無戸籍って何?

 この記事を見てくれている人達の中には「無戸籍って何?」と思った人もいると思います。そりゃそうだ。

 「無戸籍」とは、その漢字の通り「戸籍がない状態の事」であり、その状態の人を「無戸籍児・者」と呼びます。そんなの説明しなくても分かると思った人もいるでしょう。
 でも、普段我々は「戸籍がある事」を意識して生活をしているでしょうか?戸籍がない事とはどのような事なのか、説明していきます。あまり詳しい事を説明するとややこしく、そして非常に長くなるので、できる限りざっくりと説明していきます。

 まず、戸籍は日本における保障や受給可能なサービス等の根本として存在しています。戸籍とは「その人が何時どこで、誰と誰の子どもとして生まれたか、その人が存在している事を公的に証明する制度」です。それがないという事は、あらゆる保障や権利が受けられないという事に加えて、生活しているのに国にその存在を認められていない透明人間であるという事です。
 見えているのに、そこに生活しているのに、公的にはその存在が確認されていない、それが「無戸籍者」です。

背景

 なんで無戸籍状態が起きるか、それは民法772条の「嫡出推定制度」によって子どもの出生届けが提出できない状態の母子が存在しているからです。
 ざっくり説明をすると、
①結婚状態にある夫婦の間に妊娠した子は、血縁上も夫の子どもである。
②離婚300日以内に出産された子どもは婚姻中だった夫の子どもである。

これらが嫡出推定制度の内容です。
 特段おかしい点はないと思う方もいるでしょう。
 では、想像してみてください。結婚生活中に夫から過激なDVやハラスメントを受けている女性がいるとします。何とか夫から逃げて隠れて生活している中で妊娠している事が発覚しました。堕ろす事もできない状態であり、届出を出せば居場所がばれるかもしれない、子どもの存在がばれてしまう。
 その状態の経済的にも精神的にも不安定な中で、「それでも届出を出そう」という決断を出来る人はどの位いるでしょうか。
 また、離婚が成立して300日以内に出産した場合には前夫の子どもとされてしまい、新しいパートナーとの子どもであっても300日以内の出産であれば前夫の子どもとされてしまいます。
 それを覆すには
①前夫が「自分の子どもではない」という「嫡出否認の訴え」を起こす。
②嫡出推定が及ばない「親子関係不存在確認の手続き」を行なう。
③母・子から血縁上の父に対して「強制認知の手続き」を行なう。

 この3つが方法としてありますが、どれもかなりリスクと時間がかかります。①に関しては前夫が子どもの出生を知ってから1年以内という制限もあり、理由によってはかなり難しい方法になります。
 また、これらの方法は1度判決が出ると覆す事は出来ません。つまり、前夫が子どもを自分の子どもであると言ってしまうとそれは2度と変える事は出来ないのです。
 実際、平成28年8月10日時点で確認されている702人の無戸籍者の内、76%が「前夫の嫡出推定を避けるため」出生届けを提出しない理由であるとあげられました。

実状

 無戸籍児・者の中には学校に行ったことがない人、自分が何故戸籍がない状態か、あるいは戸籍がないこと自体知らなかった人も少なくありません。
 彼らにとってそれは「当たり前」の事として生活をしてきたのですからそれはそうなりますよね。
 現在では手続をすれば、戸籍が無い状態でも生活保護の受給や義務教育を受ける事、住民票の作成等かなり受けられる権利が増えてきています。
 ただし、「手続きをすれば」ですが。上記のように育った人がこのような手続きを即断で出来るとは思えないのは私だけでしょうか…。

 ここまで読んでくださった方々にお伝えしたい事としては、もし周りに「無戸籍児・者」の方がいた場合には、出来るだけ繋がりを切らないで欲しいという事、そして可能であればその地域の市役所・法務局などの行政機関と繋がって欲しいという事です。
 約4年間、「無戸籍児・者の支援」を研究してきた私が出せた唯一の支援方法です。見えない困難を抱えている人だからこそ、自分の存在が宙に浮いている人だからこそ、その存在を認めて繋がる事が大事なんです。

最後に

 最後に、拙い文章なのに最後まで読んでくださった方々には、本当に感謝しかありません。
 本当は「無戸籍」なんてものはいつか無くなって、私のこの研究も文章も「なんだこれ!!」って言われて役に立たなくなる事を願っています。
 でもまだ、その時ではないのでこの文章を出来るだけ沢山の方に見ていただいて、少しでも役に立てればと思います。当事者が抱えている困難や現実はもっと大変であり、だからこそ、この研究はここでは終われないと思っています。
 より詳細が知りたい方は「西巣鴨子ども置き去り事件」、是枝裕和監督作品「誰も知らない」、井戸正枝著書「無戸籍の日本人」等を検索して頂ければ、実際の事件や実状などがより理解出来ると思います。
 ここまでの拝読ありがとうございました。
 いつしか、この文章が必要なくなる日が来ますように。

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