにするのは、
ここに誰も居ないときだけにしておかなくちゃ。
海堂は自分を戒めた、つもりだったが。

木島のメール、FBのアカ、ツイートなどを丹念に洗う海堂。
その大半は、女癖の悪い木島の交友関係でしかなかった。
が、しかし、そこから「ルイード」周辺の、虎峰組幹部への繋がりが
少しずつ、しかし詳細に、浮き彫りになってゆく。

ビンゴだ。
偽名を用いてはいても「宇田」の構える事務所、今はケチな金融屋だが、
IPも偽装していなければ、宇田本人が直接、やりとりしているじゃないか。
このご時世、セキュリティが一番甘いのが、トップだったりするんだよね。

これでも僕は、元金融関係、だったりもするんでねw
そこからどこに、金が流れて行くのかは、丸裸って事。
地銀のチャチなシステム程度なら、突破どころか
もっとマシなシステムに再構築してあげられるぐらいさ。
「黒」の分野となると、とたんに饒舌な男になるのが海堂だった。

しかし、この「若頭補佐専用室」には、現時点では海堂一人である。
信長くんはきっと、幻ちゃんの所にでも行ったのだろう。

おしゃべりな心の声の口数を減らし、よりWebの深い海へ。
海堂は3年前の記録を丹念に航海して行く。

「飯島 真一」
海堂の心の声が、パッタリと止まった。


「若頭」その声に返事は無い。
普段であれば、めったに直接、声をかける事なんか無い。

しかし、事は急を要する事態かも知れん。
「乾、聞いているのか?乾?」自室に居るのは分かっている。

「済まん、考え事をしていたんだ」
いぶかしげな返答だ、乾らしくもないな。
しかし、俺が直接、声をかけるという事態は、緊急って事だ。

「ちょっと来てくれるか?困った事になりそうだ」
あれからちょうど3年、しかしまだまだ「ヤクザ」には慣れてないな。
かつては封印していたはずの「俺」という言葉を、
心の中で口にした海堂は、さっきまでの様子とは、
明らかに異なった雰囲気を見せる。

「全員を集めてくれ、海堂、俺もすぐに行く」
いつもの乾の素っ気ない返答、海堂はすぐにメンバー全員の
端末に招集をかけた。
信長ですらも、すぐにステータスを緑に変える事態。

さあ、どう出る?乾「教官」
君以外は全て、まだまだ若葉マークのままだ。
海堂は全員の到着を「若頭補佐専用室」で待った。


集まったメンバーの顔には、明らかに緊張が見える。
無理も無い、侠雄舎ですらようやく「痛み分け」にしか
持ち込めなかった相手だ。
他ならぬ信長ただひとり、いつもと変わらぬ微笑をたたえているが。
状況を説明する海堂の他に、口を開く者は居ない。

改正された「暴対法」により、表向きの理由はそんな所。
歴史のある組を解散するという重圧が、謙信の双肩に重くのしかかった。
しかし、謙信には寸分の迷いも無かった。
そして、迷わなかった謙信の前には、この場にいるメンバーが残った。
上等じゃないか「ヤクザ」初心者ども。

普段めったに笑う事の無い謙信が、不敵に笑うのを見たのは、
あれが最初で最後だったな。
海堂は思い出す。


「もはや、生きては居まい」そう口を開いたのは河上であった。
それは楽天的な信長ですら、同意せざるを得ない「事実」。

海堂の「レメゲトン」が導き出したのは、
侠雄舎に、謙信に、虎峰組の重要な情報を、
決死でもたらした飯島の死だった。

ヨーロッパをさまよい、飯島が行き着いたのは香港。
その香港で飯島は顔を整形し、それまでの関係を一切断って、
ひっそりと暮らしていたそうだ。

しかし、数日前の事、現地でのローカルニュースによれば、
偽名を名乗った飯島は、数ヶ月前から行方不明になっており、
その際、飯島以外の数人も同時に、姿を消していた。

その事件に、虎峰組が絡んでいた事が明らかになった。
正確に言えば、虎峰組本体と深い関わりを持つ、
チャイニーズ・マフィア「臥竜衆」による物である。

そして「レメゲトン」は更なる関係性を示した。
虎峰組と臥竜衆を結びつけたのは、他でもない、
あの宇田と「王」だったのだ。
謙信による狙撃未遂の後、宇田は「王」の命で香港に潜伏する。

「王」の先代が、戦時中に知己を結んだ男が、
他ならぬ、後の臥竜衆の創設者、劉 如宝(リュウ・シホウ)であり、
潜伏した宇田の目的は「王」と虎峰組、そして臥竜衆を
結びつける事だった。

当時、暴対法のあおりを喰ったのは、もちろん侠雄舎だけではなかった。
国政を担う「王」とて、世論は必ずしも全てに味方しない。
虎峰組には、この国ではない新たな「シノギ」の場が必要となっていた。
表向きには金融屋を営む宇田は、その活路を海外に求めたのだ。

「抜け目の無い宇田の事だ、
その大役を果たす事によって、自らの立場を「王」に
アピールしたかったんだろう」
謙信の言葉が、熱しやすい河上の激情をあおる。

「汚ねえ男だ」河上が吐き捨てる。

あの頃と違い、ここにはもう宇田派の人間など居ない。
侠雄舎を解散させたのは、組の中の宇田派を一掃する目的もあった。
でなければ、宇田のケジメを取る事も出来なかったからな。
謙信の二言目は、心の中だけに留めておいた。

「幻舟」
おおよそこの様な緊迫した場に似つかわしくない信長が口を開く。
口にしたのは、河上自身が名乗っている「号」である。
河上の激情を抑える様な機会でもなければ、信長はめったに
河上をそう呼ぶ事はない。

周囲の注目を集めた信長が静かに口を開く。

「君はどう思う?その宇田って男は」しかし信長はブレてはいない。
その顔から微笑み以外の表情を見せる事は決して無い。

そしてその一言は、問うた信長も含むメンバー全てにとって、
答えが一つしか無い事を物語っていた。

「美しくは、ないな」幻舟は微笑んだ。
この男達にとって、答えはそれだけでよかった。
だから謙信は、他ならぬこの男を、美修会という
新たな組織の頂点に据えたのだ。

「海堂と一条は、引き続き情報収集を頼む」
やれやれといった表情の海堂、情報収集は主に海堂の役目だったからだ。
ウチの若頭は相変わらず人使いが荒いねえw
もちろん、謙信の手前、実際にその言葉を海堂が口にする事は無い。

私の役割は、おそらく戦闘の準備って事だろう。
「紅蓮」のバージョンアップも控えている、時間はない。

一条は主立った情報収集を海堂に任せ、自室である
「保健室」に戻って行く。
その白衣は明らかに、一条が医師である事を示しているが、
一条の役割は、それだけではないのだ。

大丈夫、まだまだ「群」は、やっては来ないから。
もう数ヶ月は、耐えきれるだろう、一条はそう信じる事に決めた。


続く

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