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2011鹿児島実業高校

祝! 鹿児島実業高校、団体で4年ぶりのインターハイ出場! 
鹿児島実業高校・復活への道

3月に西日本の高校を訪ねてまわった。主に高校選抜出場予定校を回ったのだが、「うちは選抜には出ませんよ~」と言われながらも、ぜひにと行かせてもらったのが、この鹿児島実業高校だった。
目の前に桜島の見事な姿を望むことができる高台にある、豪華な学校。それが鹿児島実業高校だった。
体育館もかなり立派だ。新体操用のマットもある。
恵まれた環境、だと言えるだろう。


しかし、鹿児島実業はここ数年、部員不足に悩んでいた。
そのため、独自性のあるユニークな演技で、You Tubeなどで爆発的な人気を博していながらも、2007年の佐賀インターハイを最後に、鹿児島実業の団体演技はインターハイで見られなくなっていたのだ。


 3月に私が鹿児島を訪ねたときの練習風景は、正直言って「かなりのどか」に見えた。ちょうど、この春に入学予定の中学生も練習に参加していたので、人数はいた。団体ができる人数やっとそろったという状態だった。それでも、その新入生も、新体操経験者ではなかった。一人は体操経験があるというが、もう一人は中学では野球をやっていたという。
決して運動神経に恵まれていないわけではなさそうな新入生たちだったが、さすがに柔軟には音を上げていた。それでも、傍から見れば「新人いじめ」に見えかねない柔軟に必死に耐えて頑張っていた。
彼らが頑張ってくれれば、今年はもしかして鹿実の演技を青森で見られるかも・・・と思ったものだ。

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ただ、正直、それは決して楽な道のりではなさそうだとも同時に思ったのだが。


鹿児島実業の名物監督・樋口監督には、以前、インタビューさせてもらったことがある。男子新体操の指導者のなかで、いちばん最初に取材させてもらったのが、この樋口監督だった。
そのときに、鹿実のあのユニークな演技が生まれたいきさつなどもお聞きしたが、その話を通じて、この一見こわもてな監督の温かみや、人間性に惹かれるものがあった。

樋口は、現状にあまんじず工夫することができる監督だ。
そして、基本的にポジティブだ。
そのポジティブさゆえに、生徒たちをリラックスさせることがうまい。
自信をもたせることもうまい。

その樋口マジックが、あの数々の「鹿実の名作演技」を生んできた。
そう思ったのだ。


鹿実には、ジュニアから新体操をやっていたような選手はめったに来ない。今だに「高校始め」の選手が多い。
そして、九州には小林秀峰、神埼清明がある。中学生のときから全日本ジュニアで活躍してきた選手たちと、突然同じステージに立って、びびらないわけがない。もちろん、同じようにできるはずもない。

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そんな選手たちが、それでも「自分たちの演技」に自信やプライドをもって演じられるように、そういう思いが、あの演技を生み出したのだ。
タンブリングや徒手要素、ひとつひとつを比べれば負けているとしても、なにか違う部分で勝負できるということを、高校始めの選手たちにも味わってほしかった。

小林や神埼にも負けないくらいの歓声や拍手を浴びる経験をさせてやりたかった。それが、あの演技の発端だったのだ。


この日、柔軟がおわってから、タンブリングを練習を始めたが、この練習中の樋口監督のアクティブさには驚いた。まだ、満足にタンブリングのできない生徒、もうワンランク上のタンブリングに挑戦している生徒の補助も積極的にやる。自ら動いて、汗をかいて。
そして、それがじつに楽しそうなのだ。

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少しでもよくなったところを見つけると「よしよし」「いいぞいいぞ」と手をたたき、声をかけ、よく笑う。生徒たちも、楽しそうだ。
こういう雰囲気のなかで、スタートがゼロの生徒たちも、楽しく自分を向上させていくのだろう。


女子マネージャーも、とてもよく動く。タンブリングの補助にも入る。ビデオをも撮る。
今の鹿児島実業高校は、決して強いチームではない。
だけど、なんだかこの先、うまくなっていくのではないかという期待がもてるチームだった。

いや「期待」というより「希望」かもしれない。
こんな風に、楽しく前向きにあったかい雰囲気の中で頑張っているフツーの高校生たちに、またあの「鹿実の演技」で、会場を沸かせてほしい。そう思った。

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そして、その会場は、青森の、「マエダアリーナ(インターハイ会場)」だったら最高なんだけどな。
3月の時点で、私はそう思っていたのだった。

この日、タンブリング練習を終えたあと、部員たちは作品の練習を始めた。選抜大会には出場しない鹿児島実業は、3月のこの時点でもう春のインターハイ予選(九州総体)に向けての作品練習に取り組んでいた。まだ入学前の中学生たちもメンバーに入っていた。そうしなければメンバーが足りないのだ。

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作品練習を始めるころに、なつかしい顔が現れた。鹿児島実業のOBである奥雄太だ。国士舘大学の選手として活躍、マッスルミュージカルなどにも出演していたことのある名選手である。現在は鹿児島で、働きながらジュニアの指導などもやっているという奥は、鹿実があの独特のスタイルを確立した時期の選手だった。さらに大学時代も、非常に表現力と独自性のある演技で、当時今ほど男子新体操を見ていなかった私でも彼の存在は知っていた。そんな奥が、現在、鹿実の指導に関わっているということを、私はとても心強く思った。

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今でも自分の練習もやっているという奥の動きは、現役時代とさほど変わってないように見える(ぜひ社会人大会に出てほしい!)。そんな奥が、手取り足取り、ときには目の前で見本を見せてくれるのだ。これが刺激にならないわけがない。
今の部員たちの目には、「とても無理~」に思えるかもしれないが、「目指すのはこれ!」というものが具体的に目の前にある、という強みはたしかにあるはずだ。


動きを見ながら、奥と樋口監督は知恵をしぼる。6人全員が高いレベルで同じことをできるわけではない。なかには、粗が目立ってしまう選手もいる。それをチームとしてどうすれば少しでもよく見えるか、粗をうまく隠せるか。工夫に工夫を重ねる。
ポジションや動きを考えるときに樋口が使っている駒は、缶ジュースのプルタブを折って、紙をはりつけたものだという。名前の頭文字が書かれている選手もいるが、なかには「イ(インド人)」のようにニックネームの頭文字になっている選手もいる。
この駒をどう動かして、作品を成り立たせるか。細かい動きを奥が指導している間、樋口はしきりに駒を動かしてみている。
ここが樋口の腕の見せどころなのだ。

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この日、体育館に流れていたのは、ピンクレディーの曲だった。そう、あの2004年広島インターハイで、順位は14位ながら、「鹿実、サイコー!」と会場全体を沸かせたあのときの曲だ。奥雄太は、このときの鹿実の団体メンバーだった。
そして、今。
奥の後輩たちは、この曲、この作品で、もう一度、インターハイを目指そうとしている。

このときはまだ、曲に動きを合わせるのも難しそうだった。6人の動きもまだびしっとそろっていなかった。
それでも、「ああ、これが鹿実の演技だった」と思わせるものはそこにあった。さっきまでのタンブリング練習や柔軟では、「まだまだ」に見えた子たちが、ピンクレディーの曲で踊り始めると、なんだかいきいきとする。
まだ曲についていくのに必死の形相だが、動きはちゃんとあの鹿実スタイルだ。音にぴったり合わせた不思議な動き。妙な脱力の仕方。思わず笑ってしまうポーズ。
どれも、鹿実の演技だった。

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見ていて面白いな、と思ったのは、奥のこだわりポイントだった。
技術的には劣る部分を、奥はそれほど厳しく指摘していなかった。しかし、音に合うかどうか、リズム感よく動けているかどうか、そして6人の動きがそろっているか、形がそろっているかにはかなり細かくこだわっていたのだ。
これが、鹿実の演技が人の心をつかむゆえんなのだな、と思った。
技術が少々劣っていても、自分たちのできることで、音楽とどこまでも一体となった演技を見せる。その音楽との一体感があるからこそ、あのユニークな振り付けが生きるのだ。


3月の時点での彼らの演技は、正直「まだまだ」だった。奥と樋口監督が、「あ~~~~」と頭を抱えるシーンも少なくなかった。
それでも、鹿児島実業は、前に向かって歩み始めている感じがした。
とてもいい雰囲気だった。

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あれから2か月がたった。5月下旬のユースチャンピオンシップに、鹿児島のジュニア選手が出場していたので、樋口監督も来るのかと思いきや、引率は奥雄太だった。
樋口は、「九州総体に懸けてるから」と、鹿児島を離れられずにいた。今年は、熊本の水俣高校が部員不足で団体が組めなかったため、久しぶりにインターハイ出場のチャンスがある! それがわかっているだけに、樋口はおそらく必死だったのだろう。


そして、ユースチャンピオンシップの2週間後、6月11日が決戦の日だった。
鹿児島実業高校は、前日の公式練習を欠席、当日も本番直前まで会場に姿を現さないという作戦に出た。6人のメンバーのうち3人が1年生。新体操のキャリアはまだ2か月足らずだ。その1年生たちが、小林や神埼のような強豪校の演技を本番直前に目の当たりにして萎縮するのを避けるために、そんな作戦を決行したのだ。
その結果、心配された1年生たちは、「今自分にできる最大限のこと」をのびのびとやれた、という。

記録的大雨の中、九州総体を見に行った私の母からは、「鹿児島実業の演技は、リズミカルで躍動感あり、お見事でした」とメールが届いた。会場もいつものように沸きに沸いていたらしい。
得点16.350。このところインターハイ常連校となっていた大分の日出暘谷高校を上回って3位となり、4年ぶりのインターハイ出場を決めた。水俣高校が出場しなかったおかげで、ではなく正真正銘、自分達の力でつかみとったインターハイ出場は、値千金だ。

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             ●鹿児島実業高校 新体操部●

2011年8月1日。
青森インターハイで、鹿児島実業高校の演技を見ることができる。
あの演技が、東北に元気をきっともたらしてくれる!
ちなみに、インターハイに向けては新しい曲と構成で挑んでくるそうだ。楽しみにしていよう!

<「新体操研究所」Back Numberより>


20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。