イムムコエリ 4
父の最期
日曜日の病室は賑やかだった。
カーテンの向こう側ではおばあさんが見舞客と楽しく話している。
子どもの笑い声。
その中で父の時間は終わろうとしていた。
「耳はまだ聴こえますからね。話かけてあげてください。」
そう言われて、妹は持ってきたiPodのイヤホンを父の耳に着ける。
二人でベッドの両側に座りじっと父を見守り続けた。
ふいに向かいのおばあさんが
「尾鷲のエビがおいしかった」と言う。
思わず妹と笑ってしまった。
父の故郷の名前をこんな場所で聞くなんて。
そうか、父は今故郷にいるのか。
大好きな場所に心は飛んでいるのかもしれない。
心拍が20を切る。
「もうそろそろ止まるかもしれません」と看護士さんが伝えてくれる。
だんだん呼吸が不規則になっていった。
何度も止まりそうになるそのたびに
パッと目を見開いて大きく喘ぐように息をする父。
突然またカーテン越しに
「ほなぁ行ぬわ」
「ほうか、またな」と声がした。
父が、ずっと開きっぱなしだった目を
ゆっくり2回、ぎゅーっ・ぎゅーっっと絞るようにつぶった。
涙が絞り出されて目頭に溜まった。
そしてゆっくり息を吐く。
1.2.3.4.5.…そのまま静かに呼吸が止まった。
iPodからは「夕焼け小焼け」が流れていた。
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