関東美修会 ~Les Enfant Terrible~ 華の章 第3章 ~若葉マークの初心者「ヤクザ」達・中~

「虎峰組ね。そりゃ、オーサワさんも言うわ
「ウマい汁が吸える」って」
そんな流暢すぎる独り言を、きちんと日本語で思える中国人は、少ない。

その数少ない中国人の一人。
いや、多分だが、中国人、なのだろう。
それが、チョウとかいう、その男の不思議な所だ。

わざわざ、俺が出てくる必要があるのだろうか?
アジア人が、同じアジアの国に潜むのは、そうそう難しい事じゃない。
しかし、だからこそ、言葉の壁はその高さをはるかな物にする。

チョウが素晴らしいのは、そんなちょっとした言い回しや、
日本人としての所作を、きちんとこなす所だ。
だから、虎峰組でも仰々しい「客人」ではなく、
クリープの様にすぐに溶け込み、その色を変える事が出来る。

チョウは、日本に来るのは初めて、である。
そして、彼の知る日本人も「オーサワ」という男、ただ一人だけ。
だからこそ、アメリカの様な中国系が珍しくない国では、
もっと仕事はしやすかったはずだ。

「溶け込む」に最も適した男、それがチョウなのだ。

「そりゃ、そうさ」
「コピー」するだけなら、誰にだって出来るからね。
「借りるんだよ」
そうやって矢継ぎ早に、チョウは言うのだろう。

「ワタシ、日本来たの、そのためね」
出来るくせにワザとそう、カタコトで呟くのも、
チョウとかいう男の不思議な所だ。

趣味の悪過ぎる、旧態然とした、殺風景な部屋。
所狭しと、大きな水晶の置物の様な「いらない」物が飾られている。
ただ、そんな部屋でも、チョウにとっては楽園には違いなかった。
彼の原体験の部屋には、好きな時にこそ決まって邪魔をする「鉄格子」、
そして、慇懃無礼な、上から目線きわまりない「奴ら」がいたからだった。

メシを喰うのも、ぐっすりと眠るのにも、競う必要があった。
最初は、それにすら、逆らっていた。
路上には持て余しすぎる「自由」のみ。
何に逆らっていたんだろう?チョウはすぐに考えを改めた。
ここでなら、ハラいっぱい喰うことができる。
人は、過酷な環境であればあるほど「変化」に屈する生き物だからだ。

彼は「選ばれた子供」だった。
その施設には、彼の他にも「選ばれた子供」達がおり、そして、
そのほとんどが、チョウと同じ、路上出身だった。
そして、路上でもてあました「自由」を切り売りする毎日を過ごした。

「訓練」それが、生きる為に唯一、必要な事。
しかし、チョウは気づいた「全てをさらせば、先は無い」という事を。
それは「選ばれた子供」達が、次々と入れ替わったから。

彼は「施設」では、特別目立った子供ではなかった。
そこで求められた「能力」も、ありふれた物だった。

「ハラいっぱいメシが喰いたかった」
そう思い続けたチョウは、ある日、それを「盗んだ」
隣部屋のヤツから、そのありふれた「能力」を。
少し触れるだけで良かった。

「城田さん」殺風景な部屋で、目を覚ましたチョウが
隣の部屋に声をかける。

慌てて読んでいた雑誌を、放り投げた城田は、
「何か御用ですか?」と返す。
その風貌からは想像もできない程、丁寧な言葉遣いで。

「ちょっと出かけます、ハラが減りましたからね」
そんな夢を見た後は、決まってハラが減る。

「ええ、一人で大丈夫ですよ」当然だ「接待」にはもう飽きた。
来日直後の宇田との席や、城田との食事にも飽き飽きだ。
こんな部屋だから、そんな夢を見るんだよ。
この部屋も、チョウにとっては楽園ではなかった様だ。

あの頃もてあましていた「自由」
今もそんなに変わっちゃいないが、少なくとも
切り売りせずに、自分の為だけに使える。
「羽を伸ばす、ってね」「趙」はそう心の中で呟いた。

「幻舟、準備はいいか?」保健室からの声が響く。
一条の声が耳元に「反応」する。
幻舟は、子供の様な分かりやすい笑顔を、モニターカメラに向ける。
新しい「おもちゃ」だ、喜ばないハズがないだろう?
その意味を含めた笑顔だ。

「では、説明する」一条が続ける。
「今回のバージョンアップでは、主に紅蓮のセンサーを強化してある」
「反応速度が7%向上しているが、それにより・・・」
すでに幻舟には、一条の説明は聞こえてはいない。

この「おもちゃ」は、素晴らしい物だという事には揺るぎない。
幻舟は、その「紅蓮」という名の刀に心を奪われていたから。

しかし「孤水」の時の様な、トラウマを感じる類いの物ではない。
オトナのおもちゃ...
そんなベタなジョークを、幻舟は心の底にしまった。
そう、笑い飛ばしでもしなければ「孤水」はまた、彼を蝕む。
あの、乱れ柳の鋭い「刃」は、それだけの魔力を持っているから。

「幻、まずはアップから行こうか」
幻舟の自室として用意された、この「道場」には、
おおよそ似つかわしくない、色とりどりのレーザー光線。
それらの光線は、まばゆい各色の光をキラめかせながら、
冷たく、闘気をまとわない精鋭達を紡ぎ出す。

「笑止な」幻舟は即座に、一番近い光線を袈裟斬りにする。
「紅蓮」と呼ばれた、その「刀」の様なものは、
鮮やかな光を受け止め、鈍色の自らに戻してしまうのだ。
まるでLiveステージの様な光景。

幻舟の「舞」はさしずめ、アーティストによるパフォーマンス。
まだ、リハーサルにもならない。
「コイツは、しっくり来る!」幻舟は心の震えを隠せなかった。

「応!」気合いと共に、1つから3つに分かれた光を、
「紅蓮」は鈍色に戻してゆく。
幻舟の片目には、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)の様な
端末が装備されている。
その奥の瞳が、より一層の鋭さを増して行く。

そう「紅蓮」とは、幻舟が操る「刀」の様な武器。
一条がその総力を結集して造り上げた、現代を斬る為の
「現代刀剣」である。
特殊な製法により、より強度と軽量化を果たした
特殊なチタン合金によって作刀されたものだ。

闘いの主流はすでに銃などの火器に移って久しい。
刀剣をもって、そこに赴く幻舟を、現代の「闘い」は否定する筈。
それに真っ向から立ち向かったのは、一条を中心とした
技術的なサポートだった。

「紅蓮」と冠されたこの「現代刀剣」。
しかし、その正体は「刀剣型のタブレットPC」である。
Wi-Fiの電波が存在する場所ならば、柄の部分をタップするのみで
即座に保健室へのサーバーにアクセスし、GPSの情報をアップロードする。
「紅蓮」から得られた情報は、刹那の瞬間にサーバーにより解析され、
解析された情報により「紅蓮」は瞬時にその場に応じた「刀剣」となる。

当初は幻舟の超人的なスピードと先読みの能力に、紅蓮そのものの
反応速度がついていかなかったが、内部ロジックボードの
度重なる改良と、海堂が開発したソフトウェアの甲斐もあり、
今回のVer.1.7.3へのバージョンアップにてようやく
幻舟本人の「しっくり来る」との言葉が得られたのだ。

一条の顔に安堵の微笑みが生まれる。
なんとしても間に合わせる必要があった。

一条が抱える「群」
それは一度やってくれば、強靭な集中力をもってしても、
著しく、彼自身に多大な負の影響を与えてしまう。
それだけは、避けなければならない。

そんな緊張感と、プレッシャーをはね除けるだけの、
驚異的な一条の「集中」は、皮肉にも「群」によってもたらされたもの。
矛盾を抱えながらも、彼は「桐生」への対抗心を絶やさない。
その「桐生」への怨念にも似た「気持ち」だけが、
彼ら、一条自身と、幻舟にその「矛」を、持たせたのだ。

幻舟の光と体術のパフォーマンスは、終焉のときを迎えつつあった。
しかし、演出家、一条はこのフィナーレにふさわしい、
ゲストを用意していた。

謙信である。
幻舟の「それ」とは一線を画した、
優雅でかつ、機敏な「舞」
そのふたつが、道場の真ん中で、交錯する。

「若、まさか「戦技(せんぎ)」が相手に?」
一条による演出の巧みさに、驚きを隠せないながらも、
ニヤリと笑う幻舟。

その笑みがうかがえたのは、一条だけでなく、信長も同じだった。
「退屈しのぎにしては、役者が豪華だとは思わないか?一条」
信長は満面の笑みを浮かべ、まばたきすら、
一切するまいという決意を固める。

「お前はそれ以外に、俺が来た理由を考えられるか?」
いつもの仏頂面、しかし、その普段の表情を知る者なら、
わずかに謙信が口角を上げた事に気が付くだろう。

きらびやかなステージではなく、互いの緊張感が
その場の重力すらねじ曲げる程、
ふたりの異質な「氣」が濃密にたちこめた「道場」
次の言葉は、幻舟も謙信も、寸分の違いも無いものだった。
「相手にとって、不足なし」

同じ屋根の下。
達人同士がしのぎを削る「手合わせ」を尻目に、
幻舟と同じ不敵な笑みを浮かべる男が一人。
海堂はつぶやく「み〜つけた!」


続く

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