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2021全日本インカレ前(鹿屋体育大学)~Yahoo!ニュース個人掲載記事

 東京五輪序盤で、大会をおおいに盛り上げたのは間違いなく体操競技だった。リオ五輪以降、ライバルである中国、ロシアにやや水を開けられた感もあった日本の男子体操だったが、1年の延期を最大限に生かした追い上げを見せ、団体総合でも僅差の銀、個人総合では橋本大輝(順天堂大)が金メダル獲得。種目別でも萱和磨(セントラルスポーツ)があん馬で銅、橋本が鉄棒で金と「体操日本」の面目躍如の活躍を見せたのだ。
 この日本の躍進の原動力となったは橋本大輝の急成長だった。2019年には高校3年生で初の世界選手権出場を果たし、団体総合銅メダル獲得に貢献、種目別でもあん馬と鉄棒で決勝に残る大活躍を見せたが、このときまでは熱心な体操ファン以外には「橋本って誰?」状態だったと思う。が、そこからの急成長は凄まじかった。
 2020年4月に順天堂大に進学すると、新型コロナによる延期で例年よりも遅い10月に行われた全日本インカレでは1年生ながら優勝。順天堂大も他を圧しての団体優勝を成し遂げていたが、その中心的存在となった。2021年になってからは、4月の全日本選手権、5月のNHK杯と優勝し五輪代表入りを決め、6月に行われた全日本種目別では鉄棒で優勝。そして、東京五輪での大活躍だ。
 今や日本中知らない人はいないだろう有名選手となった橋本だが、その橋本の五輪後初試合となるのが、9月1日から静岡県で行われている全日本インカレだ。所属する順天堂大の団体連覇もかかっているこの大会では、「JAPAN」ではなく、「順大の橋本」として、チームに貢献し、2024年のパリ五輪では「JAPAN」を背負う選手になることを目指しているだろう大学生たちにおおいに刺激を与えてくれそうだ。
 2020年の全日本インカレでの団体優勝は順天堂大だったが、2位には鹿屋体育大が入るというサプライズがあった。サプライズと言うには失礼なくらいの力は着実につけてきていた鹿屋体育大ではあるが、長年、大学生の男子体操界は順天堂大と日本体育大の二強状態が続いており、そこに割って入ったことは快挙だった。

杉野正尭(2018年撮影)

 このとき、鹿屋の中心選手だったのが、東京五輪の補欠だった杉野正尭選手(現在は徳洲会体操クラブ/鹿屋体育大学大学院)だ。杉野は2020年の全日本インカレでは個人総合7位とこの時点の成績からは、半年後の東京五輪予選で限りなく代表に近いところまで迫れるとは予想できなかったが、あきらめず食らいつくひたむきさが、最後の瞬間まで代表入りの可能性を残して全日本種目別鉄棒を迎えるという好勝負に繋がった。

藤巻竣平(2018年全日本インカレで撮影)

 そんな杉野を間近で見続けてきたのが、藤巻竣平(鹿屋体育大4年)だ。藤巻も、2020年全日本インカレでは個人総合9位、2021年全日本選手権17位、NHK杯13位と、杉野卒業後の「鹿屋のエース」と呼ぶにふさわしい活躍ぶりだが、春の大会では悔しさと手応えの両方を感じたという。「今年は、NHK杯で12位以内に入ってナショナル入りすることが目標でしたが、全日本でつまずいてしまって、全日本を終えたときには12位の選手とは1.6差ついてしまっていました。」大学生最後の年の最初の試合で、思うような結果が出ず、沈みそうな気持ちを奮い立たせることができたのは、環境の力があったという。

前野風哉、杉野正尭、藤巻竣平(2018年秋撮影)

 「当時の鹿屋では、日本代表入りに本気で懸けていた杉野さん、あん馬日本一の市口大和さん、つり輪日本一の長野託也さんなどが、一緒に練習していました。日本のトップにいる選手は、結果を出すだけの練習をしていることを目の当たりにできていたのは、自分にとっては大きかったです。」どんな状況でも「目標は変えずに持ち続ける」ことを胸に、NHK杯での逆襲を誓って1か月間、自分の技と心を磨き続けた。結果、13位とあと一歩、目標には届かなかったが、「12位とは0.1差。そこまで追い上げられたことは自分にとっては自信になりました。」という。
 とくに、全日本⇒NHK杯⇒全日本種目別と、どんどん日本代表入りの可能性を高めていった杉野の鬼気迫る練習ぶりには、学ぶものが多かった。「(杉野)正尭さんは、東京五輪に出るとずっと言ってました。誰も本気にはしてないような頃からずっとそうでした。でも、言うだけの練習もしていて。正尭さんと同じ練習していたら体壊すな、と思うくらいの練習量をこなしていました。目指すところが高いから、どんどん技の難度も上げていくので、はじめは形にならずかっこ悪くても、そのかっこ悪い練習を泥臭くやれるのが正尭さんの強さだった。だから、最後の最後、あそこまで代表に迫れたんだと思います。」

杉野正尭(2021年6月撮影)

 はじめは途方もない夢だった東京五輪出場に、大学での4年間で限りなく近づいていった杉野を、いちばん近くで見ていたのは、1学年下でいわば杉野から「鹿屋のエース」を引き継いだ藤巻だ。「全日本インカレではいい試合をして、団体優勝、そして個人でも結果を出したいです。ライバルたちは強いのでかなり厳しいことはわかっていますが、自分たちの最高が出せれば、勝負はできるはず。自分は、高校3年のときのインターハイで団体優勝しましたが、このときも自分のいた埼玉栄高校は優勝の最有力候補ではなかった。でも、みんなが力を出し切ったことで0.5差で市立船橋に勝って優勝できたんです。あのとき経験したことを、鹿屋の仲間たちとやりたいな、と思っています。試合では何が起きるかわからないからチャンスはある、と思います。」

藤巻竣平(2021年6月撮影)

 そして、最高学年になった今年は、ひとつ目標が増えた。「後輩たちに、“あの人があれだけやっているんだから、自分も頑張らなきゃ”と思わせる練習をしていきたい。量もこなしながら、質も求める。正尭さんがそうだったように。」
 鹿屋体育大の団体メンバーには、藤巻(NHK杯13位)のほか、長谷川毅(NHK杯17位)、上山廉太郎(2020年全日本インカレ27位)、金田希一(2020年全日本インカレ29位)らがいる。しかし、最強のライバル・順天堂大には、橋本大輝をはじめ、三輪哲平(NHK杯4位※東京五輪補欠)、大久保圭太郎(NHK杯23位)、鈴木茂斗(NHK杯24位)、村山覚人(NHK杯27位)と鉄壁のメンバーが揃っている。また、昨年は鹿屋の後塵を拝する結果となった日本体育大学も、全日本種目別平行棒チャンピオンの杉本海誉斗、土井陵輔(NHK杯20位/全日本種目別ゆか3位)、千葉天斗(2020年全日本インカレ18位)らが2019年以来の団体優勝のチャンスを狙っているだろう。世界の金メダリストとなった橋本大輝の五輪後初戦として、また、トップ3大学の熾烈な団体優勝争い。さらには、橋本に続く大学生の逸材は現れるのか? など注目すべき点の多い今大会だが、新型コロナ感染拡大のため、無観客開催となっている。会場で選手たちの熱戦に声援をおくれないのは残念だが、体操ファンにとっては悲願ともいえるライブ配信が行われる。それも、種目ごとにカメラが設置されているので、うまくはしごできればどの選手のどの種目も見ることができる。男子1部校の団体競技は、3?4日の2日間にわたって行われるが、順大、鹿屋体育大、日体大が出場するのは、9月4日(土)12:05~14:35。順天堂大は、あん馬から。鹿屋体育大は平行棒、日体大はゆかからのスタートとなっている。ライブ配信で、この見逃せない戦いを目撃しよう!
※Yahoo!ニュース個人 2021年9月3日公開記事

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