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2017全日本種目別選手権の注目選手~前野風哉(鹿屋体育大学3年)~Yahoo!ニュース個人

「96年組5番目の男」

今年の4月7日、今シーズンの国内初戦となった「第71回全日本体操競技選手権大会」の予選が終わったとき、世間はあっと驚いた。絶対王者の内村航平(リンガーハット)が4位。予選首位に君臨したのは、1年前のこの大会では予選落ちしている千葉健太(順天堂大)だったのだ。

2017年全日本選手権予選1位となった千葉健太(順天堂大)も96年組のひとり

それだけではない、予選で内村を上回り、2位には谷川航(順天堂大)、3位に白井健三(日体大)が入り、萱和磨(順天堂大)も内村と同点4位。最終班の6人の中に、白井健三とその同級生3人が揃って入り、「96年組の躍進」が大きくクローズアップされた。その同じ大会で、僅差で7位となり最終班入りにあと一歩だったのが前野風哉(鹿屋体育大)だ。予選では鉄棒だけが13.600、他5種目は14点台と安定した演技を見せ、6種目合計85.100。6位との差はわずか0.150だった。「終わってみたら上の選手との点差があまりなくて。ミスもあってのこの点数なので、これは自信になった。」と前野は言う。そして、「いつかは同期に勝ちたいし、96年組と言われている中に自分も入っていきたい」と続けた。
前野風哉は、今年、大学3年生。
白井健三らと同じ学年。つまり「96年組」だが、メディアが「96年組」と呼ぶのは白井、谷川、萱、千葉までの4人だ。
いわば、「96年組5番目の男」。それが前野風哉だ。

同期のスター達を見上げ続けたジュニア~高校時代


前野にとって、「96年組」の4人はかつて雲の上の人だった。「航とはジュニアから同じクラブで、ぼくは小3から体操を始めて、航と同じクラスで練習できるようになったのは小6のとき、そのころから別格にうまかった。和磨も同じ千葉県の選手だったので、ジュニアの試合で見ることがあったが、うまかった。健三や健太も中3のときに、全日本ジュニアで見たら、すごくうまくって。高校生のころは、彼らに追いつきたいとか、勝ちたいなんてあまり考えてなかった。それくらい彼らは、別モノだった。」
高校は、谷川と同じ名門・市立船橋高校。
2012年の高校1年生の高校総体の個人総合で、千葉12位、谷川22位、萱25位、白井29位だが、前野は出場していない。
白井健三が初めて世界選手権に出場し、ゆかで金メダルを獲得した2013年、高校総体の個人総合は、谷川2位、白井3位、萱3位、千葉5位と、2年生ながら4人は一気に順位を上げるが、前野は出場していない。
当時の市立船橋では団体戦に出場できる4人に入るハードルはそれほど高かったのだ。同じ2013年の全日本ジュニア(クラブチーム対抗戦)に、やっと前野の名前を見出すことができる。高校2年のこの年、前野は全日本ジュニア個人総合で10位に入っている。しかし、この試合でも、萱2位、白井3位、谷川5位とは差があった。
2014年、高校3年の年。代々木第一体育館で開催された高校総体で市立船橋高校は団体優勝を成し遂げる。このときのメンバーには前野はしっかり入っていた。個人総合でも、7位と健闘した。が、このときも谷川1位、白井2位、萱3位、千葉は5位だった。この年の11月、全日本団体選手権で市立船橋高校は、予選7位と健闘したが、6位までが進める決勝には進めなかった。が、このとき、前野は6種目すべてに出場し、84.600を上げている。同大会で谷川は87.600、千葉は86.600をマークしているが、前野の得点も高校生としてはハイレベルには違いなかった。大学生になったら、この差はもっと縮まるかもしれない、と見ている側を期待させる選手に前野は成長しつつあった。そして、その前野が進学先に選んだのは鹿屋体育大学だった。

環境を変えるために鹿屋体育大学への進学を選択

白井は日体大、谷川、萱、千葉は順天堂大に集まる年、そこに前野がいないのが不思議な気はしたが、彼は遠く離れた鹿児島の鹿屋を選んだ。「市船のころは、同期も先輩も自分よりうまい人がたくさんいて、自分はずっとその後ろにくっついていた感じだった。同じ大学に行って、ずっといっしょにいたら、自分は変われないんじゃないかと思った。」と前野は、環境を変えることを選択した。「高校生までは、彼らのそばにいて、難しいことがあれば教えてもらう立場にいた、そこにいられなくなることの不安は正直あった。」しかし、前野の「彼らの後ろにくっついている自分」を変えたいという思いは本物だった。

2015年、大学1年の全日本インカレでは、個人総合18位となり、鹿屋体育大学の選手の中ではトップの成績を収めた。11月の全日本団体選手権では、予選、決勝とも6種目出場。予選では86.650、決勝では85.550と高校時代よりも得点をぐっと伸ばした。
白井健三がついに五輪出場を果たした2016年、大学2年生になった前野は4月の全日本選手権で18位、NHK杯で15位になった。ナショナル選手の基準になる12位が、もう目の前に見えるところまできていた。全日本選手権でも、NHK杯でも6種目合計で86点は超えるようになっていた。谷川はこの年、やや不調で全日本86.900、NHK杯86.900。萱も得意のあん馬でミスの出た全日本では87.550、白井もNHK杯では87.700だった。
鹿児島での1年間で、前野は彼らとの差をじりじりと詰めていた。白井健三不在の全日本インカレでは、萱3位、谷川4位、千葉6位についで7位に入った。千葉は86.850。前野は0.450及ばなかったが、かつてなく近くまで詰め寄った手ごたえはあったのではないか。

「みんなで引っ張っていく!」チームの空気に学んだこと

「強い同期が近くにいることで得られたものはたしかに大きかった。だけど、大学ではいっしょにいるのではない成長ができればと思っていた。」と前野は言う。「大学生になってからは、自分1人で考えて練習することが多くなった。自分の時間を作れるので、集中できる時間が増えた。人の真似をするのではなく、自分でよりよいやり方はないかと考えることもできるようになってきた。」さらに、「高校生までは、チームの中でも引っ張ってもらう側で、失敗すると態度に出てしまってチームの雰囲気を悪くしてしまって励まされたり、慰められることが多かった。鹿屋ではみんなで引っ張っていこうという雰囲気があって、お互いに励まし合う。それを崩さないように自分もチームを引っ張るんだ、という気持ちももつようになった。そういう姿勢は、鹿屋の先輩たちに学ぶことが多かった。」とも言う。

1年生のときから、「鹿屋のエース」と言われる成績を収めてきた。その自信と自覚が、前野の体操への取り組み方を変えたのだ。谷川、萱、千葉を擁する順天堂大と白井のいる日体大が熾烈なトップ争いを繰り広げた11月の全日本団体選手権で、鹿屋体育大学は決勝進出し8位となっているが、前野はこの試合でも6種目すべてに出場し、87.750と87点台にのせている。平行棒15.000、あん馬14.950。14点を割った種目はない。前野は、この2年間で安定感抜群の「鹿屋の絶対エース」に成長したのだ。

2017年、念願のナショナル入りを果たし、「きれいな体操」でより高いところへ

2020年東京五輪へのスタートとなる2017年。4月の全日本選手権での前野の得点は、予選85.100。決勝83.150。NHK杯では84.200。採点基準の見直しが行われたため、前年より点数は低くなっているが、上位選手も軒並み下がっていることを思えば(注:2016年には90点を超えていた内村選手でも2017年は86点台になっている)その成長が鈍化したわけではない。
NHK杯の順位(全日本選手権での持ち点との合計)は11位で念願のナショナル選手入りを果たした。NHK杯だけの得点では千葉健太にも0.05差で競り勝った。6月24~25日に行われる全日本種目別選手権に、前野はゆか、あん馬、つり輪、平行棒で出場する。目標は「(出場する)全種目で決勝に進むこと」そして「メダルも狙いたい」と宣言した。ただし、そのためには「もっとDスコアを上げていかないといけない」と、自分の課題もわかっている。
一方で、「自分の持ち味は、きれいな体操。つま先や膝の伸び、脚のばらつきのなさなどが特徴なので、Dを上げるときもそこを損なわずに上げていきたい。新しい技も無理やりではなくきれいにできるように体に覚えさせていきたい。」とこだわりを見せる。「きれいな体操じゃないと、体操じゃないと思う。」どちらかというと控えめで言葉少な目な前野だが、その言葉には力がこもっていた。

「同期に勝ちたい!」が最大のモチベーション

残り2年を切った大学時代の目標を問うと、「世界選手権に出場すること、と同期に勝つこと」と即答した。チームとしての目標は、「全日本インカレでの団体優勝」と言う。
すでに、内村航平を射程距離にとらえつつある、強い同期達に勝つのは並大抵のことではないだろうが、「負けず嫌いなんで。同期はたしかに強いけれど、だからこそいつかは勝ちたいし、それができれば結果もついてくると分かっている。今年の全日本でやっと戦えるレベルにはなったかな、と思えたし、今、考えている演技構成ができるようになれば勝負できると思う。」と、前野の言葉は力強い。
「体操には、やはり人間性が出ると思う。うまい選手たちは周りを気にせず、黙々と練習する。自分はそれができていなかった。周りを気にしたり、痛いところがあると集中力が落ちたり、できないとふてくされるなど、人間性がダメだった。そんな自分を変えたいと思って、鹿屋にきて、いい方向に変わってきていると思うから、2020年の東京五輪を目指して、少なくともそこまでは現役を続けていたい。」
今をときめく「96年組」と言われる4人と、今までは何が違っていたと思う、と最後に聞いてみると、「才能やセンスが違うとは思わない、いや、思いたくない。」と前野は言った。「違うとしたら、気持ち。目指すところ。今も彼らはすでに内村さんに勝つことを考えているが、自分はまだ同期に勝ちたいと言っている。そこに差はある。が、自分にとってはまずは同期に勝つことが大きな目標。」「同期に勝つ」は、言葉だけ聞けばたしかに大きな目標とは言い難い。しかし、彼の同期はただの同期ではない。「同期に勝つ」=「世界レベル」ということなのだから、そこを追い続けていけば、間違いなく世界で戦えるところまで上がっていける。そんな苛酷にして、幸福な世代に、前野風哉は生まれたのだ。
6月24日の全日本種目別選手権予選。前野は、ゆかで白井、谷川と、あん馬では萱、千葉と、つり輪では谷川、平行棒では白井、谷川、千葉と戦うことになる。世界選手権の代表に入るためには、まずは種目別で1つでも優勝する必要がある。すでに代表が決まっている白井以外は、この試合に代表入りが懸っている。そこに前野が割って入れるかどうか。「96年組 5番目の男」にとっても、ここは大一番になる。
※世界選手権代表の選考方法:個人総合2選手はNHK杯上位2名(内村航平・白井健三に決定)、種目別出場選手は、全日本種目別選手権優勝者ほか選考対象試合(全日本選手権、NHK杯、種目別選手権予選)各種目の最高得点獲得者を候補選手として強化合宿を行い、9月上旬に予定している試技会の成績を踏まえ、最大4名を代表に選出する。
<写真提供:末永裕樹>※2019年撮影
~Yahoo!ニュース個人2017年6月21日公開の記事です。





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