「狂えるオルランド」 第4歌(1節-50節)

「狂えるオルランド」(脇 功訳)の第4歌(1節-50節)を小説の形式にしたものです。翻訳でも重訳でもありませんが、描写を足して小説的にした以外は、展開としては基本的にもとに忠実で、独自要素は入っていません。
これまでのあらすじ
想い人ルッジェーロを探すたびのさなか、ブラダマンテは、連れの愛する女性を空飛ぶ馬に乗る謎の騎士に連れ去られたと嘆く騎士と出会い、そのあとルッジェーロも、その謎の騎士に挑んだ結果、やぶれて連れ去られたと聞いて、彼にその場所への道案内を乞う。
しかしブラダマンテは全く気づかなかったが、その騎士はブラダマンテやその兄リナルドの属するクレルモン家の仇敵、マガンツァ家のピナベルだった。彼の話は嘘ではなかったが、正体がバレると危ないと考えたピナベルは、ブラダマンテを騙して、山中で彼女を崖から殺すつもりで洞窟に突き落とす。
丈夫なブラダマンテは気絶しただけで済み、目を覚ますと、洞窟の奥はマーリンの墳墓であり、そこでメリッサという魔女が現れて、ブラダマンテとルッジェーロが結ばれると、偉大な業績を残すエステ家という一族の祖となるという予言をする。
翌朝、マーリンの墳墓を出ると、メリッサは道々、ルッジェーロの囚われている場所と救出の方法を教えると、途中で別れる。

夕方、旅の宿。

ブラダマンテは、先客のうちに、メリッサから予め聞かされていた矮躯の男を見出した。

「いいですか、ブラダマンテ、ブルネルは悪いやつですから、頃合いを見計らって、構わないからぶっ殺してしまうのです。かれがカタイの王女アンジェリカから盗み出した魔法の指輪がルッジェーロを救い出すのに必要なのです。ブルネルは油断のならない男です。決して慈悲を見せてはいけません」

盗賊ブルネルは、現在シャルルマーニュのキリスト教諸侯軍と対峙している、サラセン諸侯軍の首領、若きアグラマンテ王に命ぜられ、ルッジェーロを救い出すのに必要なアンジェリカの指輪をはるばるカタイに渡って盗み出し、戻ってきたその足で、いま、救出に向かっているのだった。つまり目的はブラダマンテと同じである。

しかし、それではルッジェーロがアグラマンテの恩義に感じて、かの王の思惑通り、サラセン軍の忠実な一員となってしまう。ブラダマンテのルッジェーロに対するアピールにもならない。……それなりに身勝手な理屈でメリッサはブラダマンテをこのミッションに送り出したのだった。しかし、ブラダマンテは考えるのが得意ではないので、とくに何も考えてはいない。

「よい夕ですね。あなたはどこからどこへ向かわれるのですか」
「俺は旅の商人で、次の町へ商売に。騎士殿は?」
「私はギリシア帝国生まれの遍歴の騎士で……」

メリッサにやたら脅されたため、ブラダマンテは、気を抜いたらなにか掏られるのではないかと、ブルネルの手元を警戒してやや挙動不審だ。互いに、交わす言葉に真実はない。とくに、ブラダマンテは、女であることを明かす気はなかった。

前触れもなく、いきなり、凄まじい物音が二人の耳をつんざいた。「何事だ!」ブラダマンテは言うが早いかテーブルを飛び越えて、窓際に向かい、物音のするほうに身を乗り出した。

宿の主や、雇い人たち、居合わせた旅客たちは、あるいは窓際に、あるいは外へと駆け出し、日食、月食、あるいは彗星などの天文ショーを眺める際のように、揃って音のする方、すなわち天空を見上げた。

それは信じがたいこの世の不思議、語り草となる日常を切り裂く神秘、翼の生えた大柄の馬を、その背の輝く甲冑をつけた騎士が駆り、夕暮れの空を鮮やかに横切っていく。馬のはばたく翼は大きく、異様な色を帯びて、夕日を浴びてきらめく。その翼が羽ばたくたびに、大気が身を震わせ、ごうごうと凄まじい音を立てているのだった。

人々が目を奪われている間にも、輝く鎧の騎士と、翼ある神秘の幻獣は天を行き、やおら上昇したかと思うと、ある点でいきなり急降下し、そのまま山の間に姿を消した。

ふう、と一息だけつくと、ブラダマンテはきっ、と、部屋の中に視線を戻し、大股でどしどしと宿の主のもとまでいくと、まるで彼に責任があるかのように詰め寄った。

「なんだ、あれは。どういうことだ」

「ちょ、ちょっと放してください」

あの空飛ぶ馬を駆る騎士は実は騎士ではなくて、ピレネー山中に住むという邪悪な妖術師で、定期的にこのあたりをあるいは高く、あるいは低く飛び回っては、見目よい女を見つけると、手当たり次第に引っさらっていってしまうのだという。

「あの妖術師の館は魔法がかかっていて、すべてが鋼で覆われ、まばゆいばかりに美しく、この世に二つと無い見事な城だと言います。これまでも何人もの騎士様が女たちを助け出しにその城に向かわれましたが、誰一人として戻ってきた方はおられません。みんな捕まったか、殺されてしまったに違いないと嘆いておるところです」

ブラダマンテは、自分が確実にルッジェーロに近づいていることを確信し、内心の喜びを抑えなければならなかった。失敗する可能性など、彼女には思いもよらない。

「あなたがたの中に、その城への道案内ができるものはいないだろうか。この私がその妖術師を討ち果たしてみせよう」

宿の人々はこの若い騎士の勇敢さと無謀さにすぐには答えなかった。そこで、それまで注意深く様子を見ていたブルネルが口を開いた。

「俺が行こう。ぐうぜん、詳しい地図も持っているし、身を守る手立てもなくはない」

ブルネルはブラダマンテの正体を悟ったわけではないが、先にこの無謀な若い騎士にアトランテと戦わせ、その隙に魔法の指輪の力で姿を消し、館に忍び込んでルッジェーロを救い出す、という心づもりだった。

翌朝早く、ブラダマンテは宿の主人から買い取った馬に乗り、ブルネルを引き連れて、険しい山中の道を、あるいは谷を越え、あるいは森の中を突っ切って進んでいった。やがて二人は、フランスとスペインをともに一望に収めることのできる、ピレネー山中のある丘にいたり、そこから続く深い谷に降りた。谷の中には小高い岩山があり、その頂に、鋼づくりの見事な城がそびえていた。

「騎士殿よ、あれが妖術師が乙女や騎士たちを虜にしている城だ」

城の四方は、鋭く切りたった崖で、どこにも階段のたぐいもなく、登るすべもない。翼ある生き物の巣のように、その城は飛ぶものだけが至ることのできる場所だった。

「そうか」

うなずくと、ブラダマンテは、なんでもないような自然な仕草で、騎馬のまま、ブルネルに近づいた。ブルネルが危険を察する間もなく、いきなり彼の襟首を掴んで、片手で中空に引っ張り上げる。
「な、」
とブルネルが指輪を口に含もうとするのを許さず、手首をものすごい握力で握って、手を開かせ、指輪を奪い取ってしまった。

そのまま、ブルネルが何を言っても無視して、手際よく機械的に縛り上げ、そこらの樫の木に吊ってしまうと、もう彼のことは忘れてしまった。メリッサには殺せと言われていたのだが、ブラダマンテはそんなことをする必要はないと自然に考えたのだった。

城の麓には広場があり、立ち会いにはもってこいだった。ブラダマンテは、まだなにか叫んでいるブルネルをその場において、ゆるやかな坂を降りていき、広場に立つと、懐から取り出した角笛を嚠喨と吹き鳴らした。

角笛の響きが、静まり返った山中のあらゆる場所、谷のあらゆる崖、そびえ立つ魔法の城のあらゆる部屋まで届いた頃、彼女は角笛を吹くのをやめ、大きく息を吸い込み、そして、言った。

「妖術師よ! 出てこい!」

天高くそびえる城の正門は、しばし何かためらうように沈黙していたが、不意に開け放たれ、声と角笛を聞きつけた妖術師が姿を見せた。そのまま、ひといきで、空に、翼ある馬は駆け上がり、不遜な騎士めがけて向かってくる。

それは並の騎士なら動転するような猛々しい勢いだったが、ブラダマンテはその姿を見て却って安堵した。騎士の手には槍も剣も、その他の武器もなかったからだ。左手には、朱色の絹で表面を覆った盾を持ち、右手には、一巻の書物を持っているだけだった。

しかしそれは油断だったといえるだろう。頃合いまで近づくと、騎士はその書物のページを開き、何事か呪文を詠唱した。すると、まだ騎士とブラダマンテとの間には距離があったのだが、不意に目の前に剣が現れ、ブラダマンテに切りつけた。とっさに反撃したが息をつく間もなく、別の方角から鉄槌が、槍が、また剣が、襲いかかってくる。最初は驚いたものも、危うげなく捌きながら、ブラダマンテは密かに、なるほど、幻術か、見事なものだな、と考えた。

本来、これは、幻惑も含めての魔術である。ブラダマンテが幻影と即座に見破ることができたのは、指輪が幻惑を無効化していたからだった。そうなると、あの幻獣も幻影であり、魔術師はただひとりで飛翔しているか、またはそこらの地上に実際にいるのではないか。ブラダマンテはそうした疑問をちらりといだいたが、幻馬は詠唱より前から存在した。ひとまずはその可能性はないだろう。

実際、この馬は、幻でも惑わしでもない。羽毛と翼、前足と頭部と、それに鼻面は父である鷲獅子グリフォンのものを受け継ぎ、ほかの肢体は母である馬の特徴を譲り受けた、名をイッポグリーフォ、凍った海の遥か彼方、リフェイの山中に、稀に産する生き物だった。魔術師は、魔法の力でこの幻獣を呼び寄せ、ひと月かけて、苦労して言うことを聞くように躾けたのだった。

さて、指輪の力でブラダマンテに対して幻惑は無効だった。だが、彼女はそのことを悟らせないように、騎馬のまま、幻影に対して苦戦しているふりを続けた。そのまま、彼女は、今度は苦戦のあまり、馬から落ちそうな様子を見せた。これはすべて、ブラダマンテの策ではなく、事前にメリッサから聞いていた策だった。

この様子を見た妖術師は、この騎士がなすすべもなく力尽きようとしていると考え、奥の手を出すことにした。すなわち、左手に持った盾の覆いに手をかけた。この盾は覆いを取ると、まばゆい魔法の光を放ち、見たものを必ず卒倒させることができるのだった。考えてみれば、出会い頭にこの盾を使えば、その時点で決着がつこうというものだが、妖術師は、猫が獲物をいたぶるように、気の済むまで相手を小突き回すのが趣味だった。そして実際、これまでの相手はすべて、幻惑の力でなすすべもなく、その手にやられていたのだった。

だが、メリッサから予め策を授けられ、指輪の力で幻惑から守られていたブラダマンテに対しては、これまでのようにはいかなかった。油断なく気を配り、幻惑にかかっていないことを悟らせないようにしながら、妖術師が盾の覆いを払うと見るや、彼女は、まさしくそのタイミングに合わせて、あたかも、盾の光に卒倒させられたかのように、目をつぶって、どうと馬から落ち、地上に倒れ伏してみせた。

妖術師から見れば、それはいつものとおり、敵が盾の力で卒倒した図にほかならない。確かに落馬して、ぴくりとも動かないのを確認すると、イッポグリーフォは大きな円を描いて高度を落とし、ふわりと地へと舞い降りた。妖術師は翼ある馬から降り、盾に再び覆いをつけて鞍に置くと、魔法の書も地面に置き、ブラダマンテを縛り上げるための鎖を手にとった。子鹿を狙う狼さながら、不用意に、倒れ伏したブラダマンテに近づいていく。

待ち構えていたブラダマンテは、十分に妖術師が近づいたと見るや、かるがると飛び起きて、妖術師に組み付いた。近接格闘ともなれば、魔法の力を失い、盾の魔力もない魔術師は、ただの老人に過ぎない。たちまち、地面に組み伏せられてしまった。

ブラダマンテは、ルッジェーロのことがなくても、途中で聞いた妖術師の悪行から、そのまま剣で首をはねてしまおうと、右手を高く振り上げた。だが、妖術師の顔を見て、彼女にはその気がなくなってしまった。組み敷いた相手を見れば、うちしおれた老人で、顔には皺が寄り、髪は白く、年はおそらく70か、それにわずかに足りないくらいだった。

「若者よ。何をためらう。ひと思いに首をはねるがいい」

老人は吐き捨てるように、怒りと無念の思いを込めて言った。だが、ブラダマンテは老人の命を奪うことには忍びず、なぜこんなところに城を築き、ひとびとに悪行を為したのか知りたいと望んだ。

「あの岩山の頂に城を築き、人々をさらっていたのは、悪意や貪欲からのことではない。ひとりの騎士の身を死の定めから救おうと考えたからだ。天の告げるところによれば、その騎士は、やがてキリスト教徒に改宗し、その後、裏切りによって命を失うという。
騎士の名はルッジェーロ、われ魔術師アトランテが幼い頃から手塩にかけて養育した、目の中に入れても痛くない若者だが、此度の戦争で、アグラマンテ王にそそのかされ、功名心からサラセン諸侯軍の一員としてフランスまで参陣してきてしまった。
おお、予言は着々と実現しようとしている。
わたしはその成就を妨げるため、ルッジェーロを連れ帰ろうと考えた。
あの美しい城はな、ルッジェーロをとらえておき、寂しくないように、見事な騎士や美しい女たちを、一緒に閉じ込めて、ルッジェーロの無聊を慰める友とするための城なのだ。わたしがさらった者たちは何も不幸せな目にあったり、命を落としたりしたわけではない。ただ、ルッジェーロとともに、しあわせで安穏な幽閉をあじわっておるのだ。
歌舞音曲や、衣装や、遊びや、飲食、そのほか、心が欲し、口が求めるものは皆、すべて用意した。
だが、それもおまえの手によって水泡に帰した。
美しい若者よ。お前の心が顔立ちのように美しいなら、我が願いを妨げないでくれ。
あの魔法の盾も、あの空飛ぶ馬も、おまえにくれてやる。
この城のことは放っておいてくれ。
もしも、お前の友や知己があのなかにいるのなら、連れて行くのはかまうまい。
いや、何なら、たった一人を除いては、すべて連れ去っても文句は言わない。
ただ、ルッジェーロだけは残してくれ。
ルッジェーロを、お前が奪い去るというのなら、そのときは、せめて、彼を連れ去るその前に、この老いさらばえたこの身を、悲嘆に暮れた我が魂より解き放ってくれ」

ブラダマンテは黙然と老人の奇妙な誇らしさと独善と悲嘆がないまぜになった哀願を聞いていたが、決然とした顔つきで答えた。

「何と言われようと、かれを解き放つことが私の望み。盾と馬を差し出すと言われましたが、いただくまでもなく、勝利したからには、すでにどちらも私のものです。それに、どちらにしても、これは、なにかと引き替えにできるような望みではないのです。
あなたは、ルッジェーロを星のさだめから救うために城に囲い込むのだと言う。
だが、あなたは、本当の天のさだめを知ることができないか、または、天のさだめを知りえても、それが本当の天のさだめであるなら、避けるすべはないのだ、ということを分かっていないのです。
いま、そのあり様はどうですか。自分に降りかかる運命をさえ知ることができなかったあなたに、どうして他の人間の計り知れない、未決の運命を知ることができるのですか。
殺せ、とあなたは言う。知ったことではありません。それでも死にたいというのなら、たとえ世界そのものに拒まれようと、自らの意思を貫いて、勝手に死ねばよいでしょう。
ただ、その前に、わたしはあなたに命じます。幽閉された人々を城から解き放ちなさい」

魔術師は観念した様子だったが、ブラダマンテは信用せず、アトランテ自身がもっていた鎖を使って彼を縛り上げ、油断なく見張りながら、彼女の先を行かせた。それほど歩かないうちに、岩山の裾のあたりにたどり着くと、そこには、裂け目があり、そこから、城門へと続く螺旋階段がのぞいていた。

アトランテは無言で、その入口にあった、呪文や異様な文様が刻まれた石版を取り外した。その下には、ひとつの香炉がおさめられていた。妖術師は、その香炉をくだいた。

またたくまに、すべてがただの幻だったかのように、岩山はただの荒れ果てた山に戻り、壁も櫓も、建物は一切消え失せ、城ははじめからなかったような様子になった。それと同時に、魔術師の姿もふっと消え失せた。アトランテは逃げおおせてしまったということになるが、城が消えるとともに、囚われていた人々もすべて解放され、岩山の麓にいきなり姿を表したため、当面はブラダマンテはそれどころではなかった。

騎士や、淑女たちは、突然、豪奢な城内から、外に放り出され、戸惑い、ざわめいていた。なかには、すべての快楽が満たされる豪華な生活を奪われて、自由を得たことよりも残念に思った人々もいた。

解放された人々のなかには、セリカーノ(絹の国中国)の王グラダッソ、チェルカッシア(北カフカス)王サクリパンテ、リナルドに救われた機縁で東方からフランスへ来た気高い騎士プラシルド、その親友イロルドの姿もあった。

だが、何より、麗しのブラダマンテの心から追い求めた恋人、ルッジェーロの姿があった。ルッジェーロも、ブラダマンテの姿をすぐに認め、心からの喜びとともに、両手を広げ、突進してくるブラダマンテを胸に迎えいれた。そのさまは、二人が初めて戦場で敵味方として出会い、はじめてブラダマンテが兜を脱いで、その顔をルッジェーロが始めて見て以来、常に変わらず、自らの心よりも命よりも大事に思ってきた、乙女との再会に、何よりもふさわしかった。

ブラダマンテとルッジェーロは互いにこれまでのことを語り合いながら、山裾から、さきほどの広場のところまで騎馬で戻っていく。広場には、イッポグリーフォが、魔法の盾を馬腹にぶら下げたまま待っていた。その手綱をとろうと、ブラダマンテか近づくと、イッポグリーフォは、直前まで待っていて、不意にふわりと飛び上がり、かなり距離の離れたところまで行くと降り立った。

ブラダマンテはやっきになって追いかけるが、からかうように、イッポグリーフォは、近寄られると、またふわりと飛び上がって逃げてしまう。ルッジェーロ、グラダッソ、サクリパンテ、その他の騎士たち、淑女たちも同じ広場にやってきていたが、それぞれが、同じようにイッポグリーフォを捕まえようと追っかけ回すこととなったが、イッポグリーフォは巧みにかわしてしまう。そして、さんざん人々を翻弄したあと、偶然のように、ルッジェーロの横に降りてきて、翼を休めた。

これはじつは偶然ではなく、まだ諦めていないアトランテの差金だった。ルッジェーロは、イッポグリーフォの手綱を取り、引いていこうとしたが、馬は言うことを聞かなかった。ならば直接乗っていうことを聞かせようと、ルッジェーロは、乗っていた愛馬フロンティーノから降りて、イッポグリーフォの背にまたがり、拍車をくれた。たしかに、イッポグリーフォは、最初はルッジェーロの言うことを聞いて、地上を走っていたが、不意に、ルッジェーロの意志を無視して、空へと軽やかに飛び上がった。

ブラダマンテはルッジェーロがイッポグリーフォに乗って空に飛び上がってしまい、しかも決して制御できているわけではない様子なのを見て、しばらく心も動転していた。ギリシア神話のガニメーデスさながら、眉目秀麗な青年は神隠しに得てして遭うもの、懸念はまさにあたり、そのまま、ルッジェーロの姿は空をどんどん遠ざかっていく。ブラダマンテは、ルッジェーロの姿を見える限りは目で追っていたが、それも見えなくなると、地上に目を転じ、かれの愛馬フロンティーノが寂しげに残されているのを見つけた。

彼女は、フロンティーノとともに旅をして、ルッジェーロを再び見つけ、かれにフロンティーノを渡してあげよう、と心に決めた。

一方イッポグリーフォは山々の尾根を越えてさらに天高く飛び、地上からは点と見分けがつかない高度に達し、その速度も恐るべきものだった。ルッジェーロはそれを制御することもできず、ただ、はるかかなたの土地へと運ばれていく。

(第4歌1節から50節まで。以降はリナルドの物語に話題が一旦移る)


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