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2010大舌恭平(青森大学4年)

「ミラクルエイジ」

インカレでの大舌恭平は、まさに「千両役者」の風格と輝きをもっていた。今の彼は、「銀のスプーンをくわえて生まれてきた王子様」のように見える。なんの苦労もなく、持って生まれた才能を生かして、ここまできたのだろう、というように見えてしまう。彼の演技は、華やかで苦労とか努力とは無縁に見えてしまうのだ。とても自由に、思いのままに踊っているだけなのに、人の心をつかんでしまう、そんな演技に見えるのだ。
しかし、じつは。意外にも大舌は遅咲きな選手だった。
男子新体操の名選手を輩出し続けている岡山県の井原ジュニア。大舌はその創設期からのメンバーだ。うちにある資料に、彼の名前がいちばん最初に出てくるのは、2002年の全日本ジュニアだ。このとき、井原ジュニアの団体メンバーに名前を連ね、井原ジュニアは4位になっているが、個人では出場していない。同級生の北村はこの年、ジュニアチャンピオンになっており、チームメイトの谷本も個人で9位になっている。この時点で大舌は「出遅れて」いた。
翌2003年の全日本ジュニアで、大舌の所属する井原ジュニアは、団体優勝を遂げる。ジュニア最後のこの年、大舌も個人で出場を果たしているのだが、スティック1種目だけに出場し、クラブを棄権。直前の怪我のため、メンバーの替えがきかない団体を優先した苦渋の決断だった。この年、北村は2位、谷本は5位。また少し差が開いてしまった。

2004年には、精研高校に進学。インターハイには、谷本といっしょに団体メンバーとして出場して5位。個人では、当時同じ高校にいた兄・俊平(烏森RGメンバー)がインターハイに出場。北村だけが高1のときから個人でインターハイに出場している。
ところが、2005年3月、高校選抜大会で大舌は、優勝する。個人に関しては全国でなんの実績もなかった高校1年生が、突然の優勝である。しかし、2005年のインターハイでは、精研高校は団体優勝をするが、個人は17位におわる。団体では優勝して、個人が残念な結果におわる、ジュニアのときと同じだった。北村は、この年のインターハイで2位になっている。縮まったと思った差は、また開いたかのように見えた。
しかし、2006年、大舌にとって最後のインターハイで、ついに個人優勝を遂げる。この年は、団体でも優勝。大舌は、2つの金メダルを獲得している。個人準優勝は、北村だ。そして、2006年にはオールジャパンにも個人で出場し、なんと5位になる。もちろん、高校生としては最上位だ。
怪我に泣き、ミスに泣いてきた大舌は、高校最後の年になってついに大舞台で結果を出したのだ。

そして迎えた2010年インカレ。大舌の演技には有無を言わせぬ力があった。なにしろ「ミラクルエイジ」だ。同級生であり、ライバルである北村や谷本も見事な演技で応酬した。誰が勝ってもおかしくない、そんな試合だったのだ。しかし、そんな激戦でありながら、なぜか大舌恭平の優勝はまるで必然であるかのような、そんな空気すらあった。それが、2010年のインカレだ。
勝つ試合での大舌は本当に堂々としていて、負ける姿が想像できない。それほどのオーラがある。しかし、それは決して簡単に何回も手に入ったものではないのだ。高校でも大学でも、最後の最後にやっと爆発できた。じつは、大舌恭平はそんな選手だ。

おそらく。
もともとはそれほど「勝ち気」な性格ではないのではないか。フロアから降りた素の大舌を見ると、そんな気がしてならない。ついに大学チャンピオンに登りつめたというのに、やけに気さくで「近寄りがたい雰囲気」のかけらもない。人なつこい笑顔の素朴そうな22歳の青年だ。いい意味で、「勝ち続ける選手」というタイプではないのだ。
演技もそうだ。大舌の演技からは、「自分のよさを見せたい」「この動きを見せたい」「こう表現したい」・・・そんな欲はしっかり見える。ガンガン伝わってくる。
しかし、「負けない!」「俺が一番だ!」という欲は? あまり見えてこない。だからこそ、大舌の演技は、見ている者の心に「うまい、すごい!」だけでない「なにか」を強く残すのではないだろうか。大舌は、実力や素質のわりには「金メダル」には恵まれなかった選手、かもしれない。だけど、それは決して悪いことではないだろう。競技成績は競技成績にすぎない。現役を離れてしまえば、現役時代に思っていたほどの効力などない。

それに対して、演技のもつ魅力、その選手が人としてもつ魅力。それは消えない。あのときのあの選手は何位だったという記憶はすぐに薄れてしまう。しかし、「大舌恭平のルパン(リング)見た?」「大舌恭平の月光(スティック)かっこよかったよね~」という記憶は長く残る。そういうものだから。
オールジャパンで彼は、きっとみんなの記憶に残る演技を見せてくれるに違いない。だって、彼はそのために、ここまで新体操を続けてきたのだから。代々木第一体育館の空気を「恭平オンステージ」に変える、そんな演技を期待したい。

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「2010年を締めくくる至高の対決」

 2010年11月20日、第63回全日本新体操選手権の2日目。男子個人総合では、前半2種目を終えて、今年度学生チャンピオンの大舌恭平(青森大)と、2007年にすでに一度全日本チャンピオンになっている北村将嗣(花園大)の2人が、18.900の同点で首位に並んでいた。


 迎えた2日目、大舌はクラブの試技順1番でフロアに登場した。クラブは大舌の良さが最もよく見える作品。一つ一つの動きに「自分の良さを見せつける」という意思が感じられる強い演技を完ぺきにこなし、その時点での最高得点となる9.525をマーク。まるで、「勝つのは俺だ!」と宣言するかのような演技だった。

 対する北村のクラブの演技は、フラメンコギターの調べにのった芸術性あふれる演技で、手具のキャッチひとつにまで曲に合わせた表情が感じられる。大舌が見せた「勝利への執念」とは、対極にある「自分の表現の世界に入り込む」演技で、得点は9.500。大舌が一歩、リードした。


 最終種目のロープは、大舌が先に演技を行った。大舌がこだわり続けてきた体の線、とくに脚の美しさを存分に見せる演技だったが、痛恨の落下が1回あり、9.325に終わる。この時点で、北村は最終種目で9.350以上を出せば優勝という優位に立った。9.350は北村には十分可能な点数である。が、それだけにこの局面で、平常心で演技することは難しいのではないか、そんな展開になった。


 北村のロープは、少しゆっくりしたピアノの旋律で始まる。しかし、どんどんスピードが上がっていき、彼独特の息もつかせぬような手具操作が次々と繰り出される。一瞬でももたつくところがあれば、演技全体の印象はぐんと落ちてしまう、そんな作品だが、この一世一代の勝負が懸かった場面で、北村のロープには寸分の狂いもなかった。どこまでも音楽と手具とが一体となった軽やかな演技は、9.525という高い評価で、北村将嗣は2007年に続いて2度目の全日本チャンピオンになった。


 ロープの演技を終えてフロアマットから降りるとき、北村はマットに手をついて何かをつぶやいていた。それから今度は、審判に対して、観客に対して誰よりも深く頭を下げ、「ありがとうございました」と大きな声で言った。このとき、大学生活最後の一番大事な試合で、最高の演技をさせてくれたすべてのものに彼は感謝しているようだった。

表彰式後のインタビューで北村は、「個人的には新体操に点数って必要なのかな? と思います。一人ひとり違うことをやっているのだから、順位なんてつけられないんじゃなかと」と言った。もちろん、勝てばうれしい、負ければ悔しい、でもそれだけが価値ではない。「曲はBGMではないので、ちゃんと動きや操作が曲に合った演技がしたい。それも、人とは違うことをやりたい」と言う北村。演技構成を考えるのが得意で、「手具で遊んでいれば演技はできます」とも言う。本当に新体操が好きで、好きでここまできたのだろうということがよく分かる。

 それでも、ときに“勝ちたい気持ち”にのまれそうになる、だから、今大会では意識的に途中経過をまったく耳に入れないようにしてきたのだそうだ。「無欲」な状態をつくるように努め、「勝つことよりも、応援してくれた人たちに自分の成長を見せられたらいい」という気持ちを大切にした。その結果、今大会での彼の演技はどこまでも自由に躍動し、そこに「勝利」は舞い降りた。

一方、きん差で準優勝となった大舌は、この結果を「正直悔しい」と言った。インカレでは北村を抑えて優勝しているだけに、彼はこの大会での優勝を狙っていた。本来は大舌も「一番重要視しているのは表現。曲のイメージに合った動きを考え、曲とマッチする演技をつくるのが一番難しくて、楽しい」と言うような選手だ。また、自分の個性へのこだわりが強く、「自分だから見せられる人とは違う良さをアピールして、会場を沸かせたい」と語るように、大舌のモチベーションは常にそこにある。

 しかし、その大舌が今回の全日本では「勝ち」にこだわった。北村とは対照的に、大舌は“勝ちたい気持ち”を正直に出した演技を見せた。だから、この大会での大舌の演技にはすさまじいほどのエネルギーがあった。大きな身体、広い可動域を生かしたダイナミックな演技が持ち味の選手ではあるが、この大会での演技は、周りの空気を熱風に変えるほどのパッションにあふれていた。「チャンピオンにふさわしい」という説得力は大舌の演技にも十分あった。勝負のあや、時の運。個人総合での北村との差はそれだけだったように思う。

 現に3日目の種目別決勝では、3種目を大舌が制した。唯一優勝を逃したリングでも1位の北村とはわずか0.05差。もう少しで4種目を制覇する勢いだった。


 2010年は、男子新体操にとっていい年だった。テレビドラマ化、舞台化で認知度もあがり、全日本選手権でもかつてない観客数を集めた。そして、北村将嗣、大舌恭平という2人のチャンピオンの至高の戦いを、今シーズン最後の大会で見ることができた。

「男子新体操の魅力、可能性」を多くの人に知ってもらうことができた2010年、男子新体操の本当の勝負はこれからだ。

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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。