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どんな人の中にも才能の種がある


どんな人にも才能はある。

わたしは保育士として
たくさんの子どもたちを
見させてもらってきました。

その中には
支援を必要とする子ども
こだわりがある子ども
集団行動が苦手な子ども
いわゆる困り感というものを抱えた子どもも
たくさんいました。

いつも疑問でした。
支援が必要なのは本当にその子たちだけなのか。
困り感があるのはその子たちだけなのか。
その子たちは人から助けてもらうばかりなのか。


実際は
困り感の反対側にいつもその子たちの
キラッと光る部分があったのです。

例えば
言われた通りのことができにくい。

こういった子は
イメージ力が素晴らしくて
自由に描いたりつくったりすると
とても個性的で豊かなモノをつくることができる。


例えば
場の空気が読みにくくトラブルを起こしやすい。

裏側から見ると
場の空気をガラッと変えることができる。
ムードメーカーになる。
この子が笑えば、楽しむ姿は
場の空気をガラッと変え
見る人、側にいる人を巻き込む力があります。

そう考えると
困り感があると言われる子どもや人たちが
いつも助けてもらう側だと
いうことではないとわかったのです。


わたしは保育士として支援する立場にありましたが
その子たちの困り感という言葉で隠されている
才能に何度も何度も助けてもらいました。


きっと周りの子達も同じはず。


どんな子にも、どんな人にも
才能はある。これは絶対。


わたしはその子の、その人の
才能の種を見つけるのが好きなんです。

そして子どもはとても素直で
その部分を褒めて認めて
水をあげ、栄養をあげると
グングンと芽を出し
みるみる自信をつけ輝きだす。


子どもにできて大人にできないことはない。


もし、自分には才能なんてない。
自分は凡人だと思っている人がいるならば
あなたの良さは
あなたの中にあると知ってほしい。


どんな人の中にも
素晴らしい種があって
それに気づいて生きると
とたんに人は輝く。


人に凹凸があって
同じ人がいないのは
それぞれの才能を人のために使い
生きるためだと思います。


認め合い、助け合う。
これができたら
豊かで平和な社会が実現する。

それは世界平和にもつながるはず。

争い合うのにもお互いの信念があり
意図があるのも理解できますが
それが生むのは傷ついた人。
亡くなる命。


自分を認め、他者を認め
支え合い、補い合えばいいのではないか。

想像してください。
自分の才能が誰かの役に立ち
自分の苦手なことは
他の人が補ってくれる。
そしてそれが連鎖する世界。


子どもたちの世界は
優しさで溢れていました。


大人の世界でも実現できると信じてます。
だってみんな子どもの時期があったのだから。

あなたの才能はあなたの中にあり
それは人のために使うためにある。

そしてその才能は
好きなことの中にあるかもしれないし
夢中になってやれることの中にあるかもしれないし
困り感やこだわりの裏側にあるかもしれない。

あなたの良さ見つけてあげてね。

あなたの才能を待ってる人がいます。






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