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和漢連句を巻いてみた 洛中落胡

 大坂連句懇話会の小池さんに「和漢連句をやりませんか」と誘われて、本会の迷鳥子さんと一緒におじゃますることになりました。お先達は鵜飼桜千子先生です。ちなみに先生はコロナワクチン三回目で三十九度を超える発熱があったそうです。
 コロナ下での開催ですので、リモートでの開催ということで、ズームインしてみると、遊凪さんとか木村ふうさんとか関西では常連の方々はもちろん、鹿児島の五郎丸さんなんかもいて、全部で十人ほどいらっしゃいました。これは一句採ってもらうだけでも難しそうだなと、ちょっと怖じ気づきました。

和漢連句 半歌仙「始まりは」の巻  鵜飼桜千子 捌

発句 始まりは量子の揺らぎ梅香る   鵜飼桜千子(春)
 発句は鵜飼さんの初春の句があらかじめ示されていました。
 今回の式目では、発句は和句とし、発句の二番目の漢字を韻字とする、となっていたので、「量」が韻字となりました。「量」の代表韻字は「陽」なので、この半歌仙の踏韻の箇所では、全て「陽」の韻に属する漢字を用いなければいけないということになります。
 「陽」の韻に属する漢字は、
王 央 光 行 岡 航 昴 皇 昌 将 祥 商 娘 常 場 相 荘 桑 長 張 腸 当 唐 湯 堂 方 彷 芳 放 忙 坊 忘 羊 洋 揚 陽 良 涼 量
などがあります。これはほんの一部ですが、詳しくは『趣味で漢詩を創作する人のための詩語集』で検索すれば、代表韻字とそれに属する漢字の一覧表を得ることができます。
 また、発句に出た漢字(今回は「量」)の代表韻字は何かというのを知るためには、大きめの漢和辞典を引けば(ただ大きいだけでは駄目ですけど)載っています。
 さて、発句は一ヶ月前から示されており、脇は漢句と決められていたので、連衆は次々とチャットに書き込みました。ここは偶数句なので最後の漢字は韻を踏まなければなりません。
 チャットの宛先は小池さんで、小池さんは届いた句を次々と共有画面上に書き込み、その中から鵜飼さんが選びます。多くの漢句の中から選ばれたのは、
 余寒坐草堂(余寒、草堂に坐す)、留めの「堂」が「陽」の韻です。
 なんと、迷鳥子さんの句でした。
真ん中に動詞が来ているところが如何にも漢文らしいなと思います。李白の
 牀前看月光(牀前、月光を看る)みたいな風格がありますね。

脇 余寒坐草堂   迷鳥子(春)
 第三と四句目は和句ということで次の二句が取られました。
三 童らはおたまじゃくしをあき缶に 谷澤 節(春)
四 チラシの裏に描いた暗号     高橋 賢(雑)
 次の五句目と六句目が本日の最初のハイライトで、対句で二句セットでの投句を求められています。まず五句目ですが、雑または月の句です。奇数句なので韻は踏まなくても構いません。ところが、六句目は偶数句で、秋または月の句で、しかも五句目と対句にしなければならない上に、留めは「陽」の韻を踏むという縛りだらけの非常に難しい思考を要求されます。
 それでも連衆のほぼ全員の方が投句したらしく、たちまち夥しい対句が画面上に並びました。
 ちなみに、私が投句したのは
 媼呼月下猫(媼は呼ぶ、月下の猫)
 翁取灯上蝗(翁は取る、灯上の蝗)「蝗」が韻字です。
 月下の猫の方は、「僧は敲く、月下の門」のパクリですね。それに合わせて対句にして、「蝗」という韻字を紛れ込ませたのですが、「三句目がおたまじゃくしですから動物は駄目ですね」とあっさり葬られました。そして採られたのが
 商道至何処(商道、何処にか至る)
 大海月光航(大海、月光は航る)「航」が韻字です。
 またもや迷鳥子さんの句でした。
 但し、いろいろと障りがあるとして捌きから訂正が入り、次のようになりました。

五 小道何処至(小道、何処にか至る)  迷鳥子(雑)
六 大海月船航(大海、月船は航る)   迷鳥子(月)
 理由は、
① 商道と大海では対句とは言い難いので商道を小道にする。
② 「至」という動詞が対句の動詞「航」と位置がずれているので文末に移動する。
③ 「光」は「陽」の韻に属する漢字なので、ここで出すのはもったいない。
 ということでした。
 けれども落胡の考えでは、
① 商道は前句の「チラシ」から付けたものだから、ここを直すと付けが曖昧になるのではないか。
② 「至何処」はこの語順じゃないと「何処にか至る」という意味にならないのではないか。
 例えば、「鴻門之会」では、「沛公旦日従百余騎、来見項王、至鴻門」(沛公、旦日百余騎を従え、来たりて項王に見えんとし、鴻門に至る)のように「○○に至る」は「至○○」と表記するのが正しいように思うのです。
 ということで、無事に裏入となりましたが、ここまで漢句は迷鳥子さんの独擅場です。

 ここで、今回の和漢連句の式目をおさらいすると、
① 発句は和句
② 発句にある二番目の漢字を韻字とする。
 これは既に書きました。
③ 各面で和句と漢句の数を半々とする。
④ 偶数句にある漢句に押韻する。
⑤ 対句は一つの面に一ヶ所またはそれ以上。長句と短句で作る。
⑥ 長句(奇数句)に漢句があり、その次にさらに漢句を付ける場合は両句を対句に整える。
⑦ 折端・挙句は漢句に、折立は和句にする。
 ざっとこんな所です。
 式目⑦により裏の折立は和句となりました。ここから三句、和句が続きます。
 六句目が月船だったので、七句目には、ベニス、シャンゼリゼ、ローマなど外国の地名がずらりと並びましたが、次のようになりました。

七 日本酒をPRする秋祭り     木戸 ミサ(秋)
八 男葡萄に甘さ求める       松本奈里子(秋)
九 わたくしの好みよく知る嫌なひと 洛中 落胡(恋)
 漸く落胡の句が採用されました。
 次は漢句で、九州からリモートの五郎丸さんの句。はるばるご苦労様です、ってリモートだから同じか。

十 妻別姓主張(妻は別姓を主張す)  五郎丸照子(雑)「張」が韻字です
 続いての二句は、再び対句での投句となりました。
 落胡は、夫婦別姓には保守派が強硬に反対しているので、民衆と政治家の対立を書いてみました。
 民衆取干戈(民衆は干戈を取り)
 政庁守憲章(政庁は憲章を守る)「章」が韻字です
 没。
 採用されたのは、もっとストレートに

十一 国会将紛糾(国会、将に紛糾すべし) 迷鳥子(雑)
十二 民生既蹌踉(民生、既に蹌踉たり)  迷鳥子(雑)「踉」が韻字です
 なんとまたしても迷鳥子さんの句でした。
 この句で、「将」も「陽」の韻でしたが、この点については指摘はありませんでした。「将」は再読文字なので他に差し替えることが困難だったからかも知れません。
 続いて和句が二つ続きます。

十三  寒灸に耐える和尚を月笑う  賢(冬月)
十四  猫は呼ぶ声聞こえないふり  落胡(雑)
 再び落胡が採用されました。
 ただでさえ漢字が多いので、和句にはできるだけ漢語を使わないようにしたのが奏功したのではないかと思います。
 続いて漢句

十五 孔丘廻諸侯(孔丘は諸侯を廻る) 落胡(雑)
 孔子(孔丘仲尼)が理想を説いて諸侯を廻るも、なかなか容れられないというような意味を込めて作ったものですが、人名が無かったところなので採られたのだと思います。
 次は漢句の次の偶数句ですので前の句との対句になり、韻も踏みます。

十六 精霊憧風狂(精霊は風狂に憧る) 奈里子(雑)「狂」が韻字です
 孔子と精霊が対になっているようです。
続いて和句。春で始まりましたが花はなかったので、ここで夏の花の句となりました。
 落胡の句は既に三句採られたので、次の和句は非常に軽く作ったのですが、その辺りの力の抜け具合と北京オリンピックの最中ということが幸いしたのか、また落胡の句になりました。

十七 花火上げオリンピックは始まりぬ  落胡(夏花)
挙句 稀覯書曝涼(稀覯書を曝涼す)「涼」が韻字です  平林香織(夏) 

 いかがでしたでしょうか。
 落胡の感想としては、漢文を作るのは意外に難しくなく、しかも非常に面白い作業だったということです。特に、対句を作る一種パズルのような面白さ、韻を踏むという古式に則った作文の快感、この辺りが和漢連句の魅力なのではないかと思いました。
 後日譚として、落胡迷鳥子で両吟の和漢連句を巻いているところです。
 これからは徳島連句協会の実作会でも試してみたいと思っています。みなさん恐れずに転がり続けて行きましょう。

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