赤ずきんから見るイメージの比較

グリム童話の赤ずきんの話とペロー童話の話の結末を比べてみると、森の定義なども違う事が分かった。まずグリム童話の赤ずきんは助かるが、ペロー童話の赤ずきんは助からないで、食べられたシーンで終わっている。また、グリム童話の中での森の定義が、とても広い森できこりもいて、おばあさんが住んでいるという事だったが、ペロー童話の方の森の定義は、おばあさんは村に住んでおり、人気のない森はおばあさんの家までのただの通過点に過ぎないという事がわかった。また、昔の近づきがたい畏怖の対象であった森から鑑賞される森になったという事が分かった。これらの事から、物語は一つしかないと思っていたが、同じ物語でも全く違う展開をするものがあると理解できた。したがって私が普段見ている映画などももしかしたら同じような物語を全く違う展開にした物語なのかもしれないと考えるととても興味深いと考えた。さらに、物語と同じく、キャラクター像も一つしかないと思っていたものが、2通りあった事から、イメージして物の価値を断定するのではなく、広く視野を持ち常に色々な物事に対し、疑うという姿勢をとりながら行動する事が大事だと考えた。

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