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缶しるこ

私は時代に取り残されたような架装車の修理工場に勤務しているのだが、そんなことよりもそこで共に働く風間という男のことを話したい

風間さんは年金をもらう年で、小さくて古い方の工場を自分だけの城としている

風間さんは頭は少し毛が薄めだが、胸元から白い胸毛を出す。私の周りの中で唯一イタリア人のイメージを持つ男だ。
もし万が一、同様に年金を受給しているイタリアのイメージを持つ女が現れたとしたら。見たいような絶対見たくないような事が起きそうで恐ろしい。

名前もカッコいい。風間なんて俳優さんみたい。北条あたりのレベルでないと太刀打ちできない。

頑固で職人気質。口が良くないが、チョコレートなど一粒でも握らすと喜ぶ。
今年に入ってから風間さんは「缶しるこに餅をいれて食べたい」的なことを言い出した。初めは年寄りの戯言だと思っていたが、あまりに言うので段々私も缶しるこを飲みたくなってしまった。
私の方が年齢的にまだ探す体力があったので、仕事の片手間に探してみたらまぁ無いこと。会社の目の前のコカ・コーラの自販機に入れてもらおうと思ってコカ・コーラに電話したら、しるこはもうないとハッキリと言われた。
実は私の手元にはひそかに去年もらった缶しるこがひとつあった。セブンイレブンで売ってた井村屋のやつ。賞味期限が2ヶ月過ぎていたけど、こっそり廃油ストーブの上に置いて温めて飲んでみた。
一口含んでカッと目を見開いて言う。
…うまいっ
間違いなくうまい。人を癒すうまさだ。
口に入れると小豆は小豆一粒の形が感じられるのに、下で潰せるくらい柔くてなめらか。
乳幼児に逆戻りしたようなレベルの甘やかし方だ。
これを風間さんに飲ましてやりたい。そう思った。

面倒なことははしょらせてもらうが、結局私が風間さんに納品したのは、伊藤園の自販機で買った『大納言あずき』という缶しるこだ。
あのじじい、せっかく渡したのに私の前では結局飲まなかった。そういうとこが本当にかわいくないのだが、風間さんは色んな本音をぽつりぽつりと私に話す。

「糖尿なんだよな、俺」

私は一瞬止まったが、「ふうん」と言うのみだった。
スマホで「自殺ほう助」について調べたくなる衝動に一旦はかられたが、すぐ諸々大丈夫だと思い直した。
長生きしてね、風間さん

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