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再評価されたピーター ボシュと予測不可能なアンバランス


2018-19シーズンのBundesliga前半戦、ドイツの強豪 バイヤー レヴァークーゼンは開幕から低調な戦いを続け下位に低迷した。ウインターブレイクに昨季は5位に導いたハイコ ヘルリッヒ監督を解任。後任に選ばれたのはオランダ人指揮官 ピーター ボシュ。かつてアヤックスをEL準優勝に導いた実績を評価されるも、ドルトムントでは途中解任の憂き目に遭い、ドイツでは評価を得られずにいた。この人事に懐疑的な声もある中でここまではリーグ戦9試合を戦い6勝3敗、二桁順位に沈んでいたチームを欧州カップ戦出場圏内の6位まで浮上させる等期待以上の結果を残し、ドイツの盟主バイエルン ミュンヘンに土を付けた戦いぶりは高い評価を得ている。ここでは主導権を握り、ポジショナルかつ攻撃的なサッカーを志向する同監督により生まれ変わったレヴァークーゼンについて少し考察したい。

カオスからの脱却とアンバランスの誕生

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着任したボシュがまず行ったのはシステムの変更だ。ヘルリッヒ時代の4-2-3-1から自身の得意とする4-3-3へとシステムを変更。このシステムで注目を集めたのがインサイドハーフの人選。現代型のエジルとも言われトップ下を主戦場とするハフェルツ、WGを主戦場としてきたブラントの両名を抜擢。更にアンカーにも静的と言うよりはむしろ動的なアランギスを配置した。このフォーメーションのメリットとしては4-2-3-1時代には3枠を分け合っていたハイレベルなアタッカー達(ハフェルツ、ブラント、ベララビ、ベイリー)を同時に起用する事がまず挙げられるのだが、一方でゲームでは無い現実のフットボールで本当に機能するのか?と言った懐疑的な見方は少なからず存在していた(筆者もそのうちの1人だ) だが蓋を開けてみればその様な心配は杞憂に終わった。

迷走に迷走を重ね、チームとしての規律もプレーモデルも失っていたレヴァークーゼンにボシュは明確なプレーモデルを与えた。ボールを自ら支配し、仮に失った場合には即時奪回を徹底。更に固定的なポジションの概念を取り払う事で波状攻撃を可能にした。

ここで触れておきたいのが2014年から2017年まで同チームを率いたロジャー シュミット監督についてだ。彼はストーミングと言われる意図的にカオスを創り出し、猟犬のようなハイプレスでボールを狩りとってそのままゴールを目指す戦術を採用していた。無論、消耗も大きくガス欠になる試合が出てきたり、故障者が続出する事があるのがこの戦術の弱点でもある。

何故、ここでシュミットの名前を出したのかについてだが、それは彼の戦術の一端が現在のレヴァークーゼンの戦術にも大きな影響を与えているからだ。冒頭で筆者はボシュの事をポジショナルで攻撃的なサッカーを志向する監督だと述べている。しかし、レヴァークーゼンに来てからの彼はアヤックスやドルトムント時代に比べ、自身の哲学に拘り過ぎる事が少なくなった様に筆者の目には映る。特にボールロスト後の即時奪回の部分は劇的に改善が見られており、シュミット時代の遺産を上手く活用出来ているのは間違い無いだろう。無論、前任者のヘルリッヒもプレッシングに関して何も行って無い訳では無いのは述べておきたい。しかし、ヘルリッヒ時代のチームは選手間の距離が遠く、ボールロスト時に強度の高いプレッシングを掛けられない状況が多発していた。現在のチームもピッチをワイドに使うのには変わりは無いものの、チーム全体としてコンパクトな陣形を保っているのに加え、固定的なポジションの概念を取り払っていると前述したようにアンカーやCB、SBもかなり高い位置までプレスの網に参加する為、即時奪回を徹底出来ている。無論、攻撃的なフォーメーションと激しいプレッシングは諸刃の剣でもあり、前線からのプレッシングを剥がされるとたちまち広大なスペースを露呈し、簡単に失点してしまう事になる。実際、敗北した18節のボルシアMG戦、23節のドルトムント戦は前プレを剥がされて後ろのスペースを蹂躙された典型的な試合だった。ここを個人能力でカバーする役割を担っているのがドイツ代表にも選ばれるCB、ヨナタン ターであり彼無くしてこのチームが成立する事は難しい。

ボシュは自らのサッカーにシュミットのエッセンスを加えアップデートする事で、意図的なカオスから意図的なアンバランスを生み出したのだ。

ハーフスペースの創造者であり破壊者

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そして、ボシュのレヴァークーゼンの攻撃を語る上で鍵となるのがユリアン ブラントのインサイドハーフ起用だ。

彼について語る前にまずはレヴァークーゼンのチームとしての攻撃について簡単に触れておきたい。

ボシュが志向するのは、ピッチを幅広く使い、自らが主導権を握る事で実現される、ポジショナルかつ流動的な攻撃だ。流動的といってもその型は様々で、インサイドハーフとウイングのポジションチェンジ、CFが2列目まで落ちて、スペースをウイングに供給する、アンカーのアランギスもワンツー等で積極的に攻撃に絡むような動きも見られる。無論、決して選手達が好き勝手にやっているのでは無い。実際、試合を観ると、同一のレーンに2人以上の選手が縦並びにならない、1人の選手がフリーラン等のアクションを起こした場合、空いたスペースは近くの選手が埋める、ビルドアップ時、中盤3枚の内の1枚が最終ラインからボールを引き出し、残りの2人はライン間にポジションを取るといったポジショナルプレーに必要な原則がピッチ上に存在している事が分かる。この原則を厳守するからこそ、オールアウトアタックとも形容出来る破壊的な攻撃を繰り出す事が出来ている。

話をブラントに戻そう。W杯では惨敗に終わったドイツ代表の中でもポスト直撃弾等で一際輝きを放ち、今でこそ2400万€の例外条項の存在が知れ渡り、複数のビッグクラブからのアプローチを受けているが、W杯後に彼を待ち受けていたのは厳しい現実だった。ヘルリッヒの昨季終盤から続く不調を引きずるレオン ベイリーに固執した采配の犠牲となり、起用されるサイドは右に左に行ったり来たり。チームの不調も重なり、本来の実力とは程遠いパフォーマンスに終始した。そんな彼が輝きを取り戻すキッカケとなったのがボシュの就任とそれに伴ったインサイドハーフへのコンバートだ。ボシュはブラントに左ハーフスペースの攻撃を一任し、これに応えたブラントはリーグ戦9試合で3得点6アシストと決定的な仕事を連発する。

ウイングでの起用時はカットインや、縦突破を武器としていたブラントだが、インサイドハーフにコンバートされた事で最も伸びた部分は180度のターンである。アウトレーンよりもプレッシャーの強いハーフスペースでプレーする事で自ずと状況判断とプレー選択の質が向上し、より無駄の無い選手へと成長を遂げた。また、コンバートの利点にはゴールとの距離が近づいた事で彼のシューターとしての能力を存分に活かせる環境が出来ただけに留まらず、ゲームメイクの局面でもこれまでよりプレーに関与する機会が圧倒的に増加し、リンクマンとしての境地も開拓しつつある。

ボシュ就任前のブラントは守備ブロックの破壊者と形容出来たが、コンバートにより新たな境地へ達した彼は、創造者としての才能も開花しつつあるのである。












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