2011椎野健人(青森大学4年)
「覚醒」
もう何年も前になるが、当時、女子の新体操を熱心に観戦・取材していた私に、こんな質問メールが届いた。
「あなたは何を見たくて、そんなに新体操を追っているんですか?」
一瞬、はたと考え込んだが、案外簡単に答えは見つかった。
「選手が一歩階段を上がる瞬間、
自分の殻を破る瞬間が見たいから」
だと思った。それは誰でもよいのだ。
好きな選手でもいいし、正直、「あんまり好きじゃない」と思っていた選手ならなおいい。
新体操という競技に長い時間と労力をつぎ込んできて、「もうここまでか」と思っていた選手が、ふっと壁を破ってその先にいく瞬間が見られることがあるから。だから、新体操観戦はたまらないのだ。
今年の夏、その瞬間を見せてくれた選手がいた。
椎野健人だ。
椎野は「美しい演技をする選手」だった。
ミスもそれほどしない。
2010年インカレ8位、全日本選手権13位は、椎野が「高いレベルで4種目まとめることのできる選手」であることを物語っている。
ただ、今年の春先にインタビューしたときに、本人も言っていたとおり、「インパクトに欠ける」「強さがない」・・・欠点の少ない、まとまった演技を見せるだけにそんな印象があったことも否定できない。
1分半の演技を見ている間は、十分うっとりさせてくれるのだが、試合がすべて終わったときに、「よかった!」という印象が残りにくい、そんな選手が椎野だった。
どの種目も悪くないが、種目別決勝となると、どの種目でもあと一歩で手が届かない。
そんな自分を変えたい! 「今年は強さも見えると言われる演技をします!」 と彼は春先のインタビューで言った。
そして。
東日本インカレでも、インカレでも、その通りの演技を見せてくれた。とくにロープ! 今年、曲と構成を変えたロープには、「強くなりたい!」という椎野の思いが、はっきりと表れていた。
東日本インカレでは、2日目の1種目目ロープですばらしい演技を見せ、その後のクラブの美しさと静寂が際立った。「美しい演技」だけでは印象が弱くなってしまいがちだった椎野が、ロープで強さを見せられたため、クラブの美しさにもインパクトが加わったように感じられた。結果、東日本インカレ3位。4年生にして初めて上った高みだった。
インカレでも、1日目のリングから気持ちいいくらいにタンブリングの着地がぴたぴたと止まっていた。大きく力強く見える演技だった。そして、2種目目のスティックでは美しく、そして思いの伝わってくる演技を見せた。彼がこの演技、この試合に懸ける思いの深さが、ずんと伝わってくる涙なくしては見られない演技だった。前半2種目終えて暫定4位。花園大学の選手たちの活躍にも関わらず、東での順位から1つしか下がっていない。大健闘だ。
しかし、1日目によい位置につけたことが、2日目の魔物を呼びよせてしまうことも少なくない。が、今年の椎野にはそんな「弱さ」は皆無だった。2日目1種目目のクラブで、やや投げが短くなってひやりとしたところはあったが、難なくカバーし持ちこたえると、最終種目のロープを見事に決めて見せた。得点9.350は、終わってみればロープ単独では4位の高得点だった。私のメモには、「なにもかもがかっこいい!」とミーハー丸出しのコメントしかない(苦笑)。
でも、本当に。
そんな演技だったのだ。
こういう瞬間を見ることができるから。
新体操観戦は止められないのだ。
それも、長く見れば見るほど、こういう楽しみが増える。
男子新体操観戦歴はまだまだ短い私ではあるが、真剣に見ていた去年があるからこそ、今年の椎野の変化に気づくことができ、感動できた。
「強くなりたい」と言う人は多いが、それを現実にできるのはほんのひと握りだ。椎野健人は、そのひと握りになった。今年の覚醒ぶりには目を見張るしかなかった。
彼は、決して派手な選手ではない。そして、おそらく頑固だ。
これまでの日々で、その頑固さが成長の妨げになったこともあったかもしれないが、今年の彼は違った。その頑固さゆえに、学生時代最後のシーズンに、自分のイメージするとおりの選手に化けることができた。
才能だってあるには違いないが、それ以上に、今年の彼の演技からは、強い意思と、地道な努力が感じられた。もう彼のことを「インパクトがない」とは誰も言わないだろう。
青森大学の練習には何回か取材で行っているが、椎野はあまり口数が多くない。こちらも少し話しかけるのを遠慮してしまう、そんなシャイな雰囲気をもっている。
その椎野が、インカレ2日目の競技終了後に、会場ですれ違ったとき、「種目別、2つ出ます」と珍しく自分のほうから言ってきた。
去年の全日本前の選手紹介記事で、椎野のことを「インカレの種目別に出られずに悔しそうな顔をしていた」と私が書いたことを覚えていてくれたのかな? と思ってちょっと嬉しかったのだが、あのとき、私はこうも書いていた。
~「自分だって」という気持ちを彼はもっている。あきらめてなんかいない。その負けん気が、きっと彼をもっともっと大きくしてくれるに違いない。(「新体操研究所」2010.11.6より)~
その通りになった。
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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。