偽神乱神のラプソディ

「等速直線運動マンってほんとむかつくよな」
「何すか、それ」
「道歩くじゃん。ぶつかりそうになるじゃん。速度上げたり下げたりして、ぶつからないようにするわけじゃん、マトモなら」
「まあ、そうっすかね」
「ところがよー、あいつら、速度を上げも下げもしないで、まっすぐ歩くわけ。等速直線運動マンだろ。よける気ゼロ。歩くってのは同じスピードで歩くことだと思ってやがる。道を歩くってそういうことじゃねーだろ。ほかにもニンゲンあるいてんだよ」
「その話、いまですか?」
邪ッ禁ィン! 先輩が右手を振る。黒スーツの袖が裂け、鈎ザ犠裂ギなカマが飛び出した。小走りから忽ち本気の走り。すでに頭部は蟷螂の逆三角だ。
「要るだろ、行儀(マナー)の話だぜ、行儀」
「訳わかんないっすよー」
口の端にくわえていた煙草を側溝に捨て、一呼吸。心象は須臾の死と再生、裏返りは何度やっても、そう、先輩曰く「気色悪い」。内側から、内臓が皮膚を侵食するように、魂魄が躯体を陵辱し尽くす。必要でも不可欠でもない、自分だけのためのコール、「転、神」。

忽ち俺は・・・・・・カット、ここで映像はしばらく止めておこう。毛むくじゃらのコウモリ男が炎上した自動車が積み重なった鉄火場へ向かう。いい絵だ。アメリカンニューシネマだといってもいい。もう少し静止画で眺めておくべきじゃないか? その間、そもそもの話ってやつをしよう。

1989年の夏、俺はしばらくぶりの監禁を堪能していた。されるほうだったが、監禁には違いない。監禁には独特の風情ってものがある。一人と一人が真剣に向かい合う場だ。また、相手もとびきりだった。
「それ、本物っすか?」
無視。だが極上の無視だった。ゾクゾクした。複眼は赤く煌めき、ドレスの大きく露出した肩から首筋にかけてを精妙な模様をなして覆う鱗、淑やかに畳まれた背中の翅は照明を虹色に反射している。神の自称にふさわしい、いい女だった。

【続く】

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