Kj的恋愛論 〜番外編・Kj、自身の結婚の思い出について語る〜

あのご夫婦は、お元気だろうか?
長野出身の妻に、結婚前に連れられて行った、安曇野の小さな絵本館。

妻は昔から絵本が好きだった。
そんな妻が絵本を好きになったキッカケの一つに、
この絵本館があった。

人が好きで、その反面、人が嫌いで、
世の中を誰よりも真っ正面から受け止めようとしてるのに、
斜に構えて見ていたりもする。

そんな彼女は、僕にとって、スナフキンの様であり、ミイの様であった。
だからムーミンの様な僕を選んでくれたのだと信じてはいるが。

スナフキンなら泣いて喜びそうな、山奥の小道。
ついさっきまで容赦なく照りつけて、助手席の窓側の僕の腕を
日焼けさせていた夏の日差しが、瞬く間に心地よい、自然な陽気に変わる。

昼下がりの夏の山林に溶け込む様に、その絵本館は建っていた。
本来、こういった雰囲気の良い、センスのいい場所には、
男性が女性をエスコートするもんだね。
そう思える程、僕にとっても絵本の1ページの様に様になる場所。

きっとここになら、絵本の住人達が住んでいる。
そういったセンスに疎い僕ですら、そう信じてやまない場所。

彼女のとっておきの場所。
なぜなら、彼女の歴代の彼氏ですら、僕の他には
連れて行った事が無いらしい。

中に入ると、外見に勝るとも劣らない、暖かみのある、優しい風景。
ここでなら、何時間だって絵本の世界に没頭出来るよね。

著名な作家の物から、無名な絵本の類いまで、実に様々な絵本が、
所狭しと優しい風景に花を添える。
僕ですら、幼い日に読んでいた、数々の思い出がそこに
手つかずのままだった。

ひとしきり館内を彼女に案内され、喫茶スペースに僕を連れてゆく。
そこには、この建物と同じ様な暖かい雰囲気を持った、
優しい顔のご夫婦が。

ご主人は僕の顔を見て、すぐに微笑んでくれた。
それは奥様も同様だった。

ご主人が口を開く。
まるで絵本の最初のセリフの様に、穏やかな口調で。
「そういうことなんだね、おめでとう。」
ばつの悪い子供みたいな、それでいて少し誇らしげな彼女が、
「そういうことなんです、ご報告したいと思いまして」
カンの良さでは、恋バナ中の女子並みと自負する僕も、
ようやく、気が付いたよ。

合格、ってことだな。

「一人が好き、苦手な訳じゃない」
そう言っていた彼女ですら、困った時や苦しくなった時は、
この風景と様々な絵本、そしてこのご夫婦にその胸の内を
明かして来たのだろう。
そして、それが一度や二度では無かった事も。

僕は、それがすぐにイメージ出来た。
だから「ええ、話には聞いていたんですよ、彼女と婚約したんです」
「もちろん、幸せにするつもりですよ」

「あなたなら、それが出来るでしょうね、一目で分かりましたよ」
スナフキンな彼女、ミイな彼女には、ムーミンが合うに決まってる。
もちろん、絵本館にはトーベ・ヤンソン作品もあったからね。

それから、数時間。
僕の知らなかった、彼女は、僕の知っている彼女になった。
もうすぐ、また夏がやって来る。
また、あの優しい絵本の様なお二人に、会いに行こう。

今度は、僕のエスコート、でね?

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