関東美修会 ~Les Enfant Terrible~ 華の章 第2章 ~桃園と呼ぶにはあまりにも壮絶な・前~(仮)

あえて具体的な地名を出す事は避けたい。
何故なら、この地には「王」が存在する。
公然の秘密として。

元々は、戦後の日本の一般庶民に、
安価で、耐久力のある家庭用電化製品を広めた事で
その財の一端を成した人物がいた。
その人物は、一大ブランドとなった自社をグループ化し、
自身の故郷に大きな邸宅を造った。

ここまでなら、苦労人の一大出世物語として、
昭和の太閤記と称された事であっただろう。
もちろん、歴史の表向きに出てくる彼は、この後に世を去る。

しかし、その実子達は偉大な父の作り上げた出世物語を、
真裏では自分達の権力の為の「王国」に作り替える為に
「汚れた伝説」としてゆがめてしまう。

高度経済成長の最中、まだまだこの地の大部分の住民達は、
少ない仕事にあえいでいた。
そこに目を付けたのが、創設者の長子である。
彼はこの地に、ブランドの開発施設や、大小さまざまな工場、
そして、そこで働く住民達の為に、市レベルでの大規模な開発を行った。

ブランドは世界進出も果たし、それぞれグループ企業の
トップに座った兄弟達は、協力してこの市を「王国」へと変える。

つい数年前まで、日々の仕事の不足にあえいでいた住民は、
彼らの行った開発に熱狂する。
先祖より受け継いだ土地を持つ住民達は、その地価が価値を増し、
暴騰する事に驚きと喜びを爆発させる。
子供、孫の代まで残す事の出来る「財産」を手に出来るのだ。
彼らの信用が「王国」の礎となるのには、さほど時間はかからなかった。

ブランドが生み出す無尽蔵の資金。
若くして先代より会社を受け継いだ兄弟達は、満を持して、
「権力」をその手にする為に、暗躍を始める。

始めは一地方レベルの政治から、ではあったが、
圧倒的なまでの地元での知名度と、住民達の彼らへの「恩義」を武器に
驚異的な早さで国政の舞台に躍り出た彼ら。

長男が入閣し、大臣を歴任する最中、他の議員達への懐柔工作を繰り返し、
党を、内閣を、自分達の意向が届く様に変えてしまう。
彼らの出世に、先代の姿を重ねた人々も少なくなかった。
彼らの代の、出世物語の舞台はこの国、そのものであった。

そして、彼らの地元となるこの地は、
「王」を中心とした「王国」の完成、である。
彼らの勝因は「裏切り」が皆無だった事にある。

ここで「王国」の闇の部分について話そう。
街が発展を遂げ、山の様な仕事に追われる男達は酒や女で
そのストレスを発散する必要がある。
「王」も積極的に歓楽街を「統治」する必要がある。

この当時、その様な歓楽街や、暴力を必要とする「必要悪」として、
様々な暴力団がシノギを削った。
群雄割拠、まさにその言葉がふさわしいだろう。

中でも「王」がその力を注いだのが「虎峰組」である。
地回りと呼ばれる地域ごとの暴力団を次々に吸収していった虎峰組は
「王」の必要とした汚れ仕事を、次々に引き受け「王」の寵愛を買った。

もちろん表向きは「王」自身とは全く関係は持たなかったが、
市民レベルでは口々に関係は噂された。
その噂はもちろん、真実である。

カンのいい方なら、お分かりだろう。
虎峰組は、「王」とその兄弟にとって、醜い裏切りを防止する為の
「暴力による抑止力」となっていたのだ。

元々、多数の他の暴力団が次々と吸収されて大きくなった組である。
組内での派閥争いはそのまま、兄弟達それぞれの「兵隊」同士の
静かな争いにつながってしまう。
だから、お互いに手は出せない、という事になる。
冷戦状態にあった当時の世界の縮図が、この地にもあったのだ。

だが、この土地での虎峰組の夜の統治は強大になる。
兄弟と同じ様に、協力さえしていれば、全国でも最大級の組織となる規模。
「王」や先代と共に出世したのは、虎峰組も同じ事だった。
それは彼らと同様のやりかただったから、とも言えるであろう。


「良く出来ている、な、飯島」
謙信はそう、相手の男に声をかけた。

「それを探るのに、どれだけ死にそうな目にあったか・・・」
飯島という男も、その世界の住人と同様の風体を持っているにもかかわらず、であるが。
「正直、苦労はしましたが、残念ながら記事には出来ませんでした」
明らかに落胆の色が見える。

流し読みする程度でも、何らかの圧力によって記事に
出来なかった事はうかがえる。
「まあ、そう言うな、その苦労は俺が買ってやる、だろ?」
後に大きなサングラスを愛用する謙信ではあるが、
飯島には目線を隠さずに、今のそれよりも、茶目っ気のある笑顔で、
続けてそう軽口を叩く。

このつたないレポートに頼らなきゃならんくらい、
虎峰組の情報はこちらには伝わらないんだよ、ウチにはな。

謙信はそう心で思うのだが、ページにして数十ページを越える
そのレポートには、傘下の店舗や、有力な幹部などの個人情報まで、
事細かな詳細がまとめられている。

飯島という男の苦心がうかがえる出来映えだ。
つたない、と言ったのは、情報の漏洩を防ぐ為と、アシが付かない様に、
手書きによるレポートであるからに他ならない。

危険だ、飯島、やり過ぎたよ。
謙信の心がくもる。

「約束の金だ」謙信は飯島に約束した以上の色を付けた額を渡す。
「そして、この金を受け取ったら、すぐにこの国を離れろ」
先ほどの笑みが全く想像出来ないほど、謙信は真剣な表情を飯島に見せた。

「いいんすか?乾さん」驚きを隠せない飯島。
それはこのレポートが記事になった時でも到底かなわない額、
だったからだ。
その目は苦労が報われた安堵の表情と、こみあげる喜びにあふれていた。
謙信の二言目と真剣な表情には、気が付いていない様だ。

「構わん」
この額なら、この男は俺を裏切る様なマネはしまい。
こう見えても義理堅い男だからな。
しかし、その気持ちが、この男の寿命を縮める事になる。
謙信は、飯島の近い死を予感した。

「ご苦労だったな」
本当は俺が言いたい事は、そんな事じゃない!
謙信は叫びたくなる衝動と戦いながら、精一杯の作り笑顔を飯島に見せた。
逃げろ、逃げるんだ、地の果てまで。

「では、またいつの日か!失礼します!乾さん」
飯島は謙信の元を後にする。

「与田、行ってくれるか?」
側近の男に内線をかけ、飯島の護衛を言付ける謙信。
今は国外まで、ヤツに人を割く事は出来ない。

すまない、飯島、俺に出来るのはここまでだ。
その心の声が、謙信自身の気休めにしかならない事に、
他ならぬ謙信自身が、嫌悪していた。

だが、その嫌悪感は、飯島のレポートを読み進める内に、
虎峰組、そして「王」とその一族に対する嫌悪感に変わっていく。

やれるのか?俺に。
しかし、もう親父の手を借りる訳にはいかない。
俺が跡目を継いだ以上「侠雄舎」の看板を地に落とす訳にはいかない。

飯島の残したレポートには、この辺りで虎峰組の他にも、
有力な暴力団について、まとめられていた項目があった。

しかし、その中でも、かつてこの地に広く勢力を持っていた
一つの暴力団については、書かれていないどころか、
その名前すら、ここには載っていない。

飯島の名誉の為に付け加えるならば、それはミスではない。
他ならぬ、謙信自身の組織「侠雄舎」がそれだったからだ。

謙信はその8代目、にあたる。
父、乾 謙央は先日、その座を謙信に譲ったばかりであった。

「親父の為じゃねえ、お袋の為だ」
正妻ではない謙信の母を、もはや避けられない虎峰組との争いから守る為、
謙信自身が侠雄舎のトップになり、母を組の要人にする為である。

腹違いの弟を持つ謙信だったが、弟には侠雄舎を賭けて、
謙信と争うつもりはなかったのだ。
しかし、弟以外の都合がそれを許さない。

組織とはどれだけ一枚岩の結束を誇っていても、
代替わりする時には、そこにヒビが入る物だ。
侠雄舎の場合、それは謙央の正妻であったし、側近のひとりであった
宇田であった。

「俺が継いだ以上、おそらく宇田は侠雄舎を....」
その先は不用意に口に出す必要は無い。
まだ、宇田派の人間がいるかも知れないからな。

ん?
忌々しそうな表情の謙信の目が、光る。
まさか、これは?
でかしたぞ、飯島。


この街に。
胸いっぱいのノイズをたたえて、彼がやって来た。

「リアス式海岸、そしてフィヨルド地形」
その口調と、鋭利な眼光、そんな漆黒の男が。

「さあ、謙信、お前ならどこまでやれるんだ?」
「岩下 直樹」という名を持つ、その漆黒の男は、
微笑を浮かべて、虚空に呟いた。

「俺の知っているお前なら、ヤツらには勝てないかも知れない」
「その時は、俺は力を貸す必要があるだろうが、お前はそれを望まない」
「俺は不自然な事は嫌いでね、影で勝手に手を下す必要性は感じないが」
「あの時は、同じ側に立っていたからな」

寸分違わぬ、4人の漆黒の男。
「では、戦局を少しイジるとしようか」その刹那、
一人に戻ったその男がそっと呟く。

「ヒューマン・エラー」

ついさっきまで「彼」が立っていた虚空は、もぬけの殻。

「熱く、熱く、信じていたい♪」
しかし、それは確かに、直樹の歌声だった。

続く

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