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2012花園大学


花園大学2012の異変

すでに、ジャパンの試技順も発表になったので、気づいている人も多いと思うが、今年のジャパンの試技順にはちょっとした異変がある。

インカレチャンピオン・菅正樹(花園大学)の名前がそこにはない。
故障か? と心配する人もいるだろうが、そうではない。
菅は、シルク・ドゥ・ソレイユ入りが決まり、大学を休学して9月からカナダに渡っているのだ。じつは、それは菅だけではない。この2年間、常に「優勝候補」にあがっていた花園大学団体のメンバーの中の3人(石井勝也・田原丈嗣・遠藤竜馬)もシルク入りしてしまった。

私は、彼らのジャパンでの活躍を期待していた。
だから、彼らの演技をジャパンで見られないこと自体は本当に残念だ。

ただ、それが本人達の意思であり、希望だったのならば、「行くべきではなかった」とは言えない。また、「行かせるべきではなかった」とも言えないと思う。彼らが2年間、シルクに行っている期間を休学扱いにする大学のことを、「甘い」という人もいるかもしれないが、では、「行きたければ大学は辞めて行く覚悟をしろ」と言ったら、彼らは辞めてしまったかもしれないことを思えば、懐の深い、寛大な大学だと思うこともできる。物事にはいろいろな側面がある、一方向からだけ見て、批判するのは傲慢なことのように思う。

もちろん、問題もある。
日本の男子新体操が軽く扱われたように感じる人もいるだろう。
ただ、それは、シルクに行った彼らのせい、ではないように思う。
インカレやジャパンよりもシルク! という選択をする学生が出てきたことをけしからんと叱責するのではなく、どうしてそうなってしまったのか? 考えるべきなんじゃないかと思う。

シルク・ドゥ・ソレイユは、素晴らしいパフォーマンス集団だ。
その舞台に立つことを夢見て、日々努力しているアスリートやアーチストはたくさんいる。だが、それは、本当に、自分が今まで懸けてきたはずの競技の全日本選手権を棄ててまで行くべきところなのか? それは人それぞれとしか言いようがない。
ただ、このところ、「シルクに入る」ということが、とてつもない名誉であるかのような風潮があったように思う。「シルク入り」できれば、成功者であるような。そんな空気の中で、「自分も行きたい」という思いをもつ人間が増えるのは当然だし、ああいうものは毎年必ずチャンスがあるわけではないことを思えば、「今がチャンス」であれば、たとえ学生でもチャレンジしたいと思うのも無理はない。親だって、チャンスととらえ、大学はどうでもいい、と思う人がいてもおかしくない。

いつの間にか、「シルク・ドゥ・ソレイユ」をそんなふうに崇め奉ってしまっていたのだから。

私は、このことに関しては、ただシンプルに、「花園大学の団体はメンバーが大きく変わった」とだけ受け止めたいと思っている。それ以上でも以下でもない。
そして、この大きなメンバー変更が、花園大学団体を、どう変化させたかを、ジャパン前に見ておきたかった。

だから、京都に行ってきた。

結論から言えば、花園大学は、いい演技をしていたし、いい練習をしていた。団体メンバーの3人を失ったかもしれないが、失うことで得られるものもある。そう感じさせてくれた。

「闘将」


特筆しておきたいのは、ただ一人の4年生・山口竜昇のことだ。
小林秀峰高校出身の山口の名前は、「真面目」とセットで語られることが多い。
とにかく真面目で一生懸命。そんな山口が、今、花園大学団体を率いている。

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山口に、ジャパンに向けての抱負を聞いてみた。

「ジャパンに向けては、やれることをやるだけです。今のチームになって、一人一人の力は、インカレのときよりも下がったかもしれませんが、チーム力としては下がっていないと思います。むしろ、みんながやらんといかん! とわかっていて、練習頑張っているという面では、チーム力は上がっているとも言えます。今の自分達の力では勝てないと思っているので、みんなきつい練習でも文句も言わず、頑張っています。
自分自身、4年が1人になってしまって大変ですが、やりたいようにやれる良さもあります。今までは自分の意見を出せずに、「練習量が少ないんじゃないか」と思っていても、そのまま終わっていたのが、今は、納得いくまで練習することができます。

多分、後輩達も内心は、「きついなあ」と思っているでしょうが、それでもやらせてくれる。先生も同じです。自分はやはり、優勝して終わりたいと思っているし、高校時代のチームメイトである日高祐樹(青森大)には負けたくないです。

それに、花園大学で、この団体をやることを選んだメンバー達ですから、このメンバーでやるしかないし、勝ちたい。自分も勝ちたいし、後輩達も勝たせてやりたい! です。」

ただでさえ、真面目で熱い山口が、この日は、いつにも増して熱く語ってくれた。

そして、練習を見て、私は山口の言っていることが理解できた。この日の花園大学の練習は、今まで私が何回か見た練習の中で、もっとも厳しく、もっとも真剣味があった。

ただ、強力メンバーを失った、のでは断じてない。

少し前までの、「俺達、いけるぜ!」というような勢いではなく、とにかく「やるしかない!」というひたむきさ、必死さ、そんなものがフロアに満ちていた。
分習で、なかなかOKの出ないパートがあった。

「惜しいけど、もう一歩。もう1回。」と、野田監督にダメ出しをされ、「今度で終わりにしよ! 大丈夫、いけるよ」と山口がメンバーに声をかけると、メンバーはそれぞれに、「足元気をつけましょう」「呼吸しっかりしていきましょう」「集中!集中!」と声を出す。そして、山口が「軽く決めよう。力入りすぎないように、楽にやろう!」ともう一度、声をかける。

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ところが、思いがけないミスが出る。
「もう一歩」まできていたのに、「なんか後退した感じ」と言われ、また同じパートをやる。それが何回も何回も、続いた。しかし、本当に誰も文句ひとつ言わない。きつそうな顔は時折見えてしまうが、嫌そうな顔は誰もしない。

明らかに誰か1人のミスで、ダメだったときも、誰もミスしたメンバーを責めたりはしない。ただ、みんなで、「次は大丈夫!」「今度こそ、決めよう!」「元気出していこう。声、小さくなってきてるよ」と声を掛け合い、気持ちを盛り上げる。
そのときも率先して声を出しているのは山口だ。
真面目さには定評があるが、決してリーダーシップに長けたタイプではなかった山口が、本当に必死にチームを引っ張っていた。
その必死さがおそらく後輩達には伝わっているのだろう。本当に誰も文句も言わず、嫌な顔もせず、その演技で、声で彼らは山口を、そしてチームを盛りたてていた。

「失くして得たもの」

今の花園大学は、とてもいいチームだと、私は思った。
個々の能力の足し算でははかれないものがあるのが団体だ。

花園大学団体は、3人のメンバーを失いはしたが、代わりに大きな財産を得たように思えた。

山口は言った。

「自分は踊るのが好きだし、新体操が好きなんです。
好きだから、練習もするし、練習を必死にやるからこそ、
負けたくないんです。」

そんな風にまっすぐに言える4年生がいて、チームを引っ張っている。
そして、それについていく後輩達がいる。
それが今の花園大学団体だ。

コーチの桝平庸介は、言う。

「インカレメンバーから3人、どんと抜けたので、タンブリング力などは落ちたと思います。でも、身長が大きくなり、揃っているので、大きさや重みのある演技は見せられると思います。
それに、このチームは、今までで一番練習しているし、よくやってます。新チームになったばかりのとき、かなり危機感があったので、それがいいほうに作用しているようです。
キャプテンの山口が、真面目で練習熱心だし、しんどいことでもすすんでやろうとする。とにかく積極的に練習しています。おかげで、6人が団結した団体らしいチームになってきたと思います。
結果は、もちろん良いほうがいいですが、まずは予選と決勝で2本、完璧な通しをやってほしい。そうして、4年が1人になってつらい気持ちもあるなか、頑張っている山口が、満足できるジャパンになればいいと思います。団体から抜けた選手達に、ここにいたかったな、と思わせる演技をしてほしいです。」

「おそらく周囲からは、どうせダメだろうと思われているでしょうが、予想通りダメではつまらないから。やってやる! という気持ちでジャパンには向かいます。」と、野田監督も言った。


山口は、「後輩達に勝たせてやりたい」と言ったが、後輩達もきっと同じ思いだろう。「山口さんを勝たせてやりたい」きっと彼らはそう思っている。

その気持ちは、おそらく山口にも伝わっているのだろう。彼は言った。

「いいメンバーです。自分はこのチームが好きです。」

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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。