『Turning Tuning』解説

この記事は、第36回現音作曲新人賞受賞作となった、『Turning Tuning』についての解説です。

(以下にはこの作品の創作過程における詳細な内容が記してあります。先入観を持たずに聞きたい方は読まないことをお勧めします)

作曲の背景

第36回現音作曲新人賞では、「新しさとは何か」というテーマが設けられていました。
もちろん「新しさ」はどのような創作においても必ず意識することではありますが、今回はもう一度そこに焦点を当てて考えてみよう、というのが作曲の始まりでした。

まず「新しさ」とはもちろん「古さ」との比較の上で成り立つものです。何が新しいかを定義するためには、何が古いかを決めなくてはなりません。
その比較の方法は色々考えられますが、今回は「伝統的な編成=弦楽四重奏」で曲を書くことによって、過去の作品との立ち位置の差を明らかにする方法を選びました。
モーツァルトやベートーヴェンといった例を持ち出すまでもなく、20世紀にも様々な弦楽四重奏の名曲が誕生しています。
それらの作品を比較した中で、まだ触れられていない「新しさ」が、「演奏家としてのアイデア」だと感じました。

運指による記譜① アプローチ

私はチェロを演奏します。下手の横好きですが、バッハの無伴奏をほぼ全曲弾いたことがあるといったレベルです。
そんな私は、作曲を学んだ時から、「音を指定せずとも、運指だけで曲を作れるんじゃないか」と考えていました。ポジションと指番号さえ決定すれば、おおよそどの位置を押さえるかという指示をすることはできます。
そのアイデアは2015年に作曲した習作の弦楽四重奏『Hex』において実験的に用いました。しかし慣れない記譜への戸惑いなどの理由から、長らく使用していませんでした。

「運指による作曲法」への興味は演奏家としての立場からくるものだけではありませんでした。
戦後以降どんどん成長していく情報化社会の中で、音楽に限らず様々な分野の芸術で素材を過密化したスタイルが見られます。
私は、そうしたスタイルの曲を人が演奏会で聞いた時、その人の耳は一体どれくらい一つ一つの音や音程を正確に感じ取ることができ、どれくらい真剣に捕らえられているのだろうという疑問を常に持っていました。
音の洪水のような音楽やノイズ主体の音楽において、一音一音が「その音」である必然性がどれ程あるのでしょうか?
人間は一つ一つの音高に対する聴取の重要度を下げ、「音そのもの」ではなく「音の動き」や「全体的な移り変わり」を聞いているのではないでしょうか。
そう感じた時、自分の中で音楽が平均律による音高の呪縛から解き放たれて、自由に扱われるような可能性を探り始めました。
そういった試みはもちろん20世紀にも行われています。前衛に対峙した作曲家たちが様々なアプローチから音の在り方に対するスタンスを探りましたが、私の場合は「音の動き」に対して優位性を持つ運指の操作に着目しました。

コンセプトとテーマ

運指による記譜という条件下で、調弦が5度調弦である必然性は全くありません。
なので、調弦は演奏者の任意で変えることにしました。しかしスコルダトゥーラは意外と不可視なもので、事前に伝えられていなければ些細な調弦の変化に気づく事は難しいです。
それを加味し、曲前で調弦を変更しておくのではなく曲中に変更していくことにしました。
これによりスコルダトゥーラは身振りとして可視化されることになります。

弦楽器において調弦を変えるという行為はペグやアジャスターを「回す」「巻く」(= Turn)という行為に他なりません。この動作は曲の最も象徴的な部分になると感じたため、その行為そのものを曲のテーマに据えました。

この曲は6つの部分からなりますが、それぞれに「回す」「巻く」という動作に纏わるテーマが与えられています。

1. ゼンマイ式おもちゃ
2. ガスコンロ
3. オルゴール
4. メトロノーム
5. エフェクター
6. 蓄音機

これらのテーマはそれぞれの部分の印象からつけられていて、作曲の実際上の行為に結びついているものではありません。
上記の通りコンセプチュアルな部分がこの曲の根幹に据えられているので、聴取における外身はあえて単純なものにするという配慮です。

運指による記譜② 実際

TAB譜についての詳細は以下の通りです。

第一セクション「ゼンマイ式おもちゃ」の一部分。

第二セクション「ガスコンロ」の一部分。

第三セクション「オルゴール」の一部分。

第四セクション「メトロノーム」の一部分。

第五セクション「エフェクター」の一部分。

第六セクション「蓄音機」の一部分。

引用に関して

第六セクション「蓄音機」において、ベートーヴェンの弦楽四重奏第14番の第七楽章コーダが引用されています。私は普段の作品において滅多に引用を行いませんが、今回は特別に使用しました。
作曲途中、「全員が同じことをしているのに、調弦が違うのであべこべになってしまう」という状態を作り出そうと考えました。しかし調弦が違うので全員が同じことをしているという保証がありません。そのため、既存の曲のフレーズを利用することにしました。
その時、「過去との対比」という意味を込めるために、弦楽四重奏における重要なレパートリーであるベートーヴェンを最初に思いつきました。その中で、「ユニゾンが多く含まれる曲の最後」を選んだ結果、第14番の第七楽章コーダがそれに適していたのは運命的でした。

最後に

今回の創作では、日頃考えている弦楽器奏者としての作曲のアプローチをフルに活かせたと感じます。そんな作品を、無茶を承知で演奏してくださった指揮者の石川星太郎さん、ヴァイオリニストの松岡麻衣子さん、甲斐史子さん、ヴィオリストの般若佳子さん、チェリストの山澤慧さんに心から感謝いたします。またこのような挑戦的なアイディアを受け入れてもらえる機会を作ってくださった、第36回現音作曲新人賞審査員長の渡辺俊哉さん、審査員の福井とも子さん、南聡さんにも心から感謝いたします。ありがとうございました。

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