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怒り損、怒られ損

 ぼくは兄のクラウド事業の一部を手伝っている。
緊急用のメンテ要員として、顧客からの要請でサーバ障害の対応をするのだ。
それ以外については、ぼくはノータッチだ。口をはさまないようにしてる。

ところが、そうした事情を理解してくれない顧客もいる。

 支払い方法についてどうとかで、その顧客は兄に連絡を取っているのだが連絡がつかないらしい。「どうにかできないだろうか」と電話してきた。
ぼくから電話をしても、兄とつながらなかったので、ひとまず、顧客と連絡を取るように兄にメールした。

 二日後、またその顧客から怒りの電話があった。
「まだ連絡がこない。君はちゃんと連絡はしたのか!」
ぼくはちゃんと連絡をしたことを伝え、そしてまた兄にメールした。

 さらに数日後、さらに怒りの電話があった。
「まだ連絡がこない。いったい君たち兄弟は何をやってるんだ!」
この顧客には、過去数回にわたってぼくの立場を説明している。
ぼくは兄の社員でないこと、兄の仕事を請け負う「下請け」でありその他の業務について言及できる立場ではないこと、兄には連絡をしているが兄からぼくに返事をすることはほとんどない、と。

顧客は、ぼくをどんなに怒っても意味がないのだ。怒り損なのだ。

 ぼくは兄に三度目のメールをして「ぼくはサーバ障害の対応であってクレーム対応要員ではありません」と結んだ。
兄のほうからするとその顧客はクレーマー体質で、連絡を取りたいときは「なぜ連絡しない!」と怒りの声を上げる形でしかアプローチしてないタイプなのだとか。

では、ぼくは兄と顧客の間で怒りのアプローチの緩衝材とでもいうのか。
まったくの怒られ損だ。

 最初の顧客の電話から十日後、四度目のクレームの電話が来たとき、さすがにぼくも堪忍袋の緒が切れた。
「兄が対処できないなら、義姉さんに対応してもらいます。ぼくのこのメールの送信後24時間以内に何の手も打たないつもりなら、義姉さんに今回の状況を話し、義姉さんから顧客に連絡をしてもらうので、そのつもりで」と、めったに使わない脅し口調でメールした。

メールを送信して10分後、兄から詫びと言い訳の返信がきた。
やっとぼくは解放された。

 本当は怒りのメールを兄に出すことなしに、すぐに義姉さんに連絡を取ってもよかったのだけれど、さすがにそれはやめた。
さすがに、義姉さんまで「怒り損」をさせたくなかったし、兄が怒られたとしてもそれは正当な顧客な怒りの対象なわけで、ぼくのような「怒られ損」というわけではないから。

    *  *  *

 少し前まで、ぼくはマスコミへの不信感やネット上のデマ拡散に過敏な状態になってて、怒ってばかりの時期があった。怒りの感情を押し込めることはストレスではあるけど、それをぶちまけても何の解決にもならないし、ぼくよりも賢明な人の共感も得られない。ましてやぼくを好ましく思わない人たちから反感をかうばかりで、ただただ悪循環なだけだった。
「怒り損」だ。
 そして、ネット上でぼく(を含めた関係者)を非難している人たちがいて、その中には心外だとしかいいようのないものや、さすがにそれは言いがかりだ、と反論したくなるのもある。こちらも悪循環で、ぼくが何を言っても互いに氣分を害するだけなのだ。
「怒られ損」だ。

 どちらも「緩衝材」の立場になって迷惑している人がいないか、考えた上で言及が必要だと思うようになった。SNS華やかなこの時代には、なかなか難しいことだけれど。

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