”リベンジ”クリスマスプレゼント:後編

「聖夜の軌跡 -receive a bequest-」
                     後編:書き下ろし分

 代わり映えがないといえば、代わり映えのない暮らしだった。
 師匠の寝床は川沿いに勝手に建てたと思われるみすぼらしい小屋。
 少年は、そこで寝起きを共にするようになった。
 とはいえ、養ってもらえるというわけではない。
 働かざる者食うべからずよ―――師匠はそう言って、彼に仕事を
斡旋した。飲食店の裏手の掃除やイモの皮むきといった雑用。酌婦
のお姉さまがたに頼まれてのちょっとしたお使いごとなど。
 彼の師匠はどういうわけか、そうしたいかがわしい店の連中から
頼りにされているらしい。
 隻腕の麗人のお気に入りだと認識されたことで、図らずも少年は
食うや食わずの生活から解放されていったのである。
 が、それはあくまで余録だ。
 強くなりたいと願った少年を、麗人は情け容赦なく鍛えた。
 身体の正しい使い方から始まり、持久力、瞬発力、洞察力。
 与えられる課題の数々はどれも妥協のない厳しさで、少年は歯を
食いしばり、ただ必死にそれをこなしていった。
『強要なんてしないわ。イヤになったら逃げたっていいのよ?』
 無責任に突き放すような師匠の物言いは、負けず嫌いである少年
を発憤させると共に、自主性を試しているかのようでもあった
 今日は無理でも明日には。無理が無理でなくなるまで延々と。
 諦めない心は少年を着実に磨きあげていった。
 やがて指導は本格的に武器を用いた訓練へと変わっていく。
 短剣。長剣。長物。飛び道具。使い方から対処法。
 のみならず暗器や隠密の技法。毒物に関する暗い知識まで。
 麗人はその持てる技術の全てを惜しみなく与えてくれた。
 そして―――少年も流石に気づいていく。
 彼が”まっとうな”人間ではないということに。
(……関係ねえよ。そんなのは……)
 小汚いだけのガキに、たくさんのものを与えてくれた。
 ひと時の施しではなく、この先を生きていくための技術や知恵、
 外道まで落ちないための心構えを教えてくれた。
(オレにとっちゃ……最高の師匠なんだから……)
 ずっと側にいて学びたい。
 大人になったら稼ぎまくって、恩返ししてやるのだ。
 そう思っていたのに。
 麗人は―――吐血して―――倒れた。
         ◆
「報いが回ってきたってことよ。アンタのせいじゃないわ」
 そう言って笑った顔には、はっきりと死相が現れていた。
「毒にやられていたのに、なんで治さなかったんだよッ!? 
アンタの持つ知識だったら、なにがしかの方法が―――」
 ないのよ、と麗人は言い切った。
「この毒は特別製。赤い手袋をした外道の元締めがね、断末魔に
アタシにぶっかけてった、異界の毒と呪いのカクテルだもの」
「そん、な……っ」
 青ざめて、少年は絶句する。
「ここまで保っただけでも……僥倖ってものだわ」
 無事な左手を伸ばし、麗人は少年の頬を撫でた。
 冷たくて震えてるのに、たまらなく優しい感触だった。
「まっすぐに生きなさい。善人になれってことじゃないの」
 自分が正しいと思うことを曲げてしまわないように。
 理不尽に揉まれても、誇りだけは忘れぬように。
「それだけできれば……立派なもんよ……」
 薄汚れたシーツに喀血が飛んだ。獣のような呻き声。
 止まらない咳の音―――だんだん小さく、弱くなる音。
 ぐしゃぐしゃに泣きながら、少年は見届けた。
 彼が命の炎を燃やし、誇り高く抗い続ける、その姿を。
         ◆
「最後なら……名前くらい……教えて……くれよ……っ」
「……スカーレル……それが、一番のお気に入り……ね」
「……ローカス、だ……っ。ボウヤじゃ……ない……ぜ」
「ありがとう……わ、すれ……ないから―――ッ―――」
         ◆
 しんしんと雪が降り続ける街外れの森。
 たった一人で。冷たい土を掘り起こして。
 ローカスは、彼の師匠を埋葬した。
 隠したかったのだ。
 気まぐれにどこかへ旅だってしまったよ、と。
 呆れ顔でごまかすつもりだった。
 そうしておけば本当に、いつかひょっこりと顔を出してくれる
ような気がしたから―――。
「春になったら……花くらいは供えてやるよ」
 石の墓標には、不格好に刻んだお気に入りの名前。
 そして―――”ありがとう”―――言えずじまいだった言葉。
         ◆
「―――ローカスさんっ」
「……っ!」
 不意に名前を呼ばれて、我へと返る。
「ちっとも戻ってきてくれないので、心配して探しに来てしまい
ました」
 赤い毛糸の帽子をかぶったアヤが、にっこり笑う。
「ああ……スマン……ちょっと、な……」
 すっかり思い出に浸ってしまっていたらしい。
 これも相応に年を取ったからだろうか。
「プレゼントは用意できました?」
「う……っ」
 しょうがないですねえ、とアヤは呆れ顔になった。
「などと言いつつ、私も足りない分を急いで見繕いにいくつもり
でしたので、せっかくですから、ご一緒といきましょう♪」
 ぐいぐい手を引かれ、せっつかれて歩き出す。
(やれやれ。巡り巡って、今度はオレが子守役かよ……)
 あの人もこんな気分で、自分を見守っていたのだろうか。
 わずらわしいのに―――くすぐったくて、心地いい。

―――なあ……オレは、まっすぐに生きられているかい?

 答えの代わりに、ひとひらの雪が彼の髪へと舞い降りた。

               ~Happy Merry Xmas☆for You~

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