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【浮体式洋上風力#5】浮体はなぜ流れていかないのか?

前回は浮体メーカーについてご紹介しました。


今回は浮体メーカーからは少し離れて、そもそもなぜ浮体は位置を保持し続けることができるのか解説したいと思います。



浮体の位置保持の秘密は「係留」


最初に結論を書いてしまいますが、浮体がどこにも流れていかずにその位置を保持するのは「係留」があるからになります。


「係留」とは、コトバンクによると以下の定義となります。


浮遊する物体を,索や鎖により大地に直接または間接につなぎとめること。係留用の索や鎖の一端は水底や陸上の大地もしくは杭などの大地固定物,または係留された他の物体に固定され,他端は被係留物体上に固定される。

https://kotobank.jp/word/%E4%BF%82%E7%95%99-489357


まあ、つまりは浮体にチェーン、もしくは繊維索を付け、それをアンカーに結合させた状態でアンカーを海底に根入れすることで浮体が「なるべく」動かないようにする、ということです。


https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2021/07/13/2107t_zhao.pdf



係留形式

浮体の係留形式は係留索の種類によって位以下の通りに分けられます。



①カテナリー係留

海底に展張した係留索(チェーン)の一端を吊り上げたときに形成されるカテナリー(懸垂線)形状の係留ラインの自重によって係留力を得ます。

係留索は海底に水平に到達します。

特徴としては以下の通りとなります。
・係留時のフットプリントが大きい(半径1000mクラス)
・長い係留索が一部海底に接し、アンカーへの負荷を軽減する
・ある程度水平方向への移動を許容
・設置の難易度はそこまで高くないものの、チェーンが大きい(直径130mmを超える)ので輸送効率が極端に下がる


http://abc-moorings.weebly.com/mooring-systems.html


カテナリー係留はOil&Gas業界でもすでに実績豊富な形式で、国内・欧州の実証プロジェクトではこの形式が採用されています。

ただ、チェーンは鋼製なので重量が大きく、一度に2セットの係留チェーンしか運べないという特徴があります。

浮体1基あたり3~9本の係留チェーンが必要になりますので、1GWを超えるような商用PJの場合、50基以上の浮体=150~450本のチェーンの輸送を考えるとチェーンはかなりデメリットになります。



②トート係留

初期張力を調整して緊張状態にある係留索(繊維索)の伸びによって係留力を得ます。カテナリー係留はチェーンの重さで係留力を確保していましたが、トート係留の場合は繊維索の弾性力(ゴムを伸ばした時に縮もうとする力)で係留力を保持します。

チェーンに比べると繊維索はかなり軽く(鉄の比重は7.85、繊維索だと1~1.5程度)、ターンテーブルというものに巻き付けて格納できるので、一度に6本以上運べるという輸送面のメリットがあります。

また繊維索はOil & Gasの業界のうち、特に深海の開発において導入されており、浮体式洋上風力への適用も近い将来メジャーなものになっていくだろうと思っています。


http://abc-moorings.weebly.com/mooring-systems.html


③TLP係留

TLPはTendon Leg Platformの略で、緊張係留ともいわれています。

浮体の浮力(浮こうとする力)を係留索によって無理やり引っ張り込んでいるイメージになります。浮き輪を水中に沈めようとすると大きな浮力を感じますよね?それだけの大きな力で係留索が海底に引っ張り込んでいるわけです。

TLPの特徴は何といっても揺れにくいことにあります。揺れないということはそれだけ安定して風車が回転するために収益も上がるだろう、と言われています。

一方で、この緊張係留は相当な張力がかかっているので、係留索はもちろん丈夫なものでないといけませんし、アンカーも簡単には抜けないものを選定する必要があります。

また、TLPは鉛直方向に係留索が展張していますのでフットプリントが小さい=漁業との共生に期待ができる、というメリットもあります。


http://abc-moorings.weebly.com/mooring-systems.html


浮体式洋上風力の係留システムの課題は?

ここでは係留システムが抱える課題を簡単に紹介したいと思います。


①技術的・経済的双方の面での最適化

係留システムはすでにOil&Gas業界で技術が発展しているので、それを転用すればいいように思えますが、浮体式洋上風力の場合は1つのPJで数十機も海に浮かべるため、最適化する必要があります。

さらに現在、多様な係留方法を利用できるため、画一化が進んでおらず、気象海象条件や地盤条件など、様々な環境条件や浮体設計に応じて多種多様なシステムが実装される状態となっています。

この部分は技術イノベーションによるコストメリットが期待されるところです。



②浅海域(水深100m未満)の海域では係留装置やテンドン(係留索)の設計が難しい

意外かもしれませんが、浅い海域ほど係留設計は難しく、結果としてほどよく深いほうが係留のコストは安く済みます。



③20年以上故障しないシステムを設計しなければならない

風車は基本的に20年以上稼働できる設計になっています。そのためメンテナンスを実施するにせよ、係留システムも20年以上もつ設計にしないといけません。

一方で、海の中に沈めているのでさびや海洋生物の付着、疲労など様々なファクターを考慮しなければなりません。



④係留システムの設置施工のコストが大きい

浮体式洋上風力の係留システムの設置にあたっては、大量の係留索とアンカーを沖合の厳しい環境に設置する必要があるため、重要なコスト要因となっています。係留装置の設置に影響を与える要因としては、以下のようなものがあります。

・コネクタ:設置海域の海象・気象条件上必要な曳航強度、係留索との接合の容易さ
・アンカー:設置時間、設置精度、杭打ちの必要性
・係留索の材質:鋼製チェーンか合成繊維か、複数の材料と部品の取り扱いの複雑さ、張力面での要件
・係留索の寸法:チェーン/テンドンの直径、質量、長さ(取り扱いや敷設船の要件に影響)
・浮体の種類とデザイン:プラットフォームの安定性、係留索の接続点
・場所の位置と環境条件:港からの距離、海象・気象条件
・作業船舶の調達性:作業能率、牽引力、傭船料
・港湾施設:陸上設置場所、荷揚げ場、設置現場との距離
・プロジェクトの規模:係留索とアンカーの係留容量、設置の所要時間



⑤保守点検に要する工数が膨大

係留は一つの浮体につき最低3本、日本の実証PJでは9本の係留索が適用されています。保守点検にかかる工数は係留だけで膨大になってしあいます。

そのためAIやリモートセンシング技術を使い、コストパフォーマンスが高い運用が求められます。



⑥浮体式洋上風力に特化した係留システムに関する基準がない

現在の浮体式洋上風力発電の係留システムの基準は、殆どの場合Oil&Gas業界が洋上プラント向けに使用するものをそのまま流用しています。

浮体式洋上風力に特化した基準やガイドラインは存在するものの、浮体式洋上風力装置特有の事情を十分に考慮したものにはまだなっていません。

洋上プラントとの顕著な相違点としては、安全率、荷重計算の要件(荷重継続時間を100年から50年に、構造物全体としての複合的な応力解析が必要など)、係留およびTLP向けテンドンの要件などがあります。

今後冗長性と安全基準に統一基準を作り、リスクとコストのトレードオフを達成するために更なる調査が必要です。




まとめ

今回は浮体式洋上風力の係留システムについて解説しました。係留は私が海洋技術者ということもあり、ついつい細かいところまで書いてしまいました。

次回は係留索の材質やアンカーの種類について解説したいと思います。




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